第24話 事情
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「ここまで来れば、まずは一安心ね。一息入れましょう」
地上の娼館に繋がる隠し通路を出たエスティは、青空の広がる遺跡第一層の庭園地帯を縫うように進みながら別の荒れ果てた屋敷にレイガル達を導く。この場所はこれまでの探索でも休息地点として何回か利用していた。
本来なら休憩を摂るほどの距離は移動していないが、今回の遺跡潜りには領主の長男であるコリンを連れている。高貴な生まれからして長距離を歩くのは慣れていないだろうし、何より体調が悪そうだった。早速とばかりにマイラは自分のマントを床に敷くと、そこにコリンを座らせて恭しく世話を始める。
「レイガル、ちょっといいかしら?」
「ああ」
エスティに呼ばれたレイガルは、いよいよ彼ら二人について詳しい説明がされると思い意識を集中する。先程の秘密の入口の存在についてもそうだが、もっと根本的なことを知りたかった。
「・・・自慢じゃないけど。あたしの胸は、本当はそれなりに大きいのよ!今は革鎧で押さえ付けてあるだからね。そこは間違えないで!」
「なっ!・・・そっち?!さっきの娼婦の煽り台詞を聞いて・・・いや!あれは、あっちから絡んで来たんだ。俺のせいじゃないぞ!」
想定していた話題とは掛け離れていたためにレイガルは驚くが、それでも素早く弁明を行う。あの一件でエスティとの関係が拗れてしまっては堪ったものではない。
「本当かしら?物欲しそう目であの女の胸を見てたんじゃないの?」
「そんなことは・・・ない。何しろ、俺は今の状況をまだ詳しく知らされてないからな。そんな余裕はなかったよ!」
「・・・そう、そうよね!あたしったら・・・んん・・・じゃあ、今までの経緯を順に説明するからね。実はギルドから帰って・・・」
エスティは気まずさを誤魔化すように咳払いを吐くと、本題の説明を始める。レイガルは彼女に焼き餅を焼かれた嬉しさを感じつつも、置かれた状況を理解するために再び意識を集中させた。
「暗殺未遂、それも内部者の犯行なのか?!」
「その通りです。ご子息様の食事に毒が盛られていたのです。食事は限られた者にしか接することが許されていません。具体的には私と料理人のオルド、そして女中頭のカテリナの三人です。そしてオルドは、これは周囲には内密にしていますが、亡くなられた奥方様がコリン様を守る為に用意した私と同じ密偵の一人です。つまりは女中頭のカテリナが・・・何者かの依頼によって毒を盛った可能性が非常に高いのです。仮に彼女が潔白だったとしても、私とオルドの目を盗んで毒を盛った者がいることになります。この事実により私は、ご子息様が極めて危険な状態にあると判断し、屋敷からお連れしたのです。毒殺に失敗したことで、次は更になる手段が使われるのは明らかでしたから・・・」
レイガルの問いに女中のマイラが補足する。エスティの説明によれば、ギルドから戻り個室に退けた後、コリンを屋敷から連れ出した彼女の訪問を受けたのだと言う。この時はエスティも戸惑ったそうだが、詳しい事情とコリンを厩の藁の下に隠して必死の思いで訪ねて来たと聞かされては、彼女の腹は既に決まっていたらしい。それでも隣部屋のメルシアと相談し賛成を得たことで、彼女は正式にパーティーとして依頼を受理し行動を開始する。すなわち、どこに潜んでいるか知れない暗殺者一味への対策として、秘密裏にレイガルの部屋を訪れ出発を促したというわけだった。〝古井戸〟でも腕利きと噂されるようになった、彼らのパーティーが真夜中に慌ただしく動き出せば、同じ頃に姿を消したコリンの出奔に関与していると思うのは当然だからだ。そして、マイラは直接の明言は避けてはいるが、コリンの暗殺を目論んでいるのは次期領主の座を競う実の姉に違いなかった。もっとも、この説明には根本的な疑問が残っていた。
「なぜ、俺達のところに来たんだ?」
「お恥ずかしい話ですが、私が怪しいと思っているのは女中頭のカテリナだけではありません。オルドも完全には信用出来なくなっていたのです。私達は奥方様に恩がありますが、長女のリシア様もまた奥方様の忘れ形見でいらっしゃいます。もし、そちらから命令があれば・・・。そして身内を信用出来ないのなら外に助けを求める他ありません。前回の会見の最にコリン様があなた方を信頼している姿を思いだし、助けに縋ったのです!」
「そういうことか・・・」
普段なら何か裏があるのではないか勘繰るところだが、マイラとのやり取りをコリン自身が心配そうに見つめる中では余計な駆け引きは無用と思われた。実の姉に命を狙われたとあっては過剰に神経質になるのも頷ける。
「レイガル・・・今更だけど、この依頼に納得してくれるわよね?」
「ああ、この状況で断るほど俺は人でなしじゃないさ!」
「ありがとうございます!」
「レイガル殿、お力沿いを感謝します」
レイガルの返事を聞いたマイラは地面が頭に付かんばかり頭を下げ、先程までは泣きそう顔をしていたコリンも立ち上がって礼を伝える。僅かだが青ざめていた顔の血色が良くなっていた。
「ふふ、聞くまでもなかったわね!それじゃ移動を開始しましょう。遺跡内部とは言え、第一層では浅過ぎるからね。もう少し下を目指すわよ!」
「レイガルなら必ず、ちょっと捻くれた言い方をしながらも承諾すると思っていましたよ」
仲間の結束を確認したことでエスティは出発の合図を示し、隊列を整える合間にメルシアが微笑みながら、そっとレイガルに語り掛ける。トラブルに事欠かない冒険者稼業ではあるが、仲間にだけは恵まれている。彼は改めてそう確信した。
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