第3話 妻の死と謎
私は腕の傷口の応急処置を終えると、恐る恐るテーブルの上の黒い時計盤を見た。薄気味悪い
この時計盤が廻った時からあの恐怖が始まったのだ。原因は間違いなくこの時計盤であろう。妻の
ふと、時計盤に違和感を覚える。
ソファや床、テーブルにはまだ所々に飛び散った血痕が残っている。時計盤だけ綺麗に血痕がないのだ。私は女性の針を動かして裏に血痕がないか確認しようとした。しかし、どうしても針を動かすことはできなかった。
先はあれほど廻ったではないか。悪魔と道化の針も動かそうとしたが、女性の針と同様、全く動かせない。
美沙の言葉が頭をよぎる……あの時、確か美沙も針が動かなくなったと言ってた。
絆創膏を巻いた指、消えた血、そして先のおぞましい経験がぐるぐると頭を巡っていく。
美沙はこの時計盤で指を怪我した……血……美沙はすでに廻していた?
また鼓動が早くなる。美沙の原因不明の死はこの時計盤と何か関係があるのだろうか。
美沙が急に倒れたのは、時計盤を持ち帰ったあの日から数日後の昼ごろだった──
勤務先のアンティークショップの店長から、私の携帯に電話がかかってきたのだった。
「──
私が病院に駆けつけた時、美沙はすでに死んでいた。まるで童話に出てくる白雪姫が毒リンゴを食べて眠っているかのように穏やかな死に顔だった……
後からアンティークショップの店長に当時の状況を聞いたのだが、美沙はいつものようにアンティークの手入れをしている時に、突然すっと膝を折るように前に倒れたそうだ。店長が救急車を呼んでくれてすぐに救急隊員が駆けつけたそうだが、もう手遅れだったらしい。
持病なんて何もなかったはずの美沙の突然死。結局、司法解剖でも原因はわからなかった。
美沙も私と同じように時計盤の針を廻してしまったのではないか。あの怪物のせいで死んでしまったのではないか。
いや、落ち着けと、自分に言い聞かせる。
美沙が時計盤を発見して持ち帰ったあの日──すでに指を怪我していたということは、家に帰る前、つまりアンティークショップにいる時に廻してしまったと考えられる。その時に怪物が出ていたのなら、あんな呑気に帰ってこれるはずはなかっただろう……
それとも美沙は死んだ日にも時計盤を廻したのだろうか。いや、あの日美沙はショップにいたではないか。家に置いてある時計盤を廻せたはずがない。即座に自分を否定する。
推理が堂々巡りするが、この不吉な時計盤が美沙の死に関係している気がしてならない。直感がそう告げる。
私は勇気を出してこの恐ろしい時計盤を調べてみることにした。
──寒さで目が覚めた。
どうやら時計盤を調べているうちに眠ってしまったようだった。カーテンを開けると、もう東の空が明るみ始めていた。壁の時計を見ると、朝の六時を回ろうとしていた。世界はいつもと変わらず時を刻んでいる。そんな当たり前のことで、なぜかホッとする自分がいる。
しかし、昨夜の出来事は紛れもない事実である。
もし、このような恐ろしいことに美沙が巻き込まれていたら……と思うと、胸が激しく締めつけられる。
美沙の死の真実を知りたい。いや、知らなくてはならない。私は心を決める。
今日は会社を休もう。こんなことがあっては仕事に集中できるはずがない。重要な仕事はあらかた昨日までにすませてあったので、問題ないだろう。
私はカプセル式のコーヒーマシンでエスプレッソを淹れた。カフェインの力で頭を覚醒させる。今日は徹底的に時計盤について調べてみたい。
昨晩、時計盤についてわかったことは三つ。
一つ目は「針と円の関係」。悪魔の針が指す領域は最も大きな円、道化の針が指すのは二番目の大きさの円、女性の針が指すのは最も小さい円であろう。それぞれの針の長さが、それぞれの円の半径に符合するのだ。
二つ目は「刻まれている文字の数」。三つの円の円周部には見たこともない梵字、象形文字のようなものが等間隔に刻まれているのだ。数えてみると、大きい円で三百六十個、二番目の円で六十個、小さな円で十二個であった。何か法則がありそうである。
三つ目は「針の動作」。これについてはまだわからないことが多いのだが、私の血で動きだしたように見えたことから、血が動力になるのではなかろうかと考えている。他にも、止まっている針はいくら強引に動かそうとしても、全く動かせないということがわかった。
まずは、三つの円に刻まれている梵字、象形文字についてインターネットで調べてみることにする。
パソコン画面と二時間ほどにらめっこが続く。最も似ていたのはサンスクリット文字だったが、その中に時計盤に刻まれている文字と同じものは一つとして見つからなかった。かなりマイナーな文字なのだろうか。専門家に依頼すべきか……
もう一度時計盤の方を調べてみようと隅から隅まで見てみる。するとある特徴が見えてきた。
最も小さな円に刻まれている文字が、二番目の大きさの円にも刻まれているのだ。もしや、と思い二つの円をつぶさに見比べてみた。すると、最も小さな円の十二個の文字全てが二番目の円にも刻まれていたことがわかった。
これは数字のようなものではないだろうか?
今度は二番目の円と大きな円を見比べてみた。六十個の文字を三百六十個の文字の中から一つずつ探すのにはかなり骨が折れたが、全て確認することができた。これは数字だ、確信に変わっていく。
もう一つわかったことがある。それは、このアンティークは時計盤ではないということ。文字、いや数字が刻まれている場所がランダムであるからだ。
悪魔、道化、女性の不気味な針、三つの円、そして数字……ピンときたのはルーレットである。運を試す占い的な要素も入っているのかもしれない。
息抜きにエスプレッソをもう一杯淹れようと立ち上がった時──またもや、あの
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