第54話 馬車内〝雑談〟会議 1

 喧騒――セルシオ外壁に空く南門の現在を表現するには、その言葉がふさわしい。


 ある者は機材の最終チェックをし、ある者は自分の武器を固定する。撤収中の簡易テントには市場には出回らない詳細な地図が何枚も広げられ、上官たちが最終確認に入っている。


 見たままの通り。王国騎士団と王宮魔導士の混合部隊だ。


 王国最強の前衛部隊 《王国騎士団》と、王国最強の後方支援部隊 《王宮魔導士》。危険が伴う迷宮には、この二つがタッグを組むことが決まっている。その実力を聞く者にとってはやりすぎと思われるこの布陣も、相手が迷宮となればこれで十分な準備ができたと言えるレベルだ。


 当然、戦場以外でこの二つが共闘することなどめったにない。そこかしこでは住民が珍しもの見たさに顔をのぞかせており、それを追い払うための声がひっきりなしに飛び交っている。


 証明書を提示して、俺もその喧騒の中に飛び込む。そして、昨日あらかじめ会っておいた、お目当ての人物を探す。


 正面にいる騎士たちの中にはいない。簡易テントにいるのは王宮魔導士たち……だとすれば、そこにもいるはずはない。王宮魔導士は男子禁制だ。上官たちのいるテントにも姿はなし。当然、俺が合流することになる冒険者たちのたまり場の中にもいない。


 ――……それにしても…………。


 周りを見れば見るほど、違和感が膨れ上がっていくのが解る。それは、水面に垂らした重油のように、どんどんと心の水面を覆っていく。


 油が水と交わらないように、違和感が溶けていくことはない。何がおかしいのかは解らない。だが、確かな違和感が目の前にはあるはずなのだ。それは、一体何なのだろう。喉に小骨が引っ掛かっているような、そんなもどかしい感覚だ……。



「それはおそらく、年齢だろうね」



 後ろから、声が聞こえた。


 大人へと移行が完了する、その一歩手前――十代終わりの青年の声。すこし低く、それでいてどこか子供らしい欠片がかすかに残った――そんな印象を抱く声。振り返ってみれば、目に映ったのは白い鎧に白いマント。そして淡い金髪を湛える整った顔。


「王宮魔導士も、王国騎士も、平均年齢は二十前半だ。ここにいる大半が、そこから前後に大きくズレている。それが、違和感の正体だよ」


 その名はレオ・グラディウス。俺が昨日顔合わせをし、現在進行形で探していた人物その人だ。

 ようっと、かなり馴れ馴れしく、そんな挨拶をする。それにレオは右手を上げることで応える。心なしか、少し嬉しそうだ。


「確かに、見た目じゃ老兵と一兵卒って感じだな……鎧に着られてる」


「ははは、それは言わないであげてほしいよ。君みたいに、視線をくぐったわけじゃないんだ」


 苦笑するレオをよそに、遠征隊の構成を確認してみる。

 年齢は、俺より少し上くらいの騎士たちと、還暦を迎えたような老兵ばかりだ。レオの言うような年齢の者たちは、ざっと数えても二十人くらい。実に、全体の二十パーセント弱。そうか、違和感の正体はこれだったのか。


「実をいうと、今回の迷宮攻略は昇進試験の役割を担っているんだ。いまここにいる者の大半は、王国兵士と王国魔術師だ。この中で特にいい活躍をした者が、最高で十人、騎士団と魔導士それぞれの部隊に配属される権利を持つことになってる」


 レオが言った二つの名前、それは騎士団と魔導士のひとつ下に存在する組織のことだ。その昇進試験、それすなわち――、


「じゃあ、実力は申し分ないってことか?」


「そう期待したいね。でも、君だってあのジャイアント・オークを倒したんだ。いい線はいくと思うよ?」


 少しだけ照れ臭くなる。まさか、と否定する俺に、レオの顔は割と本気で言っていそうな表情を浮かべている。


「お世辞でもうれしいよ。ありがとな。それから……」


 言葉を切る。

 これだけは、さっきのまま地続きで言ってはいけない。顔だけではなく、身体ごとレオの方向へと向く。俺の行動に、レオの表情が少しだけ困惑に染まるのが解った。


「本当に、ありがとう。あの時は助かった」


 頭を下げる――ではなく、敬礼をする。王国騎士団が行う敬礼の一種だ。お礼がしたいのだと伝えた時、ついでにミレーナから教えてもらったのだ。


 目の前では、レオが虚を突かれたような顔をして俺を見ている。一瞬の空白の後、レオの顔に、


「ありがとう。礼はありがたく受け取るよ」


 驚いたような、困ったような、そんな表情が浮かんだ。


「気にすることはないさ。多くを助けるのが騎士の務めだからね。友達を助けたのなら、なおのことだよ」


「それでも……ていうか、いまさらだけどホントにこんな態度でいいのかよ。敬語とかは? お前、騎士なんだろ?」


「僕としては、馴れ馴れしくしてもらった方が嬉しい。どうか、このまま対等な関係で頼むよ」


「この中じゃあ、僕も浮いているからね」片目をつむって言ったその言葉に、ああそういうことかと納得する。確かに、完全アウェイな場所でも、バカを言えるような関係の友人が一人いれば、だいぶ違う……そんなイメージでいいだろうか。


 ――アウェイ? 


 ふと浮かんだその言葉。その疑問を、まるで心でも読んだようにレオ自身が説明する。


「今回、ここに来ているのは、第三部隊になる。僕が所属するのは第一部隊。正直言って――知り合いがひとりもいないのさ」


 どうやら、部隊の垣根無く全員が仲良し……とはいかないらしい。


「それじゃあ、顔合わせだ。君の担当する荷馬車に案内しよう」

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