第82話 奴隷の騎士③
私の質問に対し、少しだけ考えるそぶりを見せた後、エディは冷静なそぶりで答える。
「俺はレナ様の騎士だ。レナ様は魔族を憎んでる。俺が魔族なんかを好きなわけがないだろ」
エディの答えに私は首を横に振る。
「エディ。私の目を見て答えてほしい。もしかしたらエディが言う通り、相手はその魔族ではないのかもしれない。でも、心の中に誰かがいるのは確かではないか? そしてその相手はレナ様ではない」
私でもない、とは言わない。
……悲しいが、言うまでもない。
エディは逸らし気味だった目を私に向ける。
「だったらどうだっていうんだ? 明日から作戦っていう大事な時に、こんな話している場合じゃないだろ?」
いつもはどんな質問にもまっすぐ答えてくれるエディが話を逸らそうとしていた。
魔族カレンの話は、恐らくエディにとってタブー。
それでも私は確認しておかなければならなかった。
「明日死ぬかもしれないからこそ確認しておきたい。魔族はレナ様だけではなく、私にとっても親の仇だ」
私の言葉に衝撃を受けたのか、一瞬固まるエディ。
「……ローザも魔族のことが憎いか?」
私は頷く。
「その通りだ。ただ、レナ様と違い、魔族全てが必ずしも悪いやつばかりではないというのは理解できる。理解はできるが、仲良くなれるかというと別だ」
エディは下を向く。
大好きなエディに嫌な思いをさせるのは本意ではない。
ただ、魔族の問題を解決せずに、先へは進めない。
エディの心の中に、その魔族が残っている限り、エディは誰とも結ばれることはないだろう。
そんな私の気持ちなど知らないエディは、私にとっては辛い質問をする。
「もし、アレス様を助け出した後、一緒にカレンを探してほしいと言ったら、嫌か?」
私は首を横に振る。
そこまでエディに思われている魔族。
会ったことすらないその魔族に、私は激しく嫉妬する。
嫉妬するが、私は心とは裏腹の答えを返す。
「嫌かどうかは問題ではない。エディの命令には、なんでも従う。私はエディの奴隷であり、剣だからな」
私の言葉に複雑な表情を浮かべるエディ。
言葉に嘘はない。
憎い魔族だろうと。
妬ましい恋敵だろうと。
私はエディのためなら、血の涙を流してでもその魔族を見つけ出すだろう。
私はここで深呼吸をする。
エディの気持ちは、間接的ではあるが確認できた。
次は私の番だ。
「ただ、一つだけ提案がある」
私は逃げそうになる心を踏みとどまらせ、口を開く。
……人生をかけた言葉を紡ぐために。
「その魔族の代わりに、私がずっと一緒にいるというのではダメか?」
エディは私の言葉に目を見開く。
生まれて初めての告白。
心臓が自分のものでないかのように、速い鼓動を刻む。
「エディのためなら、私はなんだってする。女らしくなれと言うのなら、そうなれるよう心がける。だから……私ではダメか?」
ーードッドッドッドッーー
私の慎ましい胸を揺らし、心臓が鳴り続ける。
私の言葉を聞いたエディは、少し考え込んでいるようだ。
ほんの数瞬にも関わらず、ものすごく長く感じる時間。
胸の鼓動が止められない。
答えが決まったのか、エディは顔を上げ、私の目を見る。
ーーいよいよ答えが出る。
私は唾を飲み込み、答えを待つ。
エディの答えは……
「すまない」
私の僅かな希望を切り裂く、無残な一言。
剣聖や刀神の斬撃より鋭い言葉。
エディの言葉に私の視界が真っ暗になる。
答えは分かっていたはずなのに。
私なんかに女性としての興味なんて持ってくれないのは分かっていたはずなのに。
それでも初めて恋した男性に振られるというのは、人生全てに絶望しそうになるほどに辛い。
こんなに辛いのは、両親を魔族に殺された時以来だ。
そんな私に、エディは次の言葉を投げかける。
「ローザにまで気を遣わせてしまって……」
「えっ?」
エディの予想外の言葉に、思わず声を出してしまう。
「ローザが俺のために自分を犠牲にして言ってくれているのは分かっている。好きでもない男とずっと一緒にいるなんて、生半可な覚悟では言えないはずなのに」
違う!
私は本当にエディのことが好きで一緒にいたい!
私の心の叫びは、言葉に出ない。
一呼吸置いて、落ち着いてから言葉を続けようとする私を尻目に、エディは寂しそうに笑う。
「ローザの思いやりの言葉は嬉しい。でも、虚しくなるから、今後はやめてほしい」
「その、違……」
否定しようとする言葉が出てこない。
言葉を忘れてしまったかのように、口から音が出ない。
それでも無理に否定しようとすると、額が割れるように痛くなる。
ーーまさか……
エディの「今後はやめてほしい」と言う言葉を、私を縛る奴隷契約魔法が命令と判断してしまったのでは……
私は言葉を続けようとする。
私はエディのことが好き。
この世の何より好き。
しかし、言葉は出てこない。
「わ……」
私はエディのことが好き。
「こ……」
この世の何より好き。
しかし、その言葉は出てこない。
そんな私を見ていたエディは、さらに寂しそうな顔をする。
「この話はやめにしよう。明日は決戦だ。今後のことはそのあと考えよう」
エディはそう言って、話を切り上げようとした。
待って!
その言葉も出てこない。
「明日はお互い頑張ろう。……また無事で会えるように」
エディは笑顔を作ってそう言うと、私に背を向けて歩いて行ってしまった。
……私の告白は失敗した。
振られることすらすらなく。
思いすら伝えることができずに。
私の頬を透明な液体が流れる。
絶望の涙が流れる。
今回失敗しただけならまだいい。
振られるのは想定の範囲内だ。
生きていればまたどこかでチャンスはある。
今はなんとも思ってくれていなくても、これから私にも興味を持ってもらえる可能性はある。
でも、私はエディの命令により、告白すらできなくなってしまった。
エディに好きだと。
エディに愛していると。
言えなくなってしまった。
私はもう、気持ちを伝えることができない。
そんな私に、エディが振り向いてくれることなどあるのだろうか。
地面に膝をつき、しばらく俯いていると、誰かの気配を感じた。
その誰かは、私の傍に立つと、そっと肩に手を置いた。
「……聞いてたのか?」
私は顔を上げ、肩に手を置いている人物、ヒナへそう問いかける。
私の問いかけに対し、ヒナは頷く。
「盗み聞きするつもりはなかったのですが、耳に入ってしまったので……」
ヒナはそう言うと、その長い耳をさする。
「人付き合いの経験が少ない私は、こんな時どんな言葉をかければいいのか分かりませんが、お気の毒です」
私は、そんなヒナに対し、己を笑いながら言葉を返す。
「笑いたかったら笑えばいい。私はもう、告白の機会すら失ってしまった」
私の言葉を聞いたヒナは首を横に振る。
「笑いません。……私も似たような状況ですから」
ヒナにそう言われて、私はレナ様の言葉を思い出す。
ヒナもまた、エディと男女の関係になれないようにされている。
確かに状況は似ているのかもしれない。
「君もエディのことが好きなのか?」
私はストレートにヒナへ問いかける。
「私はエディ様の奴隷です。そんな恐れ多い気持ちを抱くなんてことできません」
ヒナの言葉に、私はムッとする。
「嘘をつくな。私も恋愛には疎いが、君のエディを見る目が、主人を見る目ではなく、好意を抱いた異性を見る目だということは分かる」
私の言葉にヒナもムッとしたようだ。
「貴女に何が分かるんですか? 私はエディ様に邪な気持ちなど抱いていません。ただエディ様の役に立とうと……」
ヒナの言葉に、私は肩をすくめる。
「エディの役に立ちたいなら、こんなところで盗み聞きなどせずに、明日に備えてさっさと寝ることだな」
私はそれだけ言い残して、その場を去ろうとする。
「自分の気持ちをスッキリさせるために、決戦前のエディ様の大事な時間を奪った貴女には言われたくないです」
私は立ち止まり、ヒナを睨みつける。
「自分を誤魔化して、偽りの忠誠に自己満足している奴がよく言うな」
私の言葉を聞いたヒナの身に纏う空気が変わる。
「偽りなんかじゃない。今すぐ取り消せ」
草食獣の獣人とは思えない、獰猛な獣の気配。
ヒナから感じられるのは、そんな気配だった。
並の相手なら、それだけでも怯んでしまいそうな程だったが、残念ながら私は並ではない。
「取り消さない。君のエディへの忠誠は偽りだ。恋愛感情を誤魔化しているだけだ」
今にも飛びかかってきそうなヒナに、私はそう告げる。
「私はエディ様に全てを捧げる覚悟がある。この気持ちは偽りなんかじゃない」
いつもの大人しいヒナではなく、闘志をむき出しにしたその姿は、敵意を向けられているにも関わらず、見ていて嫌ではなかった。
「その気持ちが嘘だと言っているわけではない。ただ、君の気持ちはそれだけじゃないだろ? エディに触れたい。エディと抱き合いたい。そんな気持ちが含まれているのではないか?」
真っ直ぐ見つめる私の目から逃れるように、ヒナの視線が泳ぐ。
「私はそんなんじゃない。エディ様とは、恋愛とかじゃなくて、エディ様は命の恩人で、生きる意味で……」
はっきりとしないヒナの肩を、私はしっかり掴む。
「君のことはよく知らない。でも、明日で死ぬかもしれないんだ。二度とエディと会えなくなるかもしれないんだ。自分の気持ちははっきりさせておけ。私は失敗したが……君ならあるいは、と言うこともあるかもしれない」
顔を上げ、私の目を見るヒナの目は弱々しかった。
「なぜ貴女は、私のためにそんなことを言ってくださるのですか?」
なぜか。
出会って一ヶ月の、恋敵になるかもしれない相手の背中を押す。
確かに相手からすれば不思議かもしれない。
「共に戦場に赴く仲間には、後悔のない状態で戦いに臨んでほしいからだ。そして、恋愛という戦いでも、相手とは正々堂々と戦いたいからだ」
私の言葉に、ヒナは笑う。
「ローザさんは根っからの戦士なのですね」
私も返すように笑う。
「ああ。そんな生き方しかできないからな」
しばらく笑った後、ヒナは肩を落とす。
「私は恋愛というもこのが分かりません。エディ様のことは何よりも誰よりも大事です。でも、正直なところ、この気持ちが恋愛感情なのか、恩を感じているからなのか分かりません。ただ、エディ様に触れたい、抱きしめられたいという気持ちがないといえば嘘になります」
ヒナの言葉に私は笑みを作る。
「なるほどな。今はそれでいいんじゃないか。私も今回が初恋だ。恋愛のことはからっきしで、偉そうなことは言えない」
ヒナは意外そうな顔をした後、笑みを浮かべる。
「そんな中でご意見いただき、ありがとうございます。でも、もし今の私の気持ちが恋愛感情なら、たとえ貴女でも、エディ様を渡すつもりはございません」
微笑みの中にも好戦的な光を帯びた目に、私は好感を覚える。
「もちろん受けて立つ。どれだけ不利で、可能性が薄くとも、私は諦めるつもりはない。今は乏しい己の魅力を磨き、正々堂々とエディを振り向かせて見せる」
私の言葉を聞いたヒナは、瞳から好戦的な色を消し、少し寂しそうに笑う。
「人間が皆貴方みたいな方なら良かったんですけどね……」
小さく呟いたその言葉。
私はレナ様のことを思い浮かべ、それを振り払うために慌てて首を横に振る。
「何にせよ、明日生き延びなければ始まらない。一ヶ月間、訓練は共にしたが、三人での実戦は初めてだ。しかも、戦力的には圧倒的不利。君の跳躍による戦線からの離脱がキーになる。明日はよろしく頼むぞ」
ヒナは力強く頷く。
「貴女は必ず無事に連れ帰ります。それがエディ様の命でもありますし……もしエディ様を振り向かせる際には、正々堂々と貴女に勝って振り向かせたいですから」
私はヒナの言葉に笑顔で答える。
ヒナの「貴女は」という言葉に気付かなかったフリをして答える。
「恋愛素人同士、君には負けないぞ」
ヒナも笑顔で答える。
「望むところです」
ヒナは獣人ではあるが、一ヶ月共に過ごし、今腹を割って話せたことで、分かり合えた気がする。
親を殺した魔族はともかく、獣人に対しては偏見はない。
種族は違うか、ヒナは背中を任せるに足る相手だ。
たまたまではあるが、これで明日に向けての不安要素はなくなった。
そう思おうとして、レナ様のことが少しだけ頭をよぎったが、私は首を横に振った。
レナ様は腐っても最強の人間であるアレス様の娘だ。
恋愛と戦闘の境界線を曖昧にするような真似はしないはず。
そう自分に言い聞かせ、私は明日に向けて早めに寝ることにした。
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