04. 3Dプリンターとは何か

「委員会がモタモタしている間に、魔物がこの国まで押し寄せてしまうぞ!」

 余の、その予想は……当たってしまった。


 死屍累々の戦場が、眼前にあった。


 ジャイマンティが、巨体をズシンと言わせてにじり寄る。

 スリーヲットが、三本角を刺そうと跳ねる。


 そこに、突如現れた、「戦局を変える風」。


「わが君! あれを!」

 トライク公爵が言う。

 兵士を襲う、魔物の群れ。


 その一角に、、丸いハンマーが打ち込まれたように。


 吹き飛んだのは、3本角の魔物、スリーヲット。

 砂が舞う。木の葉が舞う。巨木が舞う。スリーヲットも舞う。


(風か……!)

 それは、宮廷魔法士ですら、驚愕するであろうほどの。


 暴風が、魔物の密集する領域を、文字通り吹き飛ばした!


 空いたスペースの、中央に。

 細身の女性が、右手を天高く上げていた。

 左の手の平を、右前腕の内側に添えるようにして。


「あれは……イレーヌ!」



 ――彼女だけではなかった。



 暴風が収まる。


 その風に耐えた、ジャイマンティの巨躯を。


 斬ッ!

 ――横薙ぎに。


 斬ッ!

 ――縦薙ぎに。


 振るわれる旋。


 くだんの勇者。

 彼がを振るうたびに、ジャイマンティが、次々と打倒される。



「なっ!」

 遠見筒越しに、余は驚愕した。

 

 なんだ? 盾と剣の、あの使は!


 勇者は、に持ったで、魔物の攻撃を受け止めている。そして、に持ったで、魔物に切りつけ、そして急所と思しきポイントへと突き刺していた。



 我が王国における『武器』である、盾と。

 我が王国における『防具』である、剣とを。

 


 用いる、勇者。



 そして。

 イレーヌの風の魔法と、勇者の近接攻撃とによって出来た、細い回廊の中を。


 背広の男が、小柄な老人と、大箱とを台車に乗せ、我が本陣へ疾走する。

 あれは……森田と、モーゼス老。



 勇者一行は、戻ってきた!



 ◆



 血路は開かれた。


 モジモジと語らない森田。彼が引く台車。

 そこから降りたモーゼス老の白ヒゲが揺れた。


 台車の上には、巨大な箱、すなわち伝説の3Dプリンターの他に、もう一つ、小さな箱も乗っていた。


「遅くなりまして」

「よくぞ戻った……。モーゼスよ。伝説の武器防具はどうなった? 勇者殿の、あの戦い方は何なのだ?」


「王様……まず、あの戦い方。剣を武器として、斬る、刺す事に用いたほうが、より有益ではないかと考えました。盾は、厚みを生かして防衛に用いると。用途を逆転したのです」


「なんと……」

 余は、彼らの発想の転換にうなった。

 そうか……。物本来の用途に……例えば「盾は攻撃のためのものである」事に、こだわる必要は無いのか。


 興奮した余が、

「して、どうだった? 伝説の武器防具は見つかったか?」

 と聞くと、モーゼス老の表情が明らかに曇った。


 そして彼は、歯切れ悪く答えた。

「入手は致しました……しかし……」


「おおお! でかした! しかし……どうしたと言うのだ?」


 再び問うと、小柄な老人は、迷いの中に居るような小さな声で、こう述べたのだった。


「しかし……なにぶんの装備です……3Dプリンターで剣や盾を複製するのは、著作権侵害なのですよね?」


 モーゼスのその言葉で、余は合点がいった。

 旅の間、この老発明家は悩んでいたのか――。


「モーゼスよ。創作者の務めは、新たなものを作り出すこと。その行為の違法性云々うんぬんは、周りにいる者の知恵を借りればよい」


「しかし――」


「余に任せるが良い。委員会に諮問しもんするだけの事だ」


 真面目な気性を持つ、偉大なる創作者の存在を、余は知ることが出来た。


 ◆


 良い案は即、実行に移すべきだ。

 余は大音声で、王国兵に指示した。


「皆の者よく聞け! 武器と防具を入れ替えよ! 剣を攻撃に! 盾を防御に! 盾をかざして魔物の侵攻を防ぎ、剣の切っ先を敵の急所に突き刺せ!」


 その指示が総軍に伝搬していく。


 皆、一旦は動きが止まり。

 武器防具を持ち替え。

 そして、対応。


 予想外の指示に応じる柔軟さも、王国兵が備えていることを遠見筒で目視し、余は安堵の息をついた。


 この用途逆転は、劇的な効果をもたらした。


 ジャイマンティに、ついに傷を負わせる事に成功した。

 魔物の攻撃で、兵士は吹き飛ばされるが、盾が致命傷を防いだ。


 こうなると、王国兵の「数」が効いてくる。

 彼らは善戦し、魔物の進撃を減速させ、序々に停止せしめていた。


(……勝機!)


 余の頭には、次の成算があった。

 

 魔物が後退を始めたら距離を取り、遠隔魔法と投石で追い討つ。

 混乱した魔物達に兵士を突撃させ、混乱を更に拡大。

 これを交互に繰り返し、最終的に殲滅、あるいは撤退させる。


 しかし――。


「伝令! の攻撃すら効かぬ魔物が現れた模様! 西南西の方向!」


 そうだ。

「魔王が居る」と、勇者が申していたではないか。


 余の成算は、この瞬間に撃破された。


 ◆


 魔王。

 その見た目は、ジャイマンティと大差なかった。

 違うのは、その眼力がより強いこと。顔立ちがスリムなこと。


 ――魔王は、『綺麗なジャイマンティ泉にでも落ちました?』だった。


 突き刺そうとした剣が折れる。

 盾ごとひしゃぐ、その怪力。

 戦線は、再び崩壊の憂き目にあった。


 奴は知性もあるようだ。余の本陣へと、確実に向かって来ていた。


(時間の余裕さえあれば……)

 伝説の装備を、伝説の3Dプリンターで量産し、兵士に配給できていれば、勝機があったかもしない。


 しかし、実行に移す時間が無い。


(何か、他に手は……)


 伝説の剣、盾、鎧……。

 剣と盾のように、用途に対するこだわりを捨てる……。


「はっ!」

 天啓が閃いた。本陣を歩き回り、モーゼスを探した。


 かの発明家は、旅の間に新作したと思しき、『改良版の小型3Dプリンター』を設定している最中だった。より大型の『始祖3Dプリンター』も、その隣に在った。


 まるで大小のつづらのように、2つ並んだ3Dプリンター。


「モーゼス。その3Dプリンターで、3Dプリンターを複製コピーすることは、はたして可能か?」


 ◆


 余は、作戦の実行開始を告げる。


「撃て!」

 と。


 遠距離魔法部隊が、炎を飛ばす。孤を描いて飛び、大地を揺らす。

 効かない事は織り込み済み。牽制で充分だ。



「第二射! 投石部隊! 撃て!」

 投石機が、ぶぉんと音を立て起動する。


 宙を舞う、無数の伝説の塊。すなわち。

 


 ズドドドド!

 魔物を、種類問わずなぎ倒す。


 3Dプリンターの本来の用途は、物を製作することにある。しかし――。

 にこだわる必要などないのだ!


 何を国の目的とするのか。

 手持ち戦力国力で、果たして何ができるのか。

 それこそが、重要なのだ。

 

「我が君。魔法粉の残量が。次の斉射で打ち止めです」

「あいわかった、トライク」


「魔王の居る付近! 狙いを定め、第三射! 撃て!」


 三度目の放物線。

 魔王へ向け飛翔する、数々の3Dプリンター。


 ドドドオオオ!!


 魔物の群れに、大きな穴があいた。


 そこへ――。


「突進!」

 勇者一行に、余は託した。


 勇者やイレーヌを含む小隊が、魔王集団と接敵。


 いまだ多くのスリーヲット、ジャイマンティが残存していた。

 しかし――それは、余の折り込み済みである。


Le vent souffle!風よ吹け

 イレーヌが片手を上げると、彼女を中心に突風が吹き、渦を巻く。


 多数のが、青い光を放ち、風に乗り、ダンスを踊る。スリーヲットを、ジャイマンティを、ゴイン! ゴイン! と、打ち倒していく。


 それは、新たな連携戦術『3Dプリンターストーム』。


「後はまかせろ!」

 勇者が跳躍する。


 伝説の剣と盾を放り投げ――。

 風に舞う3Dプリンターの1つに、両手を伸ばし――それを掴んだ。


Les cieux descendent天よ、怒れ!」


 伝説の鎧は素晴らしい。

 天空に突如現れた雲。

 轟音。

 一筋の雷撃が、勇者が抱える3Dプリンターに落下。

 火花。

 雷にも耐える鎧。

 その中の勇者の目に生気が。

 バチバチと、空気を割く音。


「くらえええ!」

 雷を纏った伝説の3Dプリンターが、屹立きつりつする魔王へ叩きつけられる!


 ごわあああん! ビリビリ!


 伝説レベルの鈍器・凶器ドンキキョーキの破壊力に加えて、天から授かった雷撃怒り


 いかな魔王とて。


 ひとたまりもなく……倒れ伏す。


 分水領とは、静かなものである。


 この瞬間――。


 戦の潮目は、完全に変わった。


 ……静から動へ。

「「「うおおおおおおおおお!」」」


 士気上がる、王国兵たち。

 そこから先は、余の采配すら必要ないであろう――。


「……ふふっ」

 初めて、森田が笑う様子を、余は目撃した。



 ◆



 城に戻って幾日かが過ぎた。


 宮殿で祝宴が開かれた。

 勝利の報告ニュースは、伝令馬でスマートに伝達してあったので、準備は滞り無かった。


「思う存分、飲んで騒いでくれ!」

「「「フィエロ王国万歳!」」」


 喝采を背中で浴びつつ、余は宮殿から退出した。

 行き先は、円卓の間。

 委員会に、臨席するのだ。


・破壊された建物の修繕に、3Dプリンターをどう使うか?

・魔物をスキャンして新たな複製魔物コピーモンスターを産み出す行為を、禁止すべきか?

・人体や生物や魔物の複製コピーをどう扱うか?

・魔物は? 合成獣は? 生物は? 精神体は? どこからどこまでについて、複製コピーが許されるべきか?


 決めなければならない法律ルールは、山盛りに現世日本もなっている未解決


 『三白眼の貴公子』トライクは、円卓の間で、準備しているだろう。

 あの著作権バカは、どう考えているだろうか?


「3Dプリンター自体の複製コピーを、あれほど大量に作るとは、法的に如何なものですか?」

 とでも、言ってくるだろうか。


 まぁ……オーバーノ教授にでも、議論は任せるつもりだが。


 余には1つ、腹案があった。

 もし仮に、3Dプリンターが、著作物であったとして。


著作権者モーゼスの許可を得ているのだから、問題ないだろう?」


 そう発言できる議論の流れに、なるだろうか?


 余はそれを――。


 ほんの少し、楽しみにしていた。



〈続く〉




【運用カバー】

 現世日本の著作権法は、条文数の割に判例も少なく、白黒はっきりしない「グレー」が多いです。

 なので、実際には運用カバーでの対応が、たくさん。


 利用規約。

 契約書。

 CCライセンス、同人マーク。

 etc.


 当事者同士の事前合意でクリアランスしてるわけですね。

 まぁ……だからこそ、わがまま利用規約だとか、当事者が条項読まずに損してるとか、そんな話も出てくるわけですが。

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