17 神王様、魔王様とのご対面! 女体化の危険性に手を打とう!

「──んで、オメェがうちの可愛い可愛いリィエルたんの契約者だァ?」


「ひぃぃいいぃいいいいっ!? ごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさぁあい!!」


 赤い髪を振り乱しながら、1人の少女が額を畳に叩き付けながら早口に謝罪を繰り返す。


 まるで釘を打つ金槌のように、その紅蓮の頭が何度も何度も畳を揺らす。


 ──カチ割り土下座とでも言えばいいか。魔力による肉体強化から来る身体の頑強さに物を言わせた、何とも自罰的な土下座である。



 高速でブンブンと振るわれる表情は、まさに蛇に睨まれた蛙。その蒼い瞳は今にも溢れ出さん程に潤み、もはや憐れという他に無い有り様だった。



 まあ、それもそうだろう。

 任侠映画に出てきそうなだだっ広い和室で、少女──赤月 玲とリィエルが座り、その対面には一介の高校生には及びも付かない面々が腰を下ろしているのだから。



 玲に対して青筋を浮かべて凄みを利かせているのは、リィエルの父──神王ヴァイス。その雄々しい2本の角も相まって、短く刈り上げられた金髪はまさしく怒髪天を衝く勢いである。


 その隣に座るは、魔王エデルミリア。

 妖艶な微笑を浮かべ、その紅い瞳は玲を品定めするかのように爛々と輝いている。


 ヴァイスを挟んで反対側に御座すは、時の神クロノス。

 この空気の中、にこやかに笑いながらお茶を飲んでいる。


 クロノスの隣に座っているのは、ヴァイスに勝るとも劣らない大柄な男──鍛冶神ヘパイストス。

 赤く焼けた肌は逞しく、なるほどあのレーヴァテインをこしらえた神だけある。



 その他、さながら組長の集会を見守る若衆達のように、玲達から離れたところに天使やら魔族やら、錚々そうそうたる顔ぶれが並んでいる。



 ──マジでチビりそうである。



 神王ヴァイスと閻魔大王の戦いは、リィエルの両成敗によって終止符が打たれた。


 その後すぐに場所を変えることとなったのだが、ここが何処なのか、それは玲にはわからない。

 何せ、『三途の川』に来た時のように、いつの間にかヴァイスが展開した魔法陣によって別の場所へと転移させらたからだ。


 出迎えてくれたのは、天界魔界のお歴々。

 言うまでもなく、人間など玲以外には1人もいない。


 唯一天使でも神でも魔族でもない、鬼族の王である閻魔はと言えば、リィエルと談笑を楽しんだ後、玲に一瞥をくれてから1人立ち去ってしまった。


 いや、仮に残っていたところで、あの雰囲気では友好的な会話は望めなかっただろうが。



 つまるところ今の玲の状況は、最早拉致されたと言っても過言ではないものであった。



「あんた、そろそろよしなよ。リィエルが召喚されたのは、この娘のせいじゃないだろう?」


 土下座を始めてどれだけ経ったか、一向に止まる気配も無く、額をガンガンぶつけながら謝り続ける玲を不憫に思ったのか、エデルミリアが助け船を出す。


「リィエルも面白がってないで止めてやりな。ほら、せっかくの可愛い顔が台無しさね」


「ぷっ……可愛…い…!」


 ぶはっ、とリィエルが吹き出して、それを怪訝に思ったのか、身を乗り出していたヴァイスもようやっと腰を落ち着けた。


「おい…くく……玲、お前いつまで『魔力門ゲート』を開いているのだ?」


「だだだだって怖いんだもんっ!!」


「お前の身体を見て貰いに来たのだ。症状を見せねば話が始まらんだろう…クスクス」


「う、それは……確かに…」


 ぐすん、と鼻を啜りながらそう言った玲は、どこからどう見ても女の子にしか見えない。

 事実、この場で玲が男であることを知っているのはリィエルだけである。


 エデルミリアは、未だに性転換をしたのだと思っているし、他の者は女の子であると疑っていない。


 いや、エデルミリアが玲を見て「坊やだと聞いていた」と言っていたのだから、ヴァイスもそう思っていても不思議はない。



 ともすれば、この威圧的な態度も、そういう部分から来ているのかもしれない。


 何にしても、リィエル以外の者の認識が「玲は女の子、或いは見てくれは女の何か」であることに相違は無い。

 それ故に、『魔力門ゲート』を閉じた玲を見て、一同は目を見張った。



「……おいおい、なんじゃそりゃ…」


 目を白黒させながら、ヴァイスが呻いた。

 背丈こそ変わらないが、そこには額を赤く染めた赤みがかった黒髪をした少年の姿があった。


「あんた、男なのか女なのか、どっちなんだい…?」


「お、男です…。『魔力門ゲート』を開くと、何故だか女体化します……はい」


「……おい、クロノス。どういうこった? 何だこのタコ助は。人間で姿形が変わる魔法を使える奴なんざァ、いねぇだろうよ?」


「ワシにもさっぱりじゃ。いやぁ、何とも面白い少年じゃのぅ」


「また変なもんを連れてきたな……リィエルよぉ……」


 騒然とする部屋の中、ヴァイス、クロノス、ヘパイストスが各々玲に対して反応を示す。


 無数の天使、魔族に凝視され何だか縮こまって見える玲を横目に見ながら、リィエルがここに至った経緯を説明する。


 一頻り黙って聞いていた面々だったが、説明が終わった頃には難色をその顔に映していた。



「お前なぁ……よくもまあ人間に『魔力門ゲート』を移植しようなんて考えたもんだな……。あーっと、赤月だったか? 本当、よく死ななかったな…」


 しみじみとしたふうに、ヘパイストスがそう言って頭を掻いた。

 やはりクランが慌てていたのは、決して大袈裟ではなかったようだ。



「はぁ……。ったく。オレぁよォ、うちの可愛いリィエルたんを虚無の彼方に消し飛ばしそうになって、ひん剥いてコンポタまみれにしたっつー不届き者をどう下ろしてやろうかと思ってたんだがよォ……」


「ひぃぃいいぃいいいいっ!!」


「あー……やめだやめ! どうもオメェはこう……憐れというか痛々しいというか……。まぁ、なんだ…強く生きろや」


「……えっ?」


「ほっほっほ。よかったのぅ、赤月少年。その珍妙な状況に救われたのぅ」


 どうやら、地獄を見ずに済むらしい。

 本当に、何でこんな目に遭っているいるのか。オレが何をした。

 そう思わずにはいられなかった。



 その後、何度か『魔力門ゲート』の開閉を命じられ、玲はそれに従った。


「よーっし、もういいぞ坊主。とりあえず保存・・は終わった」


「え、保存……ですか?」


「父上の神眼の能力の1つだ。直視した者の魔力に纏わる構造や状態を解析し、脳内に焼き付けるものだ」


 見れば、確かに神王ヴァイスの両眼は新緑の光を放っている。神眼が発動されているのだろうことは、言うまでもなかった。


 しばらくして眼に灯っていた光は霧散したが、しかしヴァイスの表情は芳しくなかった。



「…しっかし、こりゃあこの場では何とも言えねぇな……。雁字搦めもいいところだ。あー、ちょっと時間を寄越せ。本格的に調べっからよォ」


 返事も待たずに、ヴァイスは後頭部を掻きながら部屋を後にする。


「さて、と。あたしも坊やの顔を拝んだことだし、ヴァイスが調べている間は、少し席を外させて貰おうかね。閻魔の奴に詫びを入れに行かないと後々面倒だからね」


 立ち上がったエデルミリアが、

「ほら、あんた達も、いつまでも御客人にガンくれてるんじゃないよ。散った散った」

 と室内にいる他の天使や魔族達に促すと、彼等はチラチラと玲を見ながら立ち去っていく。



 玲にはヤクザの集会にしか見えなかった彼等だったが、その実はリィエルを心配して、そしてリィエルを喚び出したという人間を見にやって来ただけで、寧ろ皆、玲に話しかけたくてうずうずしていたのだった。


 何せ、そもここにやって来る人間など、人間界の各国のお偉方くらいが専らである。

 要は、お堅い連中ばかりなのだ。


 そこへ来て、どこにでもいそうな普通の少女──もとい少年。しかも、リィエルを召喚してみせた少年である。

 ……いや、リィエルを召喚する時点で全く普通ではないのだが、何にしてもお堅くない客人だ。


 まあ、今は違う意味で固くなっているが。



 彼等にとっては物珍しいし、会話の1つでもしてみたいところであったが、しかしエデルミリアの言うことも尤もである。

 1人の客人に群がるというのもよろしくないし、人間にしてみれば彼等は超常の存在。


 そんな気はなくとも、玲にとってはその魔力的な威圧感により、ライオンの群れに囲まれているようなものに感じられるのだ。

 まあ、何故だかその場に居合わせた者の多くが強面であったことも、その印象を強めているのだが。



 そうしてヴァイス、エデルミリア、お歴々の皆さんがいなくなると、急に部屋は静かになった。

 たった4人では持て余してしまう広さである。


 先程までとは違った居心地の悪さを感じてしまう庶民な玲に、リィエルが「さて」と声をかける。


「玲。ちょっとお前の『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』を貸してくれ」


「えっ? 構わねぇけど……何でだ?」


「なに、今のうちに禍根を絶っておこうと思ってな」


 ウィンクをしつつそう言ったリィエルに首を傾げつつも、大人しく玲は『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』を外し、リィエルに手渡した。



「少し外すが、お前はテキトーにくつろいでいるといい。ヘパイストス、すまないが頼みがある」


 リィエルはそう言うなり、ヘパイストスと共に歩き去ってしまう。

 さて、部屋に残されたのは、玲とクロノス。ただの高校生と、時の神である。


(……何この状況っ!?)


 寛いでいろと言われても、こんなだだっ広い部屋──それも何処とも知れない場所で「じゃあお言葉に甘えて」とぐーたら出来るほど、玲は図太くなかった。


 いや、神やら魔族やらが大勢いるような建物内に連れてこられて、それでもなお何処吹く風に過ごせる奴がいるならば、いっそ会ってみたいくらいだ。



「──ふむ、確か赤月…と言ったかな?」


「ひゃい!?」


 思わず上擦った声で反応した玲ににこやかな笑みを向けるクロノス。


「ほっほっほ、そう肩肘張らず力を抜きなさい」


「い、いえっ! そそそうは仰いましてもオオオオレ──わたくしめは矮小の身なれば、あなた様と交わす口を持たずして候う!!」


 テンパり過ぎて、自分でも何を言っているのかよくわかっていない玲だった。

 ただひとつ、失礼があってはいけないと、碌に使えもしない敬語を模索して慌てるのみである。



「実のところ、ワシはお堅い雰囲気はあまり好きではなくてのぅ。もっと楽にしてくれると助かるのじゃが。ワシを助けると思って、な、気楽にして欲しいのぅ」


「は、はぁ……」


 それが本当かどうかはわからないが、流石にここまで言われても頑なに我を通せば、それこそ失礼に当たるだろう。


 そう考えて、玲は一度深く息を吐き出して、身体の力を抜いた。

 それを見てクロノスは満足そうに頷く。


「うむうむ。それでは赤月少年よ、君も手持ち無沙汰じゃろうし、少しワシに付き合ってくれんかのぅ。おーい、アイオーンちゃん」


「──お呼びでしょうか」


「おわっ!?」


 気づけば、まるで最初からいたとでも言うかのように、彼女はそこに存在していた。



 魔法陣の輪に、黒曜のように艶やかな黒い髪。足元まで伸びるその髪を掻き分けて覗く、3対の翼と、そして背中に突き刺さった白銀の巻き鍵。


 染みひとつ無い純白のローブに包まれた少女は、歯車の模様が浮かぶ、感情の宿らない白い瞳でクロノスを見つめる。



「おーおー、アイオーンちゃん。お前さんは今日も可愛いのぅ」


「──ご用件を、クロノス様」


 クロノスの言葉には構わず、どこか遠くから聞こえてくるような声が凛と響く。


「相変わらずじゃのぅ。もっとこう、照れたり嫌がったり、女の子らしい反応が欲しいのじゃが…」


「──ご用件を」


 再度促され、クロノスはやれやれとかぶりを振りながら要件を伝える。


「赤月少年と少し話したいから、お茶を淹れてくれんかのぅ。隣の個室におるからのぅ」


「──承りました」


 その言葉が言い終わった頃には、アイオーンと呼ばれた女神の姿は陽炎のように揺らめいていた。


「──ひとつ。赤月 玲」


「えっ?」


「──もう少し加減を身に付けるよう、強く推奨致します」


 何のことかイマイチわからず眉を寄せる玲に構わず、それだけを言い残しアイオーンの姿は虚空は消える。


 彼女の姿が完全に見えなくなった頃、クロノスからもたらされた言葉によって、ようやっと玲はその意味を悟る。


「アイオーンちゃんは時間回帰に特化した女神でな。広い範囲の被害修繕を、あの娘1人でほぼほぼ行っておる。日本国内のそれは、9割9分アイオーンちゃんの担当じゃ。心当たりがあるじゃろう?」


「あー……」


 ──アンデルセンな公園に残してしまった、破壊の痕跡のことであった。






 ********************


「──で、頼みってのはなんだ?」


 長い内縁を歩きながら、隣を行くリィエルにヘパイストスが問い掛ける。

 若干その顔が苦渋に歪んでいるのは、いつぞや作らされた破滅の神の祝福を受けた素材を基にした黒剣のことがあるからだ。



「この『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』に、機能を1つ追加したいのだ」


「……どんな?」


「『魔力門ゲート』開閉時に自動的に服装を変換するものだ」


「はぁ? 何だってそんな酔狂なものを……。服の変更なんて、『格納領域ストレージ』から呼び出して着替えりゃ十分だろう?」


 思い浮かべていたそれよりも圧倒的に平和な内容であったが、まるで意味がわからない。

 何故そんなオート機能を付与する必要があるのか。



「……簡単な話だ。あいつの女体化は、服装には影響しない」


「…それが何だよ?」


「例えば海に行ったとしよう。男子の玲は、勿論海パンだ」


「そりゃあ、男がビキニ着てたりパレオ巻いてたりしたらおぞましいしな…」


「そうだな。ならば、そこに幻妖が出たとして、あいつが『魔力門ゲート』を開いたらどうなる? 私がいればまだいいが、もし何らかの理由で側にいなかったら…」


「あー……」


魔力門ゲート』を開けば、玲は女体化する。それはさっき何度も目の当たりにした。

 そして、服装に何ら変化が無いことも確認している。


 勿論、ブラジャーは無い。やわらかエンジンでも搭載しているのかというくらいプルンプルンであった。

 第6高の制服越しでこれである。


 ならば、半裸の状態で『魔力門ゲート』を開けば、半裸のままに女体化する。

 その丘陵を護る物は──無い。



 粉うことなき、痴女である。

 トップレスの、変態である。


 例えば体操服だったとしても、ノーブラである。

 縦しんば白シャツだったとて、透け透けである。


 光さんや湯気さんが活躍してくれなければ、特に多感な男子高校生には目の毒に過ぎる。



 そう、これはおふざけではなく、決して放置出来ない問題なのだった。

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