第66話 入国
「あそこが関所だな」
御者をしているクリストがそう呟いたのが聞こえた。
ビビアナさんがオークの群れを倒した後、俺達はそのまま進んで森に入った。
森では特に何か起きたわけではない。
強いて言うなら、一晩眠って起きたときに魔物の群れに囲まれていたくらいだ。
ビビアナさんは起きない。クリストも馬車に揺られた疲れがあったのか、起きなかった。
起きたのはそういう気配に過敏な俺、そして同じく気配に反応してリベルトさんだった。
ゴブリンやコボルト、オークもいたかな。
他にも何種類いたと思うが、あまり覚えていない。寝起きだったから記憶がぼんやりしている。
まあ寝起きでも遅れを取るような相手ではなかったから、半分眠ったまま俺とリベルトさんは魔物を殺した。
そしてお互いに二度寝。
その後すぐにクリストに起こされた。
クリストは起きて周りを見たら血の池が広がっていたから驚愕したそうだ。
俺とリベルトさんが寝起きに殺して、そのまま二度寝をしたと言ったら半分驚き、半分呆れていた。
「リベルトはわかるが……エリック、お前もそういう奴だったんだな」
そういう奴ってどういうことだよ。
ビビアナさんはその時に起きなかったから、適当に馬車に乗せて出発した。
それが昨日の出来事。
昨日のうちに森を抜ける。するとまた草原があり、魔物が出てきたらわかりやすくなった。
時々出てきた魔物を協力して倒してきた。
王都ベゴニアを出発して二日が経った。
そしてようやくベゴニア王国とハルジオン王国を繋ぐ関所に辿り着いた。
眺めが良かった草原に現れた大きな壁。
その壁が互いの王国との国土を分けている。
壁が続く中に、またも大きな建物がある。そこが関所だ。
ここで検問を受けて、ハルジオン王国の国土に入ることができる。
「はぁ、やっとハルジオン王国か。二日間も馬車に揺られてケツが痛いぜ」
御者をしているクリストがため息をつき、ずっと同じ体勢だったから凝っているのか、首を回して肩を揉んでいるいる。
「これくらいで疲れるなんて、まだまだだなクリスト」
「うっせえよリベルト。御者をしている時間はお前が一番短いんだぞ」
リベルトさんは馬車の揺れが心地良く感じる人らしくて、ずっと揺られていると眠くなるようだ。
だからこの人に御者を任せるといつの間にか寝ていて、道が逸れてしまうことが何回かあった。
それもあって、この人に任せるのは危ないとなって他の三人でやっていた。
「お前は感覚狂ってんだよ。何で寝れるのか意味わからん」
「天才だからな」
「はいはい、そうだなー」
クリストが適当に流しながら手綱を引く。
関所は完全にあちら、ハルジオン王国側が管理している。
ハルジオン王国、現国王のセレドニア・ハルジオン。
ベゴニア王国、現国王のレオナルド・カルロ・ベゴニア。
結構前にその二人は会談をしたらしい。
その際に二人は意気投合。特にレオ陛下はセレドニア国王のことを気に入ったらしく、「あそこの関所は貴方の手腕に任せる!」と言ったようだ。
お互いの国を繋ぐ関所を完全に任せるという大胆な取り決めだが、それでも何も問題が起きていないということはセレドニア国王の人柄や手腕、それにレオ陛下の見る目が良いということだろう。
関所に近づいていくと、武装している兵士が見えてくる。
「そこの馬車、止まりなさい」
関所の前でクリストが馬車を止める。
「ベゴニア王国の者ですね。通行許可書、または身分証明書はありますか?」
丁寧な対応でクリストに質問するハルジオン王国の兵士。
俺が前世で色んな国へ行った時に通った関所はこんな丁寧に対応してくれなかったぞ。
とりあえず相手のことを見下しているような奴ばかりだった。
魔族にそういう人が多かったイメージだが、この兵士達も魔族だというのにとても礼儀正しい。ちょっと偏見があったのを改めなければならないな。
そうこうしていると、クリストがその兵士達と話し終わったようだ。
「このことはセレドニア陛下にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、親父、こっちの国王も了承していました。親父がよろしく言っていたと伝えておいてください」
「かしこまりました。ではお気をつけて。今この国は治安が良いとは言えない状況なので」
「わかりました。ありがとうございます」
どうやら通行許可書と身分証明書のどちらも出したようだ。
あちらの兵士がさらに緊張したように姿勢が良くなっている。
クリストもしっかりと敬語で話している。
「じゃあ行くぞ。また馬車動かすから揺れに気をつけろ」
その言葉の数秒後、馬車が動き始める。
関所の中を通り、ハルジオン王国の中へ入って行く。
中を通る時に、兵士の人達がこちらに向かって敬礼をしていた。
「クリスト、お前が王子ってことを言ったのか?」
「ああ、そうだが」
「これって極秘で入国するんじゃなかったのか?」
普段街の様子などを見て回るという目的で行くのなら、兵士の人達に王族だということを伝えないほうが良かったんじゃないのか?
「他の国なら俺の身分を隠すんだが、ハルジオン王国だけは違うんだ。親父とここの国王が仲が良いから、この極秘で行くことを伝えても大丈夫なんだ」
「そうなのか」
「ここの王族に伝えても、兵士とか街の人とかにあの人達は話さないからな。前に会ったけど、良い人達だったぜ」
「そうか……ん?」
前に会った、良い人達だった?
ていうことは……!
「クリスト!」
「うおっ、なんだよいきなり……」
俺は馬車の中から身を乗り出してクリストに迫る。
「お前、イレーネ・ハルジオンという女性を知っているか!?」
良い人『達』、ということは、国王だけでなくその王女にも会っているんじゃないか!?
「ああ、知ってるぞ。ここの王女だろ?」
「知ってるのか!? 会ったことあるのか!?」
「この国に親父と来た時に会ったことあるが、それがどうかしたのか?」
やっぱり……!
まさかクリストとイレーネが知り合いだったなんて、思いもよらなかった。
前世ではクリストと死に別れてから、イレーネに出会ったから全く知らなかった。
「エリックもイレーネ王女と会ったことあるのか?」
「いや、まだない」
「なんだよ、じゃあなんでそんな反応したんだよ」
俺の前世での親友と恋人が知り合いだったと聞けば驚くに決まっているだろ。
とはまあ、言えるはずもないが。
「まあ有名だよな、イレーネ王女は。とても綺麗な王女様ってことで」
「そ、そうなのか?」
「知らねえのかよ。じゃあお前イレーネ王女のことをなにで知ったんだよ」
前世での恋人、だということも伝えられるわけない。
「まあ俺も会ったが、噂以上の美人だったぜ。あれほど綺麗な人見たことない」
俺がまだ生まれ変わってから会ってないのに、親友のクリストに先を越された。
くそ、俺も早く会いてえのに……!
「……アリサさんに言ってやろ。クリストが他の女の方が美人だって言ってたこと」
「は、はぁ!? なに言ってんだお前!?」
「だってあれほど綺麗な人を見たことがないってことは、そういうことだろ?」
すまないなクリスト、イジワルして。なんか少しムカついたからだ、お前に非はない。
「なっ! そ、そういう意味で言ったんじゃねえよ! というか、アリサの方が可愛いし!」
「へー、アリサさんの方が可愛いかー」
「あっ、いや、ちがっ……!」
墓穴を掘ったな、クリスト。
「ほー」
「ふ〜ん」
「なっ! お、お前達聞いて……!」
馬車の中から顔だけ出してニヤニヤしているリベルトさんとビビアナさん。
「聞きましたかお二人とも」
「ああ、聞いたぜ。クリストがメイドのアリサが世界一可愛いって言ったことをな」
「そんなこと言ってねえ!」
「えー、じゃあアリサちゃんより可愛い子がいるってことー?」
「くっ、お前ら……!」
クリストは顔を真っ赤に染めて俺達を睨んでいるが、全く怖くない。
「ほらほら、御者さんしっかり手綱握って」
「不安定になってるぞー」
「どうしてだろうねー。クリストちゃんあんまり揺らさないようにねー」
「絶対に言うなよお前ら! 絶対だぞ!」
「フリかな」
「フリだな」
「フリだねー」
「フリじゃねえ!!」
俺達はこうして、ハルジオン王国に入国した。
あ、そういえばクリスト。イレーネより可愛いってのは異議がある。今度じっくり話し合おうじゃないか。
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