第92話 じゃあね


 目の前でエリックが意識を失うのを確認し、僕は立ち上がった。


 奥にはティナちゃんが寝ている。


 多分、僕がさっき起こした爆発で気絶しちゃったんだろうな。


 魔法を氷の壁の辺りで撃っていたから、爆発の影響をより受けやすい位置にいたんだと思う。


 僕はエリックを通り過ぎてティナちゃんに近づく。

 エリックはさっきみたいに剣を振ってくることはなく、本当に気絶をしてるみたいだ。


「ティナちゃんも、想定外の一人だったなぁ」


 あんな氷の壁を一人で作れるなんて聞いてないよ。

 魔法に関しては天才、って聞いてたけど、あれほどだったなんてね。


 ティナちゃんも、エリックが連れてきた。

 エリックが魔法を教えたと言っていた。


 やっぱり、エリックが想定外過ぎたんだ。


 だけど、もうこれで邪魔者はいない。


 ティナちゃんの隣にしゃがむ。

 そして、肩を短剣で浅く斬る。


 気絶しているといっても、いつ目が覚めるかわからないからね。

 これで半日は目覚めることはない。


 さて、僕の仕事はようやく終わりだ。


 本当は情報をリンドウ帝国に渡して終わりだったのに。

 リンドウ帝国が弱すぎて、僕が動くことになってしまった。


「ここにいたのも三年か……」


 言葉にすると結構長く感じるけど、体感的にはそこまで長くは感じなかった。


 苦痛なことは長く感じて、楽しいことは短く感じるって聞いたことがあるけど。


 ――やっぱり楽しかったのかな。


 訓練期間もそこまで苦じゃなかった。


 誰も、僕の正体を知らないから仲良くしてくれた。

 ユリーナもこんな僕を慕ってくれていた。


 気絶して地面に倒れているエリックを見る。


 この一ヶ月、毎朝起きたらエリックが隣でこんな風に寝ていた。

 その顔は穏やかで、毎朝それを見るのがなんだか習慣になっていた。


 ここ数日は一緒の部屋で寝れてなかったから、見れてないなぁ。

 また見たいけど……もう、見れない。


 一緒になって、朝食を食べることもできない。

 一緒に訓練もできない。仕事もできない。


 夜に部屋に戻ってその日感じたことや、疲れたことなどを愚痴り合うこともできない。


 一緒に、もう笑い合うことも……。


「……あれ?」


 頰に何か伝っていると感じてそれを拭うと、涙だった。


 いつの間にか、泣いていたようだ。


 僕なんかが、泣く資格なんてないというのに。

 何を、悲しんでいるのか。


 だめだ、ここにいたら色々と思い出してしまう。


 外ではまだ戦いの音が響いている。

 まだベゴニア王国とリンドウ帝国の兵士達は戦い合っている。


 僕はベゴニア王国の兵士の上着を脱いで、エリックを覆うように投げ捨てる。

 ベゴニア王国での思い出を、ここに置いていくために。


「じゃあね、エリック」


 そして僕は、二人が寝ている家を出た。



 家を出ると、兵士達がいまだに裏門前で戦っている。

 まだリンドウ帝国はこのボロボロな戦線を突破できずにいるみたいだ。


「死ねぇぇ!」


 家から出て周りの状況を確認していると、誰かが横から剣で攻撃してきた。


 咄嗟に避け、避けると同時に短剣を相手の腹へ斬り払う。

 深手ではないが、確実に斬った。


 斬ってから気づいたけど、相手はリンドウ帝国の兵士だった。


「あ? なんだお前、どっちだ?」


 僕がベゴニア王国の服も、リンドウ帝国の服も着ていないから判断できてないようだ。

 それでよく攻撃してきたね、馬鹿すぎるでしょ。


「どっちでもないよ」

「はぁ? どういう……っ!?」


 そいつは身体の異変に気づいたのか、膝から崩れ落ちるように倒れ伏した。


「な、にが……!」

「別に知らなくてもいいでしょ、どうせ死ぬんだし」


 倒れたそいつに近づく。

 目の前で倒れている奴は、どうでもいい奴だ。

 別に殺さなくてもいいし、殺してもいい。


 僕が直接殺さなくても、こんなところで寝転がっていたら勝手に死ぬと思う。


 だけど……。


「殺そっかな」

「や、やめ……!」


 そいつは無駄に毒に抵抗力でもあるのか、まだ気絶しない。


 どうでもいいけど、僕の本分を思い出すために。


 倒れているそいつの首に、短剣を突き刺す。

 そしてそのまま首を引き裂く。


「がっ――」


 そんな声が口からか、それとも短剣で引き裂いたところからか漏れたのが聞こえた。


 誰かも知らない相手なら、こんな簡単に殺せるんだけどなぁ。


 好きこのんで人は殺さないけど、任務のためだったら殺す。

 これは、僕の任務を思い出すために必要な殺しだ。


 これで僕は、ベゴニア王国での兵士の日常から離れることができる。


「ありがと、名前も知らない人」


 おそらく即死ではないから、その人には僕の声が聞こえたと思う。

 だけど僕が何を言っているのかわからずに、そのまま死んでいくだろう。


 その場から離れる。

 今度は、誰にも見つからないように気配を殺して。


 今の戦場を確認したところ、僕がどうこうできるほどのことはもうない。

 どっちが勝っても負けても、僕にはどうでもいい。


 暗殺屋の本分を思い出して、僕はこの国から去る。


 それが僕の、任務なのだから。

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