第3話 日常の最終日 1

 漆黒の刀が煌く。


 闇夜の中でそれは吠え、一筋の輝線を描き、ヤツへと吸い込まれるように加速する。衝突により爆音が生じ、空気を軋ませる。激しいライトエフェクトがダンジョンを照らし、怪物が浮かび上がる。


 体長約八メートル、牛と羊を混ぜた容姿に、その巨体を覆う赤黒く発光する皮膚。属性は闇、このダンジョンの階層主 《アストロ・ボーン》。その体には、無数の傷が刻まれている。


 闘いは佳境。この数十秒で、戦況は大きく傾く。


 アタッカーが吹き飛ばされる。

 お返しにと魔法が炸裂する。

 色彩豊かな爆発が、ダンジョンを彩る。


「オオオォォ————ッ‼」


 咆哮とともにヤツの口内が、バチバチという耳障りな音を立て、青白く光りだす。


「前衛、退け‼ 詠唱急げ‼」


 立て続けに起こるイレギュラーに、指令の声が怒号に変わる。詠唱が加速し、魔法が構築される。コンマ数秒の誤差で、戦況は大きく傾く。


 チリチリと肌を焦がす、あの嫌な感覚が身体を包む。


 詠唱が紡がれ、空間に魔法陣が出現する。


 口から溢れ始めたスパークが、大気を焦がし始める。


 最終シークエンスに入り、魔法が組み立てられ始める。


 アストロ・ボーンの待機動作が終わる。


 魔法が、顕現する。



 世界が、白銀に染まった。




 ——迷宮都市、カリバンケルヴ、メルシーの酒場——


「それでは、ダンジョンの単独攻略を祝して……カンパーイ!」


「「「カンパーイ‼」」」


 カオルの掛け声に合わせて、ジョッキが高々と掲げられる。琥珀色の液体が、ぶつかった拍子に飛び散り数珠丸となって宙を舞う。そして、俺たち男性陣は中身—エール—を一気に飲み下し、並々と注がれていた液体はあっという間にジョッキから姿をくらませる。


「っかぁぁぁあ、ウマいね! やっぱ祝い酒は格別だな!」


 一番初めに一気飲みを終えたダンジョーが、開口一番、なかなかにオッサン臭い台詞を吐いた。それに賛同するように、カゲタカもニマニマ笑いながらうなずく。


「お前らやけに上機嫌だな。どうしたんだよ、さっきからニヤニヤして。なんかあったのか?」


 エールを飲み干し、まるで酔いつぶれたオッサンのように騒ぐ二人に疑問を抱き、好奇心から思わずそう尋ねる。


「あっ……そうか、お前は知らなかったのか」

「これ見てみーの」


 思い出したようにダンジョーはつぶやき、カゲタカが数枚の紙きれをストレージから取り出す。半券のようなそれをカゲタカから受け取り、そこに印刷されている文字列に目を通す。


『ダンジョン《スペルヴ》攻略予想——チーム《ドラゴン》単独撃破』

『賭け金、100万ゴールド』

『賭け金、上乗せ』『賭け金、上乗せ』『賭け金、上乗せ』『賭け金——


 ………………。


「これ、ウチのパーティーじゃん⁉ なんだよ、賭けって!」


 VRMMORPG 《カリバー・ロンド》には、、競馬や競艇よろしく『賭けシステム』が実装されている。その内容はさまざまであり、それを本職とするNPCのグループに接触すれば現実同様の賭けができる。


「ダンジョン攻略のカテゴリーって……、そもそもそんなのなかっただろ」


「俺たち攻略組がダンジョンに挑戦するって情報が広がった次の日から——だったっけか? いいネタになるってんで、どこぞのギルドがこんな賭けやりはじめた。そんなら俺たちも乗っかってやろうってことになって、三人で始めた」


 なるほど、と説明を聞き納得する。騎士様から配管工事まで、ここでプレイヤーの就ける職種は現実世界と大差ないのではないのかと錯覚してしまうほど豊富だ。NPCがいるため考えもしなかったが、探せばそういう職業もみつかるのだろう。


「三人って……カオル、おまえもかよ⁉」


「うん、オッズも0.01だったから、少し賭けただけでもけっこう儲かった」


 相当儲かったのだろう。ちびちびとジョッキに注がれた飲み物を口に含んでいたカオルが、ほくほく顔で頷く。ちなみに、カオルの飲み物はエールではなくジュースだ。たしかに、それだけのオッズなら少し賭けただけでも——

 ……オッズが0.01?


「ちょっと待て。さっき見ただけでも、掛け金軽く二〇〇万は超えてたけど。一体いくら使ったんだ?」


「ん? 確かダンジョーのやつが一〇〇万で、俺は上乗せの分入れたら……二五〇万くらいか?」


 このゲームの賭け事に用いられるオッズ—賭け率—は、アメリカやヨーロッパで古くから使われてきたものが採用されている。その方式では、賭けた金額をオッズで割った値が、ギャンブラーに支払われる金額となる。


 つまり、いまの場合で考えてみると……、

(ダンジョー+カゲタカ)÷オッズ=三五〇万÷〇.〇一=三億五〇〇〇万。


「…………」


 そこら辺の小国の国家予算並みであった。


「……それ、向こうは払えんの?」


「さあ? さっきカネ取りに行ったら、「頼むから勘弁してくれぇぇぇぇっ‼」って泣きながら謝ってきた」


「向こうも、まさか本当にこうなるなんて思ってなかったんだろうな」


 俺たち以外のパーティーが全滅することなんて誰も予想できないだろうし、ましてその状態から俺たちが単独撃破することなんてそれこそ好運に幸運が重なった天文学的確率の末での結果だ。それが起こってしまったのだから、本当にご愁傷さまとしか言えない。


「だから、全額払わせるのは止めにして、とりあえずギルドの有り金全部と、貯蓄してたレア装備、ギルドの固定資産全部で手を打った。向こうは涙流してぶっ倒れたぜ?」


「…………お前、本っ当にイイ性格してるよ」


 脳内に、資産すべてを差し押さえられスッカラカンとなったギルドのエントランスと、そこで体育すわりするギルドメンバーの姿が浮かぶ。あまりにもあんまりな代替案に、頬を引きつらせる。もしかしたら、こいつは近いうちに暗殺職にでも殺られるのではあるまいか。


「ていうか、何で俺に教えてくれなかったんだよ」


「ちょっと野暮用がー……とか言って直前まで連絡とらなかったのは誰だよ」


 黙って視線を外し頬を掻く。それを言指摘されてしまっては、黙るしかない。


「し・か・し、だ。こんなにガッポリ儲けさせてもらったリーダーになんの謝礼も無しっていうのは、パーティーメンバーとしても、人としてもどうかと思ってな。俺たち二人からささやかな恩返しって事で、これ」


 そう言って、ダンジョーがアイテム欄から何やらパスのようなものを取り出して、俺へと差し出す。


「いやいいよ! さっきのは冗談みたいなやつだし」


「そう言わずに、受け取っとけって。お前ら二人で行ってこいよ」


「わ、わたしも?」


「ああ。二人一組だからな」


 突然自身の名を指名され、カオルが目を白黒させる。


「本当はダンジョーと俺で行くつもりだったんだけどな。俺たち、補修に引っかかって、その日がちょうど補修なんだ。捨てるのももったいないし貰ってくれよ。多分、お前が一番喜ぶものだ」


 その言葉に、俺は半ば強引に手渡されたそれへと目を通し、


「これって……」


 手に持った物の招待に気づき、激しく動揺した。


「そうよ」


 ダンジョーはニヤリと不敵に笑い、


「日本初、《カリバー・ロンド》ARMMORPG版ソフト、βテスター二人一組ご招ー待」


 プリントアウトされた文字列を、声高らかに読み上げた。


  

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