第73話 表裏


 あたしは親のことは全く知らない。


 物心がついた時にはすでに地下街でゴミを漁って生きていた。


 王都は表は綺麗な街だけど、裏はまるで違う街じゃないかと疑うほど汚い。

 どんな国や街でも綺麗な表があれば、汚い裏がある。


 あたしはその裏を見て生まれ育った。

 だから、あたしは王都が、この国が嫌いだった。


 地下街にはいろんな人がいた。

 表側の街から何か失敗したのかわからないけど、転がり落ちるように来た人。

 どこか怪我をして、仕事とかが出来なくなって来てしまった人。


 あたしのように、親に捨てられたのかわからないけど、気づいたら地下街にいた人。


 皆揃って、目に光は灯ってなかった。

 地下街に来る前はついていたのかもしれない、だけど地下街では光は見えない。


 そこは何もなく、一日一日を生きていくので精一杯なところだった。


 あたしはそこでもまだマシな方だった。


 生まれも育ちも地下街の、あたしと同じ境遇の友達が何人かいた。


 その子達と協力して生きていくことができていた。


 だけど、その生活はすぐに途切れることになる。


 その子達が、どんどんと死んだり消えていく。

 死ぬ理由は様々。

 食べ物を持っているから、他の人にそれを奪い殺された。

 笑ってるから、イラついてる人にウザいから殺された。


 あたしも友達も皆、力がない子供だった。

 地下街にいる腹を空かして力が出ない大人に、殺されるような子供だった。


 消えていく子に至っては、死ぬよりも悪い理由だと思う。

 地下街にいて容姿が良い子供とかは、人攫いにあって奴隷として売られる。

 消えた子達はほとんどその人攫いに攫われたのだろう。

 まだ死んでないのかもしれないけど、奴隷は死んだほうがマシだという生活を送ることがほとんどらしい。


 あたしも人攫いに狙われたけど、命からがら逃げ出した。

 だけど逃げ出した時にはもう体力とかは残ってなくて、地下街で倒れた。


 地下街にいる人は、倒れている人を助けることはまずない。

 人のことを気にする余裕なんてないから。

 あたしだって倒れている人を助けないで、自分のことを考えてきたからこそ生きてこれた。


 だから、倒れた時はもう死ぬって覚悟した。


「ガキ、生きてるか? 生きてるなら顔上げろ」


 真上から声が聞こえたから、あたしに話しかけられているとわかった時、びっくりしてすぐに顔を上げた。

 まさか誰から声をかけられるなんて思ってもなかった。


 顔を上げたその先には、目が鋭い悪人ヅラの男の人がいた。


 さっきの人攫いがあたしを攫いに来たのか。

 そう思ったけど、その人が取った行動は全く違った。


「なんて辛気くせえ顔してやがる、ガキのくせに。生きたいなら、これ食え」


 その人はあたしにパンを差し出してくれた。

 何も見返りも望めないようなあたしに、それを差し出す意味がわからなかった。


 だけどお腹が空いて本当に死にそうなあたしは、何も考えずそれを受け取って貪り食った。


「はっ、ガキはそれくらい元気なのが丁度いい」


 その男――フェリクス兄さんは、そう言って悪人のように笑っていた。



 あたしは元気になった後、フェリクス兄さんについていくことを決めた。

 地下街にはもう友達はいなくなって、残る意味など何もなかった。


 兄さんはその時初めて王都に来たらしく、来たついでに地下街も見たいと思って寄ったところ、あたしを見つけて助けてくれた。


 あたしは兄さんと王都とか、いろんな集落や村に行った。


 兄さんは、今の国を潰して自分が王になると決意していた。


「今の国王は表側は綺麗にして、裏側は見ないフリだ。それだったら俺がこの国を支配して、表も裏も消してやる」


 その考えは魔族の国らしく、弱肉強食の国作り。

 強くて能力がある人が上に立ち国を引っ張る。


「弱い奴は、弱いままなのがいけねえ。俺は弱い奴は嫌いだが、強くなろうとする奴は嫌いじゃねえ」


 兄さんは兄さんなりに、弱い人のことを考えていた。

 王になったら弱い人達や戦いたくない人達は物を作らせる。

 弱い人の中でも兵士になりたいなどの気持ちがある人のために、学校などを作るとも言っていた。


「今の国は戦争をしないから、平和だからこそ国の中で争いが起こるんだ。他の国と戦えばそんなことは起こらねえ。俺が起こさせねえ」


 あたしにはよくわからないけど、兄さんは王になるために努力していた。

 兄さんは一度、国王に挑み負けている。


 だけど全く諦めずに強くなり続けた結果、国王に圧勝できるほどになった。


 勝ったとき、兄さんは不機嫌だったことを覚えている。


「あの野郎、俺が前に負けたときより弱くなってやがる! 弱い奴らとばっか戦ってるからだ! くそが! 俺が何のために強くなったと思ってる!」


 国王と戦った場所、王城の壁などを壊しながらそう叫んでいた。



 そして戦って勝った後、王になるためにすぐに行動を開始した。


 兄さんに負けた国王が懇意にしている隣の人族の国、ベゴニア王国。そこを堕とす。


 そのためにどこかの村を潰さないといけないから、兄さんは一人でその村に向かった。


 兄さんの故郷、この集落からその人族の村に向かった。


「ニーナ、行ってくるぜ。すぐに帰ってくるから待ってろよ」

「あたしは行かなくてもいいの?」

「別に必要ねえよ。あんな寂れた村すぐに潰せる」

「わかったわ。いってらっしゃい、兄さん」


 そう言って手を振ると、初めて会った時のように悪人ヅラの笑顔で。


「ああ、これでこの国は変わる。俺がこの国を支配するからな」


 そして兄さんは集落の奴らに何か言われるのを無視して、出かけて行った。


 その姿が、あたしが見た最後の姿になった。



 ◇ ◇ ◇



 ニーナはそう話し終えた後、今までどこか遠くを見ていたのだが俺の目を見て。


「兄さんに、勝ったのよね?」

「……ああ、勝ったぞ」

「兄さんの最期は、どうだった? 何か、言ってた?」


 俺を見つめる目が潤んできているのが見える。


「戦いが楽しかったって言ってたよ」

「そう……良かったわね、兄さん。最期に、楽しい戦いが、できて……」


 震える声でそう言ったニーナの姿を、俺は見ることが出来ずに目線を外す。


 数分間、ニーナの方からはすすり泣くような音が聞こえた。

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