第48話 反逆者の娘の奴隷⑥

 「まずはこれからの方針を合意したい」


 俺は、レナ、ローザ、ヒナの三人に向かってそう告げた。


「それは賛成だけど、何か案はあるの? 少なくともさっきまで貴方は何も思いついていないみたいだったけど」


 レナの問いに、俺は頷く。


「確かに、どうすれば救出できるかの案はまだない。だが、まず何をすべきかの案はある」


「あるならまずは聞かせてほしい」


 俺の奴隷になったばかりのローザが身を乗り出すように言ってくる。


「まずは戦力の底上げ。今の戦力では敵と遭遇した時に戦えない」


 俺の言葉にレナがため息をつく。


「そんなこと分かってるわ。でも、さっきローザが話してくれた通り、味方になりそうな人はここのメンバー以外いない。分が悪いのは百も承知の上で、今の戦力で挑むしかないわ」


 俺は首を横に振る。


「確かに人数は増えないだろう。だったら個々のレベルを上げるまでだ」


 レナはさらに深いため息をつく。


「あのね。お父様が殺されるまで一ヶ月しかないの。その間に強くなるのなんて限界があるわ」


 俺はネガティブな発言をするレナを、睨みつけるように見る。


「な、何よ……」


 俺の視線に、レナは少しだけ怯む。


「初めから自分に限界を設けているやつに成長はない。蚤は、自分が飛べる高さより低い蓋をして閉じ込めると、蓋をとっても蓋の高さまでしか跳べなくなる。人間も一緒だ。限界という蓋をすると、それ以上には飛べなくなる」


 俺は、レナだけでなく、ローザとヒナにも視線を送る。


「俺は一ヶ月半前まで、魔力すら使えない、ただの奴隷の子供だった。それが今では、二つ名持ちの騎士であるローザと、それなりに戦えるまでになった。みんなも一ヶ月あれば、まだまだ強くなれると思っている。みんなはもう、自分たちの力は限界だと思っているか?」


 俺の言葉に、まず真っ先にヒナが返事する。


「いいえ、エディ様。私もまだ魔力を使えるようにしていただいたばかり。エディ様までとは行かずとも、まだまだ成長できるのではないかと思っています」


 俺はそんなヒナの言葉に頷きつつも、クギを刺す。


「ありがとう。ただ、さっきも言った通り、自分の実力に蓋をしないでくれ。俺の強さが限界ではない。俺を超えるくらいのつもりでいてほしい」


 ヒナは申し訳なさそうに頭を下げる。


「失礼いたしました、エディ様。僭越ながら、エディ様を守れるくらい強くなる、それくらいの気持ちで頑張ります」


 ヒナの決意に俺は頷く。


「私もまだ十五だ。足りないところはいくらでもある。ただ、疑うわけではないが、短期間で劇的に強くなるものだろうか? 私も自分なりに限界まで鍛えてきたつもりだ」


 童顔なだけでかなり年上だと思っていたローザが、まだ十五歳だということは衝撃だったが、そこは本題ではない。


「なる。ただ、どうやって鍛えるかは俺に任せてもらうことになるがいいか?」


 俺はローザに尋ねる。


「もちろんだ。私はエディの奴隷であり、エディの剣だ。エディの望むがままに鍛えてもらいたい」


 俺は頷く。


「レナは?」


 最後に、黙り込んでいるレナへ尋ねる。

 レナは、答えに困っているようで返事がこない。


「奴隷なんかに教わるのは嫌か? それなら無理強いはしないが……」


 この期に及んで身分なんかを気にしているやつに、はっきり言って用はない。

 本来なら見捨てたいところだが、今のままでも使えなくはない。

 使い所は限られるが、それならそれでうまく使うしかない。


 そんなことを考えている俺の気持ちを知ってか知らずか、レナは首を横に振る。


「そうじゃない。私もこれまで、自分なりに頑張ってきたつもりだわ。自惚れてるわけじゃないけど、血筋という点でも、これ以上ないほど恵まれていると思う。それでもほんの短期間しか鍛えていないエディには敵わない。ダインにも私は弟子として認めてもらえなかった。せっかく鍛えてもらっても、私には才能がないんじゃないかしら……」


 レナは自信なさげな目で俺の目を見る。

 これまで同年代には、ライバルと言える存在すらいなかった十二歳の天才少女が、プライドをへし折られたのだ。

 ……他ならぬ俺の手で。

 弱気になっても仕方ないか。


「レナには才能がある。きっと俺以上に」


 俺の言葉を聞いたレナは激昂する。


「馬鹿にしないで!」


 大声を発し、俺を睨みつける。


「剣も! 魔法も! 魔力の量も! 全部あなたの方が優れてるじゃない……」


 レナはそれだけ言うと、目に涙を浮かべて黙ってしまった。

 怒りと悔しさが同居した表情をしたレナには、いくらいずれ殺す相手とはいえ、同情を感じなくもない。

 だが、何も俺は、レナを怒らせ、泣かせるためにさっきの言葉を発したわけではない。


 そして俺は、嘘を言ったつもりもない。


 俺のは才能じゃない。

 女神のような格好をした、悪魔のような女の補正によるズルだ。

 その補正がどれほどのものか分からないが、補正抜きで、王国一の才能を超えるほどの才能を、俺が持っているとは思えない。


「今はそうかもしれない。だが、それは鍛え方が違うだけだ」


 俺の言葉に、レナは再度激昂する。


「何も分かってないくせに! 私だって頑張ってるわ! 同じ年代の他の子達が、遊びに、お洒落に、恋にと騒いでいる時に、ずっと自分を鍛えて来た。自分にできる限界まで頑張ってきた。これからも頑張るし、まだ成長できるとは思ってる。……でも、あなたには敵わない」


 レナの言葉に俺は頭をかく。


「言葉が悪かったな。俺とレナとは、鍛える方法が違うだけだ。鍛え方が足りないと、批判したわけじゃない」


 レナは俺の言葉に対し。まだ納得がいかないようだ。

 反論を続けてくる。


「私はこれまで、王国でも最高と言っていいほどの環境で鍛えてきた。剣も魔法も、お父様選りすぐりの、王国トップレベルの教師たちの元で学んできたわ。その人達の教えが間違っていて、あなたの教えの方が正しいとでも言うの?」


 そういうことなら、レナが言うことはもっともではある。

 俺の方が教師として優れているわけがない。

 

「そこまで俺は自惚れてはいない。だから言っているだろ。方法が違うと」


 俺の言葉にレナは首を傾げる。


「言っている意味が分からないわ」


 仕方なく俺は、噛み砕いて説明する。


「まず、これまでのレナの教師は、貴族の子女を教育することにかけては、トップレベルの人たちだったんだと思う」


 レナはますます分からないといった顔をする。


「貴族の子女を教育するのに最も大事なのは、壊さないようにすること。心も、体もだ。だから、限界のだいぶ手前の負荷までしか与えない」


 話を横で聞いていたローザが納得したような顔で頷く。


「確かに」


 レナはまだ分からないといった顔で質問する。


「どういうこと? なぜ限界まで鍛えないの?」


「貴族の子女は、ゆくゆくは貴族の当主となる。強さというのは二の次で、無事育ってもらうのが最優先だ。そんな大事な子供に、無理をさせるわけがない。たとえ本人が望んでも親が許さない」


 負荷の低い訓練を行っても、無駄とは言わないが、効率が悪いのは間違いない。

 俺の言葉に、レナは愕然とした表情を見せる。


「それじゃあ、私のこの十二年間は無駄だったってこと……?」


 レナはレナなりに頑張ってきたのだろう。

 今にも泣き出しそうな顔で俺を見る。


「そんなことはない。これまで何の故障もせずに鍛え上げてきたんだ。そこはこれまでの指導者に感謝だ。限界に近い訓練を長期間行えば、ほぼ間違いなく何処かが壊れる。恐らくそこのローザは、運良く壊れなかっただけだろう」


 突然話を振られたにも関わらず、落ち着いた様子でローザは頷く。


「私と同じメニューで訓練を行ったものは、何人もいたが、そのほとんどは心が折れるか、魔法でも治らない後遺症を負った。だから私も、たまに貴族の子供への剣の指導を頼まれることがあっても、絶対に限界までは鍛えない」


 ローザの言葉を聞いて、自分なりに納得したのか、レナは俺に質問する。


「……それで、私はどうすればいいの?」


 ようやくレナが前向きになったようだ。

 事前の説明が長くなったが、必要なプロセスだったと割り切ることにする。

 人に何かをしてもらうには、まず納得して腹落ちさせることが大事だ。

 押し付けられると反発するのが人間だからだ。

 俺でさえそうだったから、プライドの高いレナなら、間違いなく反発するだろう。


「限界ギリギリまで鍛えさせてもらう。当然、どこかが壊れるリスクがあるが、それでもやるか?」


 俺の問いかけに対し、レナは即答する。


「もちろんよ」


 俺は頷く。


「レナにやってもらうことは三人の中で一番多い。まずは魔力回路の拡大。続いて拷問による魔力の増強。そして魔法と剣の連携の強化。最後に最上級魔法を覚えてもらう」


 俺の言葉にレナは頷く。


「分かった。任せるわ」


 素直に従うレナを、俺は意外に思う。

 俺が言っているのはかなりの無理難題だ。

 レナなら間違いなく、反発すると思っていた。


「……文句は言わないのか?」


 つい俺は、しなくてもいい質問をしてしまう。

 俺の問いかけにレナは首を傾げた。


「なぜ? せっかく強くなれるのに、文句を言う必要なんてないじゃない」


 俺はさらに尋ねる。


「口で言うほど簡単な訓練じゃないぞ? 拷問なんて、下手したら死ぬかもしれない」


 俺の言葉にレナは笑みを浮かべる。


「もしかして心配してくれてるの? お父様を救うと決めた時から、死は覚悟しているわ。怖いのは、死ぬことより、役に立てないこと。実力が足りなくて、あなたたちに置いていかれたり、あなたたちの足を引っ張ったりすること。だから、どんなに辛くても、どんなに危険でも、私はそれを受け入れるわ」


 レナの覚悟に、俺は感服する。


 ……そのうち殺す相手じゃなければ。

 母さんを殺し、カレンを殺そうとした相手じゃなければ。

 小学生か中一くらいの年齢で、ここまでの覚悟を決める少女を、尊敬していただろう。


「分かった。これ以上は言わない。一緒に頑張ろう」


 俺はレナへそう告げると、ローザの方を向く。


「ローザには先に聞きたいことがある」


「何だ? 何でも言ってくれ」


 俺は頷き、ローザの目を見る。


「さっきの戦い、本気じゃなかっただろ?」


 ローザは意表を突かれたかのように、目を見開く。

 俺が視線を逸らさずにローザを見ていると、観念したかのように口を開く。


「……手を抜いたわけじゃない。本気の突きは、私の実力ではまだ制御しきれない。魔力の爆発を用いるあの攻撃『閃光』は、非常に繊細な魔力の運用が必要だ。魔力の量を増やすと、そのぶん制御が甘くなる。エディを殺していた可能性がある。全力の魔力での制御は、まだ体が覚えていない」


 俺は一旦頷き、そしてローザの目を見る。


「それだけじゃないだろ? さっきの戦いでローザは魔法を使わなかった。魔法を使えば、もっと戦いの幅が広がったんじゃないか?」


 俺の質問にローザは首を横に振る。


「使わなかったのではない。使えないのだ。剣の修行ばかりに明け暮れていた為、魔法については全く学んでいない」


 俺は内心驚愕しながら頷く。

 魔法を使えば、戦いの幅は格段に広がる。

 この少女は、その魔法なしに王国のほぼトップクラスに位置する騎士まで上り詰めたのだ。

 並大抵のことではない。


「ローザについては、全力での『閃光』を制御できるようにすることと、初級でも構わないから魔法を覚えることを目標にする」


「それができれば確かに強くなれるだろうが、本当にできるようになるのか?」


 自信がなさそうなローザに、俺は断言する。


「できるようになる。俺を信じろ」


 俺の言葉に、ローザはビシッと直立すると、右手の握りこぶしを胸に当てて答える。


「信じます、我が主人」


 もちろん俺も百パーセントの自信があるわけではない。

 だが、俺ができると信じなければ、ローザにも信じてもらうことはできない。

 だから俺は信じる。

 誰よりも努力してきたローザならできると。


「最後にヒナ」


 俺はそう言ってヒナを見る。


「はい」


 静かに俺の言葉を待っていたヒナは、落ち着いて返事をする。


「ヒナにもかなりの無理をお願いする。まず、ヒナだけは三週間で仕上げてもらいたい。強い脚力を活かした戦闘方法を考えよう。そして、最後の一週間は、俺と一緒に、アレス様が囚われている王都の偵察へ同行してもらう」


 俺の言葉に、ヒナは頷く。


「承知いたしました」


 その返事は、なぜか心なしか嬉しそうだった。


「何か嬉しかったか?」


 俺がそう尋ねると、ヒナは、普段真っ白な顔を真っ赤にする。


「な、何でもございません」


 何でもないことはなさそうだったが、ヒナが言いたくないことなら、無理に言わせる必要もない。


「それならいい」


 ヒナはホッとした様子で胸をなでおろしていた。

 なぜホッとするのか分からなかったが、その質問に割いている時間がもったいないから、流すことにする。


 俺は改めて三人を見た。

 皆それぞれがいい顔をしている。

 これから俺たちが挑もうとしているのは、非常に困難なことだ。

 成功の見込みはほぼゼロだと言ってもいいだろう。


 それでも俺は悲観していない。

 それぞれの成長次第では、いくらでもやりようはあるはずだ。


 仲間がいることがこれ程心強いとは。


 一国を相手に反撃の狼煙を上げる。

 たったの四人で。

 でも、きっとやれる。


 俺は自分自身に強くそう言い聞かせ、メンバーそれぞれのカリキュラム案を話すことにした。

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