03 お前の席ねぇから! 幕を開ける高校生活!

 赤月 玲の朝は、面倒である。

 何せ、彼は天魔第6高等学校が校長──ハゲ鷹こと鷹倉たかくら 誠二せいじの嫌がらせによって、学生寮の女子棟へと部屋割りされているのだから。


 同室である桜宮さくらみや 璃由りゆからは理解を得られたが、それでも他の生徒に見つかる訳にはいかないのは変わらない。


 そんな訳で、部屋を出て──勿論だが女装して──1階入り口近くにある管理人室にて着替えをし、璃由の協力を得て周囲に人気が無いタイミングで外に出るという、寮を出るだけでもひやひやものである。



 管理人室にいたのは、昨晩会った松風ではなく中年の男だったが、どうやら話は通っているらしく、取り立てて問い詰められることもなかった。


 まあ、

「君、そっちの方が似合ってるよ。ねぇねぇ今度何枚か撮らせてよ。ねぇねぇ」

 等と言ってにじり寄ってくるという、あまりお近づきになりたくない手合いだったが。



 そんなこんなで、璃由と2人で学校へ向かうのだが。


「ふぁあぁあ……マジで眠い…」


「本当に眠そうね…」


 玲の口から出たのは、それはそれは大きな欠伸あくびだった。


 それもそうだ。鎧戦を終え、気絶して、それからリィエルとの会話。

 碌に眠れていないのだ。眠いのは仕方がなかった。



 ところでリィエルだが、今はこの場にいない。

 結局あの後、適当なところで話を打ち切られ、早朝の景色を堪能してくると言い残して、飛んでいってしまったのだ。


 主の異常よりも、初めての人間界の方が優先らしい。


 まあ尤も、異常と言っても、今すぐにどうこうしなければならない類いのものではなさそうだが。



「あ、そうだ。言い忘れてた。あの時はわざわざ追い掛けて来てくれてありがとな。璃由もあんま眠れなかっただろ?」


「ううん、私は何もしてないもの。私は大丈夫かな」


 嫌な顔ひとつ見せずに、小さく笑ってそう答える璃由。


(マジ天使……)


 女装をしなければならない等という意味のわからない珍事への苦悩も、鎧戦の疲れも、この笑顔を見れば吹き飛びそうだった。

 流石に眠気ばかりはどうにもならなかったが。



「でも今日はまだ授業も無い筈だから、その点は良かったかもね」


「あれ、今日って授業ねぇの?」


「……昨日の先生の話、聞いてなかったのね…」


 璃由の微笑みが苦笑に変わる。

 流石に少し、呆れたような色が見えたが、これには玲も言い訳の余地がある。


「いやさ、だって昨日……それどころじゃなかったじゃん、オレ…」


「そう…ね……」


守護天魔ヴァルキュリア』召喚に失敗し、何やら諸々の検査を受けることとなり、下痢野郎と罵られ。



 流石の楽天家な玲も、そこまでタフなスピリットは持ち合わせていなかった。


 というか、入学初日にして退学が決まるような不祥事を引き起こし、周りから罵倒されまくってなおも先生の話を洩らさず聞くことが出来る奴がいるなら、いっそ爪の垢でも貰いたいくらいだ。



「今日は校内の案内とか今後の説明がメインね。あと、『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』の配布があるわ」


「あのさ、昨日から思ってたんだけど……。その『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』ってば、何なのさ?」


 驚きのあまり、思わず足を止めた璃由。

 流石に信じられないといった面持ちだった。


「本当に、何も知らないんだね……」


 玲には見えていないが、璃由の頭上を飛んで追随しているクランも、その見とれるような金髪を揺らしながらため息を吐いていた。



魔力門ゲート』等についての知識も無く、幻妖の『幻核コア』のことも知らず、そして『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』のこともわからない。


 いったい何をしに天魔省が関係する高校にやって来たのか、甚だ理解に苦しむレベルであった。



「あーっと……そのぉ……はい」


 居たたまれない気持ちを覚えながら、玲は小さく頷いた。


 リィエルの話が本当なら、玲の記憶は卒業後から入学までのいずれかのタイミングで、『魔力門ゲート』諸とも奪われた、とのことだった。


 記憶の欠落具合から鑑みるに、どうやら魔法や幻妖、『幻想魔導士』等に関連する知識を奪われたのだと思われるが、それをここで説明する必要は無い。


 そんなことをしても、無駄な心配をかけるだけだ。


 忘れたのなら、もう一度覚えればいいだけなのだから。



「えっと…玲くん、人間は普通、自由に『魔力門ゲート』を開くことが出来ないってことは知ってる?」


「え、そうなの?」


「う、うん……。中には出来る人もいるんだけど、それは本当に稀なケースなの。『天魔の十字架ヒュムネクロイツ』は、その『魔力門ゲート』の開閉をしてくれる魔導具よ」


「ほー、なるほど…」


 頷きながら、玲は鎧戦でのリィエルの言葉を思い出していた。


 確かにあの時、リィエルは移植した『魔力門ゲート』が完全に馴染む前であったから、リィエル側から開くことが出来る等と言っていた。


 つまるところ、それはこういう意味だったのだ。


 完全に馴染んでしまっていたら、リィエル側から『魔力門ゲート』を開くことは出来ず、そうだったなら、玲自身では『魔力門ゲート』を開くことができなかっただろう。



 まあ、その場合はきっと、リィエルが1人でさっさと鎧を倒していたのだろうが。



「……ところでなんだけどさ…」


 再び歩を進めながら、玲は何とも言えない表情でそう呟いた。


「……うん」


 対して、璃由もやや強張った笑みを貼り付けながら短く返答する。

 思うところは、どちらも同じだった。


「……なんか、すげぇ見られてるな」


「……うん、そう…ね」



 同じ天魔第6高等学校の制服を着ている学生達が、並んで歩く2人をチラチラと盗み見ていた。


 それもその筈、この2人、天魔第6高等学校では既に有名人なのだから。


 片や、『守護天魔ヴァルキュリア』召喚に失敗し、腹痛でトイレに籠って悶絶するという底辺の少年。


 片や、第二級天使を召喚した、鴉の濡れ羽色の艶やかなストレートと紫水晶の瞳が特徴的な、可憐な美少女。



 第6高校1年生の、まさしく天と地を行く2人である。まさに月とすっぽん。

 ただでさえ注目を浴びるというのに、そんな方向性が丸っきり異なる有名人が、並んで登校しているのだ。


 事情を知らない者からすれば、我が目を疑いたくなる光景だった。

 1度と言わず、2度、3度と見てしまうのも頷ける。いっそ凝視してしまっても、仕方がなかろう。



 結局、玲と璃由は教室に入るまでずっと、多くの生徒の視線を集め続けた。




 ********************


「……」


 1年3組。それが、玲達の教室だ。


 玲の座席は、窓側の一番後ろである。

 ギャルゲーやエロゲーでは定番の位置取りだが、赤月 玲の場合、そんなご都合主義によってもたらされた席順ではない。


 彼は入学早々に退学が決まっていたため、いなくなっても問題が無いよう、隅に追いやられただけである。


 なお、それ以外の生徒に関しては、普通にあいうえお順だ。



 さて、そんな玲の席だが、そこにあるべき筈の椅子が無かった。


 教室を見回してみると、何とも気まずそうな他の生徒達が、目線を合わせないように下を向いている様子が目に入った。


「……ほっほー……これはまたベタな…」


 誰かに椅子を、持っていかれたらしい。



「玲くん…」


 自分の席にも向かわず、心配そうに声を掛けてくる璃由を片手で宥め、玲は机にバッグを置くと、教室正面──黒板の上に取り付けられた壁時計に目をやった。


 始業まで、あと20分。


 すぐそこの窓からベランダを覗いてみたが、椅子は見当たらなかった。

 どこに持っていかれたのかもわからない椅子を探しに行くには、流石に時間が足りないだろう。


 それなら、やはり犯人を見つける方が手っ取り早い。



 しかし見た限り、今現在教室にいる生徒の中に犯人はいないようだ。

 入学2日目であるこの時点では、まだコミュニティの形成がしっかりしていないし、カーストも出来上がってはいない。


 だから余計に、自分の身に危険が及ぶようなものには近づきたがらない。

 結果、申し訳ないような飛び火を怖がるような、そんな表情を見せるのだ。


 見回した際に窺った教室内の生徒達は、皆決まってそのような顔をしていた。



 ……まあ、そうでなくとも、『下痢野郎』なんて呼ばれてる奴に近づきたいと思う者もいないだろうが。



 ともすれば、犯人がやってくるのを待つのが一番だ。

 大概この手のことをしてくる輩は、当人が困惑する様子を楽しみたいと考えるものだ。


 所謂、火事の現場に戻ってくる放火魔のようなものである。

 証拠が残っていないかといった不安もそうだが、より深いところを突けば、自身によって引き起こされた惨劇を味わいたい、それで苦しんでいる者を見たいという気持ちがそこにはある。



 さらに言えば、未成年という庇護のもと、学校という閉鎖空間は、味をしめた者達にとってはまさに楽園であろう。


 だから、必ず来る。

 必ず、玲の困惑した姿を見に来る筈だ。



「んじゃ、待ちますか」


 玲はそう言って、机に腰かけるなり何事も無かったかのようにスマホゲームをやり始める。

 近くにいた璃由は勿論、顔を背けていたクラスメイト達も唖然として玲を凝視した。


 誰が思うだろう。椅子を隠された当の本人が、誰よりも素知らぬ顔で遊び始めるなどと。


「えっと、玲くん……」


「だーいじょうぶ大丈夫だって! こういうのはあっけらかんとしてりゃすぐだから」


「……?」


 小首を傾げる璃由だったが、すぐに玲の言葉の意味を理解するに至った。



「あっれー赤月くんじゃん! 何々、どうしたの?」


「ほら来た」


 あからさまな態度で教室に入ってくる影が3つ。

 ゲラゲラ笑いながら近づいてくるその者達は、だがどこか不満げな色をその表情に浮かべていた。



「うっわー……ここまでだと、流石にあんまりにあんまり過ぎて、寧ろ感心するわ…」


 スマホをポケットにしまうなり、3人組に目を向けた玲は、小さくそう呟きながら顔をしかめた。


 ワックスでいじられた、中途半端な金髪ロン毛。

 これでもかと取り付けられたピアス。

 歌舞伎町辺りに出没しそうな間違った若者のような、着崩した制服。腰に付けたチェーン。


 その他、指輪や腕輪やetc.


 そのリーダー各と思われる少年に従う、丸刈り強面と、こんがり日焼けな鶏冠とさか頭。



 現代においては魔力が宿った影響か、髪や肌の色は人種の壁を越えて様々だ。

 だから、例え金髪だからと言って不良とは呼べない時代ではあるのだが、ここまでわかりやすいといっそ清々しいものがある。


 さも、高校デビューで悪ぶってみた、といった感じだ。



「なあどうしたん? あ、椅子無くて困ってる感じ~? おいおい誰だよーそんなことしたのー、なぁ?」


 金髪ロン毛の言葉に、肩を震わせる取り巻き2人。

 どうやら、犯人はこの3人と見て間違いはなさそうだった。


 慌てふためく玲を見れなかったからか、やはりというか、直接的に叩きに来たようだ。



(ロン毛にするならアイロン掛けるなり何なりしろよなー…その縮れ毛。名前わかんねぇし……『つけ麺』でいっか)


 縮れ具合が、何とも濃厚な魚介系スープによく絡みそうだ。


(んで、このスポーツ刈りは……『剃り残し』だな、うん)


 わざと伸ばしているであろう襟足。しかし、坊主頭なのに襟足だけ残っているという、これまた何とも中途半端な具合。


(こっちは……まあ鶏冠だし、ファルコじゃカッコ良すぎるから……安直だけど『ニワトリ』でいいよな)


 ──そのままである。


(つーかよぉ、どうせやるなら短ランとか長ランとか特攻服とか、そんぐらい突き抜けろよなぁ。髪型もリーゼントにするとかさ。何だその取って付けたようなグレ方は。ブレザーじゃどう見てもホストの紛い物にしか見えねぇって。そんなんじゃ、"スピードの向こう側”にも”ピリオドの向こう”にもたどり着けねぇぞ)


 不良漫画のバイブル──少年マガジンでも読み直してから来いと、玲は内心でそんなことを考えていた。



「うん?」


 しかしふと気づくと、辺りの空気が変わっていることに気がついた。

 例のホスト被れの不良を絵に描いたような3人は、うつ向いて肩を震わせており、周囲の生徒は何だか酷く怯えたような表情になっており──。


「れ、玲くん……」


 そして璃由が、強張った苦笑を浮かべていた。


「あら……もしかして」


「……うん…全部口に出てたわ…」


 またしても、玲の口はその心中をペラペラと語っていた。


『つけ麺』、『剃り残し』、『鶏冠』。

 そんなあだ名を付けられた奴が怒らない筈もない。


 どころか、その在り方まで全否定するような辛辣な意見を、虐めようとしていた相手から受けた格好である。


 そりゃあ、怒髪天を衝く勢いであろう。



「テメェぶっ殺されてぇのか!!」

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