第151話 直人 vs 炎龍風

直人の体をマトイが覆う。

スターズ・トーナメントで使用したマトイは相手にダメージを与え過ぎないように加減をしていたが、炎龍風相手に加減はしない。

何故なら、相手は『焔人』の異名を持つ中国指折りの暗殺者なのだから。


『全てを焼き尽くすのだ! 焔麒麟!!』


爆炎が直人に飛んでくる。一度受ければ、骨も内臓も残らぬ超火力だ。

暗殺者と呼ぶには派手過ぎるその攻撃。だが、未だかつて炎龍風とまともに対峙して生きて帰った者は一人もいない。それ故に派手な攻撃でも目撃者はゼロだった。


「グウッ⋯⋯!!」


その熱気に思わず声を漏らす直人。

しかし、炎で炙られ続ける直人の体は一切燃えない。

足元が融解し、石でできた床が液状になって直人の足首まで浸かり始めてもなお直人はその場で顔を腕で覆いながら仁王立ちしていた。


『貴様、只物ではないな。私の焔麒麟の火炎を受けて立っていられるとは』


炎龍風の炎でも直人のマトイは破れない。

仮にも世界最強を自負する直人のマトイは万物を跳ね返す。物理攻撃は勿論、火炎も氷も直人のマトイは全てを封殺する。


「熱っつ⋯⋯!!」


そう声を漏らしながらも、直人は立つ。

鉄を蒸発させるほどの凶悪な爆炎。それを直人は耐えきってみせたのだ。


『この私の前に、単身立ち塞がるだけの力はあるようだ。馬鹿げた風貌にダマされてはならないと、良い勉強になったことを感謝する』


クルクルと銃を回した後に、炎龍風は銃を一度降ろす。

直人の目的はあくまで翔太郎と摩耶が逃げるまでの時間稼ぎだ。炎龍風は確かに数多くの人間を殺している殺人者だが、彼を殴り倒したところで得られる物はない。

故に直人は時間を稼げれば、この場から逃げるつもりだった。


「お前を雇ったのは、MF社か?」


『部外者の貴様に教える道理はない』


「何故、榊原さんを攫った」


『教える道理はない』


あくまで直人には何も言わない態度を崩さない炎龍風。

しかし彼は、目の前の青い不審者に興味を持ったようだった。


『その魔法装は私が今まで見た中で最も強力なものだ。その力は恐らく異能力者全体の上位0.1%には入っているだろう。思いがけぬ強敵に出会えたのは幸運か、はたまた不幸か』


魔法装とは、中国でのマトイの通称だ。

直人の持つ強さを炎龍風も認識し始めたようだ。

だが炎龍風は再び焔麒麟を直人に向けた。


『その強さの敬意を表し、焔麒麟の更なる姿を見せてやろう』


「更なる姿、だと?」


『先程貴様に使ったのは本来の火力の20%にも満たぬ『小炎シャオイェン』だ。しかし貴様の強さを認め、50%の『中炎ヂョイイェン』で貴様を焼いてやろう』


すると、焔麒麟から龍を思わせるような青白い炎が放たれた。


「グッ⋯⋯!!」


先程とはレベルの違う火力だ。直人の背後にある壁までもが融解し始め、直人の体は青白い炎に包まれながらマトイの装甲の表面で火が激しく燃える。

だがそれでも、直人の体は傷一つない状態を維持している。


『ふむ⋯⋯中炎も耐えるか』


それを見る炎龍風。

このまま直人のマトイを破れなければ、摩耶と翔太郎に追いつくことが出来ないまま直人の妨害が成立するだろう。


しかしここで突然、炎龍風は炎の噴射を止めた。

そして自身の腰のホルダーに、愛銃である焔麒麟を納める。


『認めよう。この私の火力では貴様を倒すことはできない』


マトイの装甲が激しく熱せられ、外気をも沸騰させる直人の体。

すると火災防止のスプリンクラーが作動して部屋全体に雨を降らせ始めた。


爆炎で熱せられた空気が水で冷やされていく。

確かに炎龍風は強い。火力だけなら炎系能力者では最強格だろう。


だがそれでも、直人には十分な余裕があった。炎の熱にも十分に順応し始め、長期戦にも耐えられるだけのコンディションを短期で身に付けつつあった直人の体は、炎龍風の炎を完全に攻略していた。それを察したのだろう。

この勝負、直人の勝ちだ。


「なら、大人しくここで待っていてもらおうか」


時間稼ぎのため、直人は炎龍風にそう言い放つ。

だがその瞬間、炎龍風の目が一瞬怪しく光ると男はニヤリと笑う。


『断る』


突然炎龍風は、翔太郎たちが出ていった扉に駆け出した。

まさかこのタイミングで彼らを追おうというのか。


「させるか!!」


直人は炎龍風を止めるべく足を一歩前に踏み出そうとして⋯⋯


『認めよう。確かにお前は私との試合に勝った。だが⋯⋯』


ここで直人は気づいた。

何故、このタイミングで炎龍風が翔太郎たちを追おうとしたのか。

そして直人に向かってずっと火炎を放ち続けていたのか。


直人は、自身のマトイの装甲が強すぎるあまりに気付いていなかったのだ。

直人の足元には熱で溶けた石が溜まっており、それが先程のスプリンクラーの水で急速に冷えて固まっていたことに。


『私は、”勝負”には勝たせてもらうぞ!!』


直人の足は融解した石で、ガチガチに固まっていた。

急いで左足を覆っていた石をマトイを纏ったパンチで砕く直人。しかしその頃にはもう炎龍風は、部屋の扉に手をかけていた。


『その強さが仇になったな! 名も知らぬ強者よ!』


「ハッハッハッ!」と勝ち誇る声と共に風の様なスピードで外を目指す炎龍風。

今から追いかけようとも、暗殺者アサシンの逃げ足は相当に早いことで有名だ。しかも初めて来た直人と違い、建物の構造も恐らく炎龍風の方が知っている。遅れをとったこの状況で追いつくのは難しい。

残る右足を覆っていた石をパンチ一撃で粉砕すると、直人はようやく解放される。だがもう炎龍風は直人が追いつける距離にはいないだろう。


「やってくれるじゃないか。だったら⋯⋯」


ポキポキと拳を鳴らす直人。直人にはある秘策があった。

まず普通の人間ならやろうとすら考えないであろう手段。しかし直人は本気だった。


「俺だって、お前に何の考えもなく炎を吐かせていたわけじゃない」


直人は壁に近寄った。

地下室の壁は、焔麒麟の爆炎で溶けてしまっている。しかもその超火力は壁のみならず、壁の中にある建物の柱までをも熱で脆くしてしまっていた。


「赤城原と榊原さんはもう建物の外に出ている頃かな」


集中力を研ぎ澄ませマトイを更に強力に仕上げていく直人。

もし彼らが未だに建物を出られていなかったら大惨事だが、どの道炎龍風を止めなければ摩耶が殺されてしまうだろう。


拳を握り締めると直人は大きく足を前に踏み出した。

その拳の往く先には、熱で弱くなった建物の壁と柱がある。


マトイを纏った直人の一撃。

それによって引き起こされるであろう未来を、彼は既に知っている。


「フンッ!!」


気合一撃。必殺のそれが壁に叩き込まれる。

そして、叩きこまれた直人のパンチが爆音と共に建物全体を揺るがした。



==============================



『逃げた娘は今すぐ連れ戻す。そして丸焦げの油淋鶏にしてやる』


地下室を抜け、地上へつながる階段を駆け上がる炎龍風。

直人ほどではないが、炎龍風もマトイは十分に使うことができる。

マトイによる身体能力の向上は絶大だ。階段を踊り場を乗り移っていくようにして上がっていく炎龍風は、地下からようやく脱出する。


『さあ見えたぞ。哀れなネズミが!!』


すると遥か遠くに摩耶を背負った赤い不審者の姿が見え始める。

それを見た炎龍風は、腰のホルダーから焔麒麟を取り出した。


『中炎!!』


青い爆炎が焔麒麟から撃ち放たれる。

狙いは遠く見える二人。摩耶もろとも翔太郎も仕留めんとしていた。

だが背後の殺気に翔太郎も気づいたか、ギリギリのところで炎を躱す。


『ハッハッハ!! 私の視界に入った貴様らに逃げる術などない!』


猛スピードで駆けながら炎龍風は小炎を連射する。

5発放たれたうちの4発は何とか躱した翔太郎だったが、最後に撃たれた小炎を躱し切ることは出来なかった。


「グウッ!!」


全ての魔力をマトイと異能障壁に注いで何とか炎から摩耶を守る翔太郎。

だが最低火力の炎とはいえ、炎龍風の力は紛れもない本物。そのパワーに翔太郎と摩耶は纏めて吹き飛ばされてしまった。そして窓を突き破ると建物の外に飛んでいく。


『もう奴らは逃げられない。追いかけっこも終わりだ!』


そして炎龍風は焔麒麟の最高火力を解き放つ。

焔麒麟の撃てる最高火力、『大炎ダ―イェン』。

極大の大火球を対象目掛けて撃ち放つそれは、対象に着弾すると同時に大爆発を起こす一撃必殺の奥義。その威力はA級DBをも一撃で仕留めるパワーを秘める。


銃口を定めて狙いを決め、そして炎龍風は引き金に指を掛け⋯⋯


『何だ!!』


それは突然起きた。

まるで大地震の前触れの様な振動と、ミシミシと音を立てる建物の柱。

そして炎龍風の目の前に天井に吊られていた照明が落ちてくる。


『地震か!? いや、これは違うぞ⋯⋯!!』


その時突如として大理石の床が割れ、摩耶と翔太郎、炎龍風の間を大きな裂け目が隔てた。さらに激しい揺れは続き、思わず炎龍風は仰向けにひっくり返る。


『イカン! 私の焔麒麟が!!』


転んだ拍子に大事な愛銃が手から零れ落ちる。

しかも銃は現れた裂け目へと転がっていくではないか。


『ヌオオオオッッ!!』


血相を変え、全力で銃に追いつくと拾い上げる炎龍風。

大事な銃が地の奥深くに落ちていくことだけは何とか阻止した。

だがしかし揺れはさらに大きくなっていく。


『まさか⋯⋯建物が崩れ落ちているというのか!?』


ここでようやく炎龍風は気づく。

これは地震ではなく、『何者かが』建物を崩壊させているのだと。

柱に亀裂が入り、徐々に傾いていく建物。


「ようやく追いついた」


くぐもった声が後ろから聞こえる。

炎龍風が振り返った先には、青いヒーローコスプレをした不審者が立っていた。


「アンタは逃げられない。このまま建物の下敷きになってもらうよ」


そして、マトイのオーラが纏われた拳を見せる不審者。

炎龍風はここで遂に理解した。


『お前が、この建物を⋯⋯!!』


「パンチ一発で十分だったよ。アンタがその銃で地下の基礎を熱でドロドロに溶かしてくれていたから、ちょっと叩くだけで簡単に地盤を壊せた」


『地盤を破壊しただと!!??』


「このまま俺と一緒に落ちてもらうぞ、炎龍風!」


『貴様アアアアアッッ!!!!』


それは、本来殺しのプロとしてはあり得ない行動だ。

しかし炎龍風は、ターゲットのことも忘れて直人に銃を向けた。

それは、目の前のそれにかつてないほどの脅威を感じたが故なのか、本来仕留めるべき相手である摩耶の存在など炎龍風の頭には微塵も無かった。


『危険だ! お前は危険すぎる!!』


「言われ慣れてるよ。アンタ以外にもね」


鬼の形相で銃を直人に向けようとする炎龍風。

だが、建物はこの瞬間に崩壊した。床が崩落し、50階建てのオフィスタワーが彼ら二人を押し潰さんとする無数の瓦礫となって天から降り注ぐ。


「俺はこれでも死なない。だが、お前はどうかな? 炎龍風」


『今日は、私の一生で最も最悪な日だアアアアッッ!!』


そんな炎龍風の叫びも虚しく二人は崩落の渦に巻き込まれ、消えていった。

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