第212話 仮想ダンジョン訓練②
ダンジョンの中は人工的に作り出された黒い霧で視界が悪く、中の空気は湿度が高く設定されている。多くのダンジョンは地中に根を生やしていることから、地中の水分を吸収してダンジョン全体の水気が多くなっている特徴が忠実に再現されており、肌がじっとりと湿ってくるような不快感を入る者たちに与えていた。
しかし、そんな不快感はダンジョンに入ればその多くがすぐに忘れてしまうだろう。
何故なら中に入った彼らを待つのは、異形の形をしたDBロボたちなのだから。
「わああああああ!!」
一人の男子高校生が、偶然遭遇してしまったDBロボに氷の礫を異能で生み出して浴びせている。しかし恐怖からか照準が定まっておらず、いくら撃っても礫はDBの横を虚しく通り過ぎていく。
「落ち着いて! DBから距離を取るんだ!」
引率の予備生がそう指示するが、彼は全く指示が届いていないことにすぐ気付く。
高校生たちがパニックになって逃げ惑ったり異能を冷静さを失いながら行使する様は、この訓練では恒例の光景だ。場合によってはDBロボに会った瞬間に気絶してしまったり、乱発した異能が味方を攻撃してしまうこともざらである。
やむなく予備生はその場から動けなくなった男子高校生のカバーに入り、DBロボを持っていた異能具で叩き潰した。
「この組は全体的に苦戦してるようね」
ダンジョンの外にあるモニタールームで、てんやわんやのカオスが展開されている仮想ダンジョン内を見てそう言うのは羅刹。そして横にはDHスカウターの後藤という男も並んでモニターを眺めている。
DHスカウターとは、その名の通りDHのスカウトを行っている人物のことだ。
全国各地で対象は老若男女問わずにスカウトを行っており、中でも後藤は優れた目利き力を持っている優秀なスカウターだった。まためぼしい人物が見つかれば即日中に本人と交渉して契約まで取り付ける敏腕と絶対に原石を逃さない執念深さから、『サーペント』との異名でも知られる男でもある。
「優れた人材と、そうでない者の差が激しい年ですね」
眼鏡をクイっと上げてモニターを見る後藤はそう口にする。
彼が見ているのは、パニックに陥った高校生を庇って逆に自分がDBロボにシールドを破られてしまった予備生のペアだった。
『シールドを失ったペアは直ちに脱出しなさい』
すると彼らを囲んでいたDBロボが活動を停止し、近くのダンジョンの壁が動くと非常脱出用の階段が開かれた。
「訓練ではいくらでも次がある。しかし、実戦では負けた者に次などありません。あのペアは、もしこれが本当の任務中であれば
「後藤さんは厳しいわね。訓練を初めたばかりの訓練生なんだから、多少のミスは多めに見てあげてもいいんじゃないの?」
「そうもいきません。僕の見つけるべき人材は訓練によってカモフラージュされてしまう訓練後期よりも、先天的な部分がより見えやすい今この時期に判断を下す必要があります。使えない人間は訓練でもボロを出しますし、訓練でダメなら本番なんてもっての他でしょう」
手元にある大量の訓練参加者のリストから、黒のマーカーで強制終了となったペアの名前を消してしまう後藤。
「例えば、あのペアは見どころがありますね」
そういって後藤が指さすのは、小野寺玲と天野時丸の二人だ。
使う異能は玲が光異能で、時丸はダンジョンの床をタールのようにドロドロに変成する変質異能を使っている。玲が光でDBの注意を引き、時丸が足元を
「見事な連係です。使う異能は決して高度ではないですが、ペアの強みを最大限に引き出してリスクを減らしながら確実にDBを仕留めている。こういった人材は、確実に組織に厚みをもたらしてくれます」
リストの玲と時丸の名前に丸を付ける後藤。
訓練開始から10分もすれば、ダンジョンに適応できなかったペアとそうでないペアの判別がつき始める。10分後には、20組いたペアの内の実に半分の15組が強制退場となり、旗を争うのは残る5組の争いとなった。
「訓練初日ならこんなものでしょう。最深部の旗に今一番近いのは先程良いコンビネーションを見せてくれたペアのようですが⋯⋯」
しかし、ここで後藤の目が細く細められる。
仮想ダンジョン内部の訓練参加者は所在がすぐに分かるようリアルタイムで居場所がモニターに表示されるようにされているため、おかしい動きをしている参加者が居ればすぐにそれと分かるようになっている。
残る5組の内、4組は2人ないし3人で固まってペアを構成しているのだが、1組だけ明らかにペアのぺの字も無い動きを見せていた。
「またあの問題児ですか」
掛けていた眼鏡を外すと眼鏡拭きでキュッキュと拭いて掛け直した後藤。
パラパラとリストを捲ると、名簿の末尾にその問題児の名前が記載されている。
「南木葉。DBロボ撃破数は18体よ」
「先程の光城雅樹が11体、仁王子烈が15体でしたね。と、我々が言っている間にももう1体撃破したようです」
木葉のDBロボ撃破数を示すカウンターが19に伸びる。
モニターが映り変わると、縦横無尽にDBロボを撃滅し続ける木葉が映る。彼女は全く無駄のない動きでロボのコアを的確に貫いて行動不能にしていた。
ロボは弱点を各機ごとにバラバラに設定されているため戦う時は弱点を見極めてから攻撃を開始するのが普通だが、木葉の場合はやや異なる。
「南木葉は、敵を見た瞬間に直感的に敵の弱点の位置を知ることが出来る天賦の才を持っています。加えてあのスピード⋯⋯彼女は一人で戦わせるには非常に強力です」
木葉の武器は予備生としてDH協会に入会した時点で渡されるごく普通のハンドナイフだ。多くの予備生は戦う中で自分に合う武器をオーダーメイドしたりするのだが、木葉はその時渡されたハンドナイフをずっと使い続けている。
しかも彼女が使っているナイフは一度も折れたり刃が欠けたりしたことがない。それはすなわち、弱点を確実に仕留める技量がずば抜けている証明である。
「そう、一人で戦わせる分には」
シュパッ、とマーカーが紙をなぞる音がした。
羅刹が見るとリストの名簿の木葉の名前が真っ黒に塗り潰されている。
これほどの技量を見せているにもかかわらず、後藤は木葉を不合格と見做していた。
「羅刹も知っているでしょう。南木葉の力を認めた本部が、予備生でありながら特例で彼女をロボではない本物のDB討伐任務に同行させたあの日のことを」
そう語る後藤はパタンとリストを閉じる。
羅刹は、少しの間だけ目を閉じると静かに言った。
「⋯⋯うん。覚えてるわ」
「あの日、南木葉の決定的な短所が明らかになりました。その日から僕にとって南木葉は有望な予備生ではなく、規律を乱し他人を危険に巻き込む問題児です。ただでさえ、彼女の身元は問題だらけだというのに⋯⋯」
だが言葉が過ぎたと思ったのか、後藤は口を噤むと誤魔化すように眼鏡をクイっと上げる。そして再びモニターを見た。
「ところで、彼女の相方の高校生は何処に?」
「あそこよ。DBロボ撃破数はゼロね」
木葉の相棒である葉島直人は、何を考えてかダンジョンの奥へと一人で進んでいく。
まるでロボの位置を全て把握しているかのように、ロボットが居ない、もしくはすでに撃破されてしまった場所を進んで、彼は旗のある最深部目前に迫っていた。
「DBロボに一度も出会わないなんて、こんなことってあるのかしら」
「純粋な幸運なら大した子供です。しかし、予備生が高校生を放置してDBを単独行動で倒し、高校生が幸運だけで旗を手に入れるようでは訓練になりません」
すると後藤はモニター横にある『Danger』と書かれたガラスカバーで覆われた赤いボタンに目をやると、ガラスカバーを外して人差し指をボタンにのせた。
「幸運で訓練の合否が決まることなどあってはなりません。あまりこれは使いたくなかったですが仕方ないです。使わせてもらいましょう」
ポチッとボタンを押した後藤。するとまさに旗がある仮想ダンジョン最深部に、ダンジョン内にある小さなDBの反応よりも明らかに大きいDBの反応が現れた。
モニターに現れたそれを見た羅刹は口を開く。
「もしかして⋯⋯アレを放ったの?」
「我らがDH協会が作りだしたDBロボの最上級、推定ランクB級を想定した通称"B級シリーズ"の最新作、B級雄牛型DBです。高校生はおろか、一流のDHでも大苦戦する仕上がりになっています」
「そんなものを放ったら、今回の訓練に合格者なんか出ないわよ?」
モニターには直人と、そして早くに5体のDBロボを倒して合格条件を満たした玲・時丸ペアがほぼ同じタイミングで最深部に近づいているのが見えた。
するとそんな羅刹の言葉に、後藤は眼鏡を再びクイっと上げて答える。
「合格者なんて出なくていいのですよ。大事なのは、ふるい落とすべき者がここできちんと脱落してくれること。それだけです」
木葉のDBロボ撃破数はもう30を超えている。
直人がここでB級仮想DBロボの魔の手にかかれば、単独行動を続けていた木葉も連帯責任で強制失格だ。しかし後藤は、まるでその展開を望んでいるようである。
「南木葉。彼女だけはここで落とさなければなりませんから」
そう静かに呟いた後藤は、再び自身の掛ける眼鏡に手を当てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます