第73話 敗走 2

「はぁ――……何とかなった」


「ううぅ……少し頭がくらくらするぅ……」


「考えなしに、魔術なんか使うからだよ」


 出てくる言葉は、三者三様。戦闘になれているルナすらも、最後に発した言葉からは極度の疲労が感じられる。ポーションをあおりながら、座っていても疲れが取れないことを自分の声で自覚する。


 やっとたどり着いた安全地帯。たき火で浮かび上がるお互いの顔色は青い。あの敗走戦闘だけで、魔術を相当数発動したのだ。魔力砲台と化していた雨宮は当然として、魔術と剣術を同時に操るルナにも、相当の負荷がかかっているのは自明だ。


 しばし、回復に専念する。ぼーっと迷宮の天井を眺めながら、回復時のこの独特の感覚に身を任せる。思考を放棄した脳には、周囲の情報が薄く・広く入ってくる。そんな脳みそでも、安全地帯のそこら中で休んでいる冒険者たちの声にだって疲れが乗っているということくらいは、容易に読み取ることができた。


「イツキ、あのゴーレムはどういうこと? 核は潰したんでしょ?」


 不意に、ルナが問いかける。その問いに、どうだったかと記憶を探る。


「正直言うと……どうなんだろう。実際見たのは、バラバラになったゴーレムだけだし」


「じゃあ……攻撃が核を素通りした可能性は……」


「全部こぶし大の破片になってたけど」


「ああー……無いね。それじゃ」


 ぐいっと、一思いにポーションをあおり空にして、困惑したような表情でルナがつぶやく。その後も、何やらブツブツと思考にふけっている。


 口から出てくる単語は、俺が知らないことばかりで、おそらくは俺がまだ知らない分野の知識。俺が話に割り込んでも、ルナの思考を邪魔するだけのような気がしてならない。だとすれば、そっとしておくのが適切か。


 それならば……。


「雨宮」


「――ッ⁉」


 動かした俺の視線が、さっきからずっと黙っていた雨宮のものと交錯する。ビクリと、雨宮の肩が一瞬だけ跳ね、すぐに俺から視線を外す。まるで、「変なことは訊かないでくれ、わたしは何も後ろめたいことはない」とでも言いたげに。


 だけど、俺の経験上、その行為が示す意味は全く逆だ。


「……何?」


「お前、何でここに来たんだよ」


 反応は、思ったとおりだった。


 うっ、と雨宮は言葉に詰まり。落ち着きがない様子で顔をあちこちに向ける。当然、そんなことをしても周りには何も落ちてはいない。

 いつしか、ルナも思考を止め雨宮を見ていた。俺たちの視線が、雨宮へと再び注がれる。大きく息を吐いた雨宮が、ポケットから何かを取り出した。


「……これ、なん、だけど……」


「ブレスレット?」


「ああ。あの時の」


 俺たち二人の問いの、両方に頷く。紫色の鉱物がはめ込まれたそのブレスレットは、雨宮の手からつるされ、薄く輝きながら振り子運動をしている。


 そう。なぜか発光している。


「神谷くんは知ってるでしょ? これの効果」


「危機探知だろ? ……雨宮、お前まさか……それだけで?」


「これだけじゃない!」


 俺の言葉に噛みつくかのように、雨宮はその言葉をねじ込む。瞳には、光るものがうっすらと膜を張っている。それを堪えているかのように、雨宮の語調は不規則に震える。


「あのとき、夢を見て……。そこで、攻略隊が……、神谷君が死んじゃうところを見ちゃって。……それで、目が覚めた時に、ちょうどこれが光ってて。誰かの声がして――」


「待て待て待て待てっ。つまり、要約すると虫の知らせってやつか?」


「多分……そうだと思う」そう言って、雨宮は顔を伏せた。そして、少しむせ返るように咳をする。近くの水袋を取り、水をあおる。そんな雨宮の様子をしり目に、ルナと顔を見合わせる。


 ――そんなことってあるのか?


『聞いたこともない』『ハルカの勘?』


 俺に見せた、アイコンタクトと首を振る動作。それだけで、ルナが何を言っているのかが読み取れた。

 雨宮は、稀にみる四属性全てに適性のある魔術だ。すべての属性の魔術を、すべてオリジナルの火力で放つことができる。ミレーナをも驚かせた才能を持つほどの、期待の魔術だ。


 それ故に、精霊の声は聞こえないはずだ。


 四属性全てを操る魔術師には、精霊の声は聞こえない。マナの塊である精霊たちは、自身が吸収されてしまうことを恐れて本能的に近寄らない。力を貸してくれない。当然、声を掛けようとも思わない。それは、レオからのお墨付き在りの話だ。


 なのに、雨宮には声が聞こえた。それはどうして……。


「イツキ、ちょっといいかな?」


 不意に、炎の向こう側からレオが現れる。その身体には、多少の汚れはあるが、どこにも損傷らしきものは見当たらない。流石は騎士様と感心しながら、レオが来た理由を大体察する。


「すこしだけ、時間をもらいたい」


「解ってる。会議意に出ればいいんだろ? 俺も、話したいことがあるんだ」


「なるほど。詳しく聞こうか。それから、ルナ。君にも同席を」


「私?」


 突然の名指しに困惑しながらも、俺に続いてルナも腰を上げる。物思いにふけっている様子の雨宮も、はっと気が付き立ち上がる。


 だが――、


「いや。ハルカは、少しだけここで待ってくれないか? ……それより、一度調べておく方がいいか……」


 後半は、俺が何とか聞き取れたほどのギリギリの声量。当然雨宮には聞こえず、雨宮は混乱した様子で俺たちに視線を向ける。しかし、そんなことをされようとも、俺たちにすら意味が解らないものは解らない。


「あの、わたしは――、」


「ハルカは、向こうに行って少しだけ検査を受けてもらえないか? 検査と言えば、衛生班は解ってくれるはずだ。従ってほしい」


 雨宮は元々、ここにいるはずのない人間だ。そこまで言われて、拒否できるはずもない。相変わらず困惑した顔で、雨宮は頷き衛生班の陣取るテントへと歩き出し始めた。


「……さて、僕たちも行こうか」


 雨宮の姿を見送り、レオがそう言う。俺たちは頷き、レオの背中に追随する。

 本部のテントには、そうそうたる顔ぶれが座っている。そのことは、だいぶ遠いこちらからも、はっきりと解った。ごくりと、自然に唾を飲み込む。生半可な気持ちであそこに行ったなら、即座に追い出される。その予感がした。


 それに、俺は言わなければならないことがあるのだ。使い方次第で、今回の迷宮攻略を大きく左右する情報があるのだ。なおさら、適当なことは言えない。もし、俺の気持ちが半端なのだと思われてしまったら……、


 そのときは、追い出されるどころじゃすまないだろう。



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