第83話 そんなこと、解ってるよ。 6

 雨宮は、泣いていた。

 涙が頬を伝い、おとがいへと流れていく。しかし、それを拭うようなことはしない。雨宮は気が付いていないのか。あとからあとから、涙が止めどなく流れ続ける。だがそんなとはお構いなしに、言葉が矢次に飛び出した。


「わたしが役立たずだってことくらい、わたしが一番理解してるに決まってるじゃない! 修行だってそう。頭では理解してくれるのに全然うまくいってくれないし、初めて魔獣と一人で戦った時だって、足がすくんで動けなかったし。もし死んじゃったらどうしようってパニクって吐いちゃったし、夜怖くなってよく泣くし、そのせいで寝不足で修行じゃ倒れちゃうし、頑張らなきゃって、そう思うほど自分の無能さに吐き気がするし、そうよ! 役立たずよ! ミレーナさんがいなかったらとっくに死んじゃってるし、あの時だって、神谷くんがボロボロなのに何もできなかった! だから……だから何とか追いつこうって頑張ったら、もう神谷くんそこにいないし。それでも負けるもんかって、やっと追いつけたと思ってたのに……どうして……どうしてわたしを全否定するの⁉ いままでの努力は何だったの⁉ 模擬戦だって、わたしが勝ち越すようになったじゃない‼ 神谷くんと対等になったはずなのに、なんでわたしのことを認めてくれないの⁉ 〝寿命の話〟だってそうだよ! わたしにも関係あるはずなのに、何でわたしは置いてきぼりなの⁉」


 ドクンと、心臓が跳ねる。雨宮は、聞いてしまっていたのか。俺たちの寿命について、オドを行使してしまうことの弊害について。知っていてそれを黙っていた。いつか、俺が話してくれるとそう思っていたのだろうか。


「ひとりで遠くに行かないでよ! 置いてかないでよ‼」


 身体が急に引っ張られる。数瞬遅れて、雨宮に掴みかかられたのだと気が付く。胸倉をつかまれ、信じられないほどの力で引っ張られる。強制的に膝を曲げさせられ、雨宮と目線が交差する。


「いまもそう! 自殺願望? いても邪魔なだけ? ふざけないで‼ 神谷くんだけじゃもっとどうにもならない‼ そのこといい加減自覚してよ‼ 魔術も使えない、ろくに防御もできない、斬るしか能がない。君の方が……」


 その次の言葉は、容易に予測ができた。言われる言葉そのものが、雨宮よりも早く思い浮かんだ。

 だってそれは――、




「君の方がよっぽど足手まといじゃない‼」




 俺が一番理解しているから。


「…………」


「あ……」


 急に我に返ったように、雨宮は俺の胸から手を放す。支えが消える。少しだけ前後にふらつきながら、まっすぐに立ち直る。


「ご、ごめん」


 自分が何を言ってしまったのか、それに気が付いたのか雨宮が謝ってくる。だが、そんなこと今はどうでもよかった。そんなことに、気を回している余裕はなかった。


 そんなことはないと、ずっと、心の奥底ではそう考えていた。

 魔術も魔法も使えなくたって、斬ることしかできなくたって、俺にもちゃんと戦うことはできる。近しい人たちくらい守ってあげられる。そう考えていた。


 だけど、やっぱりそれは自己暗示だったんだ――いま、そのことがはっきりと判ってしまった。

 人が感情に振り回されて言った言葉に、嘘はない。それは、心のどこかで思っていたことが表層に上がってくるからだと、俺はそう思っている。俺たちは普段、誰もが多少の猫を被って生きている。俺もそうだ。いちばん近しいと思っている雨宮にさえ、心の奥底を見せたことはない。


 雨宮の今の言葉は、完全のそれだ。雨宮が心の奥底でため込んでいたものが、激情に乗ってこぼれ出たのだ。そうでなければ、いまこの場で、あんな口調で、嘘を言ったことになる。どうしてもそうだとは考えられない。


 雨宮の中で、俺はやはり守られる側だった。

 どれだけゲーム内の技が使えても、魔術・魔法が使えなければこの世界では戦えない。近接戦闘術だけでは、彼らには敵わない。そうなれば、やっぱり俺は守られる対象になる。

 少なくとも、雨宮の中ではそうだった。俺は、雨宮から見て役立たずの足手まといだった。


 俺は未だに――、


 大切なものを守れない。


「そんなことくらい。俺が一番解ってる……」


 負け惜しみのような言葉が、口からこぼれ出てきた。それを聞いた雨宮の顔が、後悔でひきつる。必死に、何かを伝えようとする。


 だけど、


「……ごめん、わたし、そんなつもりじゃ……」


「悪い。一人にさせてくれ」


 この場から歩き去る。雨宮とは別の方向に歩き出す。



 それを正面から聞くほど、俺は強くなかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る