第52話 舞い込む暗雲 2
刀は、狙い通りの輝跡を描く。
それは寸分の狂いもないほど精密に制御した、修行の成果と断言できるもの。行悪な破壊力を持った青い刀身が、空気すらも斬り刻む。
狙い通りの軌道をなぞり、
狙い通りの威力と速度で、
空を切った。
途端に、思考速度が現実へと強制的に叩き落される。そうかと思えば今度は、とてつもない量の土塊が、顔を身体中を叩く。熊男が地面を殴ったのだ。だが、身体は無事。そして熊男は俺の目と鼻の先にいる。俺はちょうど、熊男の腕の間に挟まりこんでいるような状態だ。
土煙の中、隠し切れない巨体のシルエットが目にはハッキリと映っている。無理に体勢を変えたせいなのか、その姿は全身隙だらけ。
熊男はまだ動かない。だが、すぐに動き出す。捕まる前に、安全に脱出するには――。
「――ッらあぁ‼」
とっさに飛び出した足。足が狙うのは、熊男の顎。下から蹴り上げれば、巨人だろうと脳震盪で動けなくなる。
「――残念、そりゃあまずい」
視界が、逆転していた。
気が付けば、身体がもう一度中を舞っていた。地面が頭上に来ている。それなのに、身体が落下する気配はない。足には万力で締め付けられるような圧迫感と痛み。
そうか、俺はつかまれているのか。
「ああいうときは、隙を作るための攻撃はむしろ悪手だ。それから、素手で戦う相手に素手ってのもいただけねぇ。なぜオレが素手だったかよく考えろ。戦闘中も、そのことに気を配れ」
グイっと身体が持ち上げられ、目の前にあった顔がそう言って凶悪に笑った。不覚にも、何も言えない。こんな状況に、思考が付いていけない。
「おい、ミレーナ。お前の弟子にしちゃあ、ちっとばかしおざなりじゃあないか?」
「そう厳しいことを言うな。この二人はまだ一か月しか経っていない。それにしては、ずいぶんと戦えるようになったと思うが?」
「なに⁉ 一か月か! ガッハハハ、なるほど、それなら上々か」
壊れた扉から、いつの間にかミレーナが顔を出していた。ルナも雨宮も心配そうに見つめてはいたが、心配していたのは命とは別の物だろう。現に、今はほっとした表情が浮かんでいるのがよく見てとれる。
もちろん、逆さで。
「それより、少しは場所を選んだらどうだ。玄関に穴が開いたぞ」
「おっとすまん、すまん。直してやるからちょっと待ってろ」
「…………降ろしてくれません?」
俺を放置したまま話は続く。必然的に、俺はふたりの会話が終わるのを待つしかない。ルナと雨宮が笑いをこらえている。俺はそれから、面白くなさそうに目をそらすことしかできない。
「ときに、ガルダ。君の目的は達成できたか? できたなら帰れ」
「そう怒るな。まずはこの扉を直す。部品は余っているか? ああ、そうだ、直すあいだに菓子でも出せ」
「落ちているものでも食べていろ死にはしない」
「悪かった。いい土産は持ってきてるから許せ。な?」
ミレーナが無言で室内へと姿を消す。謝りながらそれに追従する、ガルダと呼ばれた熊男。歩くたびに、身体が激しく揺さぶられる。そして、雨宮とルナも室内へと入っていく。おれも、半ば強制的にガルダに連れられることとなる。
もちろん、逆さで。
◇◆
どう考えても外見に不釣り合いな部屋数を内蔵するログハウスのとある一室。応接間と呼ばれるそこには、現在、熊男――もといガルダと名乗る大男が来客用のソファーに腰かけている。
少し身体が傾くたびにソファーが嫌な音を立て、なぜか俺まで冷や冷やとする。そして、来客用に出されているのはお茶のみ。本当に茶菓子は用意していない。
「まず、お前たち二人にははじめまして、になるか」
その言葉に、二人同時に頷く。それを確認し、ニタリと凶悪な笑みを浮かべて茶菓子をつかみ、口に放り込む。ちなみにそれは、ガルダ本人が持参したものだ。
「オレの名はさっき聞いた通りだ。ガルダ、一応『冒険者ギルド セルシオ支部』のギルドマスターだ。信ぴょう性は、オレの横にいる奴が保証してる」
隣に立っている人物に目を向ける。彼女は笑い、小さくこちらに手を振る。
その女性とは、レーナだった。
よそ行きの服を着ているのか、ギルド内の制服ではなくもっとしっかりとした造りのものを身にまとっている。どちらかと言えば戦闘の色が濃いか。それは、この場所に来るからこそなのだろう。
こちらも会釈を返し、ガルダへと視線を戻す。この一瞬の間に、皿に乗ったお菓子はなくなっていた。
「で、結局は何の用だ。手紙ではもったいぶって教えなかっただろう。まさか、私の弟子たちをからかいに来ただけではあるまい」
「もちろんだとも。流石に、そんなつまらん理由で内容を隠したりはせん。また半殺しなど、たまったもんじゃない」
「「「⁉」」」
俺、雨宮、ルナの視線が一斉にミレーナの方を向く。ミレーナが呆れたようにため息をつき、心外だとでも言いたげな表情を浮かべる。
「真に受けるな。何があっても君たちにそんなことはしない。若気の至りだ」
「…………半殺しにはしたんですね」
「…………まぁ……数十年前に……一度」
室内が一瞬、静まり返った。
「「数、十年……?」」
あっ、と気が付いたような表情のルナに、そういうことかと納得するガルダとレーナ。そして、盛大に置いてきぼりをくらう俺たち二人。
いまのは、聞き違いではなかろうか。思わずそう考えてしまう。
少し赤面しながら発せられた肯定の言葉。しかし申し訳ないが、俺はそれとはまったく別の部分に食いついてしまった。
「うん? なんだミレーナ、言ってなかったのか。そいつは人間のナリしてるが、立派なエルフ族だ」
ハーフだがな、とミレーナが不貞腐れた様子で追加説明を加える。それは、自身がエルフであると公言したも同然。久しぶりの異世界ファンタジーに、自分で口を挟んだにもかかわらず言葉が続かない。
そう言えば、だいぶ前の「若いとは良いな」云々の発言の真意は、もしかしてそういうことだったのか。なるほど確かに、それだけ生きていれば、俺たちなんてとてつもなく若く感じるという感覚も十分に納得なのだが……。
「こいつはな、こんな見た目だが中身は御年――」
「もう一度半殺しにされたいか? 少しはデリカシーという言葉を覚えろ」
そいつは失敬と、ガルダは口を閉じる。もうこれ以上その話題について語るつもりはないようだ。ミレーナのこめかみにも、なぜだか血管マークが浮かび上がっているようにすら錯覚する。
「さてと、ふざけるのはこれくらいにして――」
その途端、
一瞬で、周りの空気が乾燥する。チリチリとでもいう擬音語がピッタリなほどのプレッシャーが、防御をすり抜け乱暴に身体の内側をなでる。
「〝迷宮〟が見つかった」
刺し殺されるような雰囲気を、跳ね上がった心臓は知覚していたようだった。
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