第99話 馬鹿みたいに


「弱みかどうかはわかりませんが、エレナさんが言っていたことがあります」

「何だ?」


 「弱み」という単語を聞いて、思い出したことがある。


 ――僕は『目的』のために、君を攻撃できた。君は優先したものが友達だったのかもしれないけど、僕は『目的』が優先だった。


 エレナさんは俺にそう言った。


 今でもよくわからないが、ユリーナさんと同じようにエレナさんを信じるのならば。


「その『目的』というのが、エレナさんにとっては弱みなのか、それとも違う何かなのか。少なくとも、俺たちやこの国を裏切るほどの何かだということです」

「『目的』か……その内容はエレナさんは言ってなかったのか?」

「言ってなかったです」

「そうか……」


 確かなのはエレナさんにとって、『目的』というのが一番優先すべきものだということ。


「それがわかればよかったのだが、まあいい。直接聞けばいいだけだ」

「……どうするんですか? エレナさんがどこにいるかもわからないのに」


 魔族だということはわかっているので魔族の国にいるだろうが、何十個もある魔族の国からエレナさんを見つけ出すのはとても難しいだろう。


 襲撃をしてきた国、リンドウ帝国にいる可能性は高い。

 しかし、エレナさんは本来は俺が殺したフェリクスに情報を渡していたと言っていた。


 情報を売っていた国に帰属意識があるわけではないみたいだった。

 だからリンドウ帝国が母国ということではないだろう。


「探し出すさ、絶対に。たとえ――ベゴニア王国騎士団を退団してでも」

「っ! 本気、ですか?」

「ああ、本気だ」


 ユリーナさんの揺るぎない決意。

 さっきも感じたが、ここまでだとは思わなかった。


 ユリーナさんは子供の頃から剣を振ってきて、普通の人より数段も強くなった。

 それはこの国の騎士団に入るためだと彼女から聞いた。


 親から強要されて剣を振ってきたというのもあったらしいが、それでも強くなるために努力してきた。


 そして騎士団見習いになって、イェレ団長の話を聞いて本気で騎士団に入ろうと決意した。


 そのために血反吐を吐くような訓練をしてきたはずだ。


 だけど今、その騎士団をエレナさんのために抜けようとしている。


 俺も……覚悟を決めないとな。


「俺も、退団します」


 その言葉に今度はユリーナさんが目を見開いた。


「私に合わせるというのなら、やめた方がいいぞ」

「違いますよ。俺も、決めたんです。馬鹿になるって」


 先程の言葉を借りてそう言うと、彼女は口角を緩めて笑った。


「そうか、お互いに馬鹿だな」

「本当ですね」


 俺たちはそう言って、互いに顔を見合わせて笑った。



 俺の決意は、昔から……生まれた瞬間から決まっている。


 ――全てを救う。


 前世で救えなかったもの、その全てを救う。

 そう決意し、赤ちゃんの頃から訓練をし続けた。


 そして前世では救えなかった両親、アウリン村、そしてティナ。

 それらを救うことができた。


 それからは前世とは全く違う人生を歩んでいる。

 このベゴニア騎士団に入ったのも予想外だし、まさか親友のクリストが王子だったなんて思いもしなかった。


 俺の中での「全て」というのは、前世で出会った人達だった。


 両親、ティナ、村のみんな、クリスト、イレーネ。


 それらを救うというのが生まれた瞬間からの決意だった。


 そして村での一件、あのフェリクスという男を殺して、ほとんどが終わった。

 あいつのせいで村が滅んで、両親とティナが死んだ。


 それをきっかけにクリストのいる国、つまりこのベゴニア王国が滅んで俺と出会い、そして親友となった。

 クリストに戦い方を教えてもらい、多少強くなったがまた俺は守れなかった。


 親友を失った俺が出会ったのが、イレーネだった。

 イレーネもフェリクスが原因で国を逃げ出してきて、俺と出会った。

 そして俺たちは恋仲になり、もう今度は失わないと誓った。


 だが力及ばず、また失ってしまった。

 そして俺は自害し、なぜか戻って人生をやり直している。


 この人生ではもう失わない。

 そう決めたんだ。


 だから前世ではなかった新たな繋がり、エレナさん。


 あなたが『目的』という名の何かを抱えているのなら。


 ――俺は絶対に救う。


 もしかしたら抱えてないのかもしれない。

 だが俺は、馬鹿になると決めたんだ。


 部屋で一緒に過ごしたときに見せた、あの楽しそうな笑顔を信じる。


 俺と別れるときに見せた、あの悲しい顔を信じる。


 馬鹿みたいに信じて、あなたを救うんだ。



 俺はこの人生を、傲慢に生きると誓ったのだから。


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