第90話 最強の人間②
敵に操られているとばかり思っていたアレス。
そのアレスの言葉に、俺とリン先生は身構える。
「今はまだそう警戒しないでくれ。君たちを説得するよう、その十二貴族から口だけ拘束を解かれている」
アレスの言葉に、俺とリン先生は顔を見合わせ、話を聞くことをアイコンタクトで決める。
「……話を聞きましょう」
俺の言葉に、アレスは頷く。
「ありがとう。君たちが助けに来てくれたことは嬉しいが、余りに無謀だ。例え私が操られていなくとも、十二貴族がもう一人か二人いれば、君たちに勝ち目はなかっただろう」
アレスの言葉に、俺は黙るしかない。
全くもってその通りだからだ。
いくら俺も強くなったとはいえ、人間としてトップクラスの実力を持つ敵を複数相手にして勝てると思うほど自惚れてはいない。
「それに、私が捕まったことでみんな勘違いしているようだが、私はおそらく、十二貴族全員合わせたのと同等以上の力があると思う」
アレスの性格上、負け惜しみではないだろう。
本当にアレスは強いに違いない。
ではなぜ、アレスは今こうして捕まっているのか。
「私が本気で戦うと、どうしても相手を殺してしまう。もし私が十二貴族の大半を葬り去り、その上で私が敗れてしまったら、王国の守りは崩壊だ。魔族や隣国に蹂躙される未来しかないだろう」
自分が捕まってでも、国のことを案じるアレスは立派なのかもしれない。
だが、残された身としては、納得しかねるところでもある。
「殺さない範囲で戦おうとすると、どうしても自分の力を出し切ることができなかった。だから私は、十二貴族たちに敗れ、その上で彼らと約束した」
何を?
というのは聞かなかった。
聞かずともアレスが答えてくれるだろう。
「お前たちを殺さない代わりに、私の家族や仲間たちに危害を加えないように、と。もし危害を加えようとするなら、たとえ死んでも数人は道連れにすると言う脅しとセットでね」
その約束は守られていない。
娘のレナを含めた俺たちは追い回されているし、アレスの部下も殺されている。
「ただ、その条件は、レナを含めた君たちが、私の処刑を認め、王国に対して叛逆しないことだ」
なるほど。
確かにその条件なら、俺たちが追い回されるのもやむを得ない。
「だから、私のことは諦め、王国に叛逆しないでくれ。そうすれば全てが丸く収まる」
俺は怒りそうになるのを堪える。
あまりにも優れた人間だと、思考回路が常人と異なってしまうのだろうか。
「アレス様は何も分かってないんですね」
俺の言葉にアレスはピクリと反応する。
「……何がだ?」
俺はそんなアレスを真っ直ぐに見据えて答える。
「自分の命より貴方の命が大事だと思うからこの場にいるんじゃないですか。自分の命が大事なら、とっくに他所の国へ逃げてますよ。きっとこれまで捕まったり殺されたりした貴方の部下たちもそうでしょう。そんな俺たちが、貴方を見捨てて降伏するわけないじゃないですか」
俺は正確には違う。
だが、レナやローザは本当にそうだ。
アレスの言葉は、そんな彼女たちへの愚弄にも等しい。
俺はダイン師匠から託された刀を構える。
「安心してください。俺たちは貴方に殺されません。多少の怪我はさせてしまうと思いますが、その点はご容赦ください」
そんな俺をアレスは睨む。
「操られている今は、手加減できないぞ? さっきも言ったが、この間、十二貴族を相手にした時に君が見た私より、今の私の方が強い」
俺は口元に笑みを浮かべながら答える。
「望むところです。アレス様が十二貴族十人以上の実力だとしても、俺が十二貴族十人分以上の働きをすればいいだけなので」
そんな俺の言葉を聞いたリン先生が口を挟む。
「三人分で大丈夫です。先ほども話した通り、まずは私が戦い方を示します。その上で私が七人分以上働きますから」
俺はリン先生に言葉を返す。
「女性にそんな無理をさせるわけにはいきません。平等に五人分ずつ働きましょう」
リン先生は笑顔になる。
「優しい生徒を持って先生冥利に尽きますね」
そんな俺たちのやり取りを聞いていた十二貴族が会話に入ってくる。
「お前たち正気か? この魔力差を見れば、力の差が分かるだろ? 十人がかりで、しかも能力まで使ってようやく捕らえたこの化け物を、たった二人の子供がどうにかできるわけないだろ。アレスが言うように、お前らが降伏するなら殺しはしない。さっさと降伏しろ」
アレスの強さが身に染みて分かっているだろう十二貴族の言葉は軽くはない。
恐らくこの相手を操る能力は、条件が厳しいか何かで前回の戦い時には使えなかったのだろうが、他の十二貴族は能力も使っていたのだとすると、アレスの化け物さ加減はさらに増す。
それでも俺たちは引かない。
俺たちに心配の言葉をかける十二貴族に、リン先生は笑顔を返す。
「私たちの心配をしてくれるなんて優しいんですね。でも、心配無用です。貴方は、アレス様を突破した私たちに倒される心配をしていた方がいいですよ」
リン先生の言葉を聞いた十二貴族は、吐き捨てるように言う。
「馬鹿が……勝手にしろ」
策略でアレスを陥れた十二貴族たちだが、全員が心の底からのクズではないのだろうか。
少なくとも、子供である俺たちを殺すことに、良心の呵責を覚える程度には、人の心を持っている奴もいるようだ。
だからと言って許す道理はない。
犯罪者にだって理由はある。
だが、それを許していたら世界は犯罪で溢れる。
十二貴族側に理由があったとしても、陥れられた側はたまったものではない。
心配してくれた十二貴族の男には悪いが、容赦してやるつもりはない。
隙を見つけ次第、殺すつもりで攻撃する。
俺は改めてアレスを見る。
口では威勢のいい言葉を吐いたものの、その圧倒的存在を見ると、思わず足が竦みそうになる。
恐怖は人間の本能だ。
己の身を守るために必要な感情だ。
それを無理やり抑え込むのは、生物としては正しくないのかもしれない。
それでも無理やり恐怖を抑えようとする俺の手を、リン先生がそっと握る。
「大丈夫です。エディさんなら大丈夫です。それに私が付いていますから」
そう言って微笑むリン先生。
リン先生だって震えそうな程怖いはずなのに、俺を気遣ってくれている。
どうすればこんなにできた人間になれるのだろうか。
俺もこんな人になりたい。
リン先生のおかげで、俺は前を向ける。
今回の戦いはリン先生に助けてもらってばかりだ。
もしリン先生に助太刀を断られていたら、今この場にいられたかどうかも怪しい。
何も言わずに再度俺の前に立ち、背中を見せるリン先生。
俺も、この背中に守られてばかりはいられない。
「任せてください。必ずリン先生の期待に応えてみせます」
俺の言葉を聞いたリン先生の背中が、心なしか嬉しそうに見えた。
そんな俺たちの様子を黙って見ていたアレスが口を開く。
「君たちを殺したくはないが、残念ながら手加減もできない。死なないように頑張ってくれ」
心の底から申し訳なさそうに話すアレスに対し、俺は不敵な笑みを作る。
強がりにしか見えていないかもしれない。
ひきつっているかもしれない。
それでも俺は笑みを浮かべる。
「アレス様の方こそ。せっかく助けに来たのに、俺たちの攻撃で死んでしまっては意味がなくなってしまいますので」
たとえ虚勢でも、俺はそう言わなければならない。
そうでもしないと、自分に前を向かせられない。
「ふっ……」
俺の言葉にアレスが笑う。
「私にそんな言葉を吐いたのはダイン以来か。やはり師弟は似てくるのかな」
アレスがそう言うと、空間を支配する魔力がより一段と圧力を上げた。
「そろそろ始めろという圧力が後ろの彼からかかった。死ぬなよ」
そう言って剣に魔力を収束させるアレス。
そして、アレスを取り戻すための、アレスとの戦いが始まった。
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