入学式

 広い体育館の中、僕たち新入生はそのど真ん中に立たされている。

 退屈な入学式が終わり、プログラムはそのまま部活動紹介へと進んでいく。

 学校生活に青春の彩りを添える部活動とあって、先ほどまで眠たげだった新入生たちはまたざわざわと騒ぎ始める。

「静粛に!」

 凛とした声がスピーカーから響いた。ステージには、二人の生徒が立っている。

 どちらの腕にも「生徒会」と書かれた腕章が付いていた。

 しかし、二人のネクタイの色は僕らと同じえんじ色である。

「あの二人、今日正門の前に立ってたぜ」

「ああ、生徒会の二人だよ。中等部でもずっと役員やってたんだ」

 後ろでそんな会話が聞こえた。

(生徒会かあ……)

 先ほど声を上げたのは、ツリ目の方。ざわつく生徒にイライラした様子で、こちらを見下ろしている。

 隣の垂れ目の方は、ずっとにこにこしている。ツリ目のさらっとしたこげ茶色の髪に対し、彼の黒髪はふわふわとしていて、柔らかそうだ。

 今度は垂れ目の方がマイクを受け取り、話しだす。

「新入生に向けての部活動紹介の前に、生徒会長の一条帝いちじょうみかどくんから挨拶があります」

 その言葉を受けて、二人と入れ替わりに生徒会長が登壇する。先ほどの入学式でも、代表挨拶をしていた。

 今朝出会った「ヒカルくん」もなかなかのイケメンだったが、会長も同じくらいの美形だ。

 爽やかな笑顔は、まるでどこぞの国の王子様のようだと思った。

「先程も挨拶はしましたが、改めて、生徒会長の一条帝です。……堅苦しいのは無しにしよう。新入生諸君、入学おめでとう」

 式の挨拶とはうってかわって、会長はフランクな口調で話し始める。

「君たちには、この学校で青春を大いに謳歌してほしいと思う。その為に我が大和高校には多種多様な部活動が存在している」

 尊大な口調は、本当にどこぞの王族のよう。

「一条会長ってさ、理事長の息子なんだろ」

「ああ、だから一年の時から生徒会長なんだよ。中等部もそうだった」

 なるほど、だから「我が」大和高校なんだ。

 よく見れば、会長のネクタイは青い。体育館に入って気がついたことだが、青は2年生の色のようだ。3年生は深緑のネクタイをしていた。

「しかし、ここの生徒として、節度は守っていただきたい。特に、今日のトップバッターのような部活には……ね」

 そう言いながら、会長はステージ袖に目を向けた。

「おい!どういう意味だそれ!」

 袖から1人の生徒が飛び出してくる。待機していた部活の生徒だろう。

 無造作にセットされた明るめの茶髪。いかにもチャラ男という風貌だ。

「そのままの意味だよ。現代雅部げんだいみやびぶの諸君」

 チャラ男の後ろから3人の生徒が出てくる。

 会長に文句を言うチャラ男を宥めるのは、黒髪短髪で、いかにもスポーツマンという風貌の生徒だ。野球部やサッカー部の人間だと言われた方が納得できる。

 スポーツマンの隣にいるのは、ビジュアル系バンドにいそうな長髪の男だ。眠たげな表情が色っぽい。しかし、この状況に困っているようで、おろおろと会長とチャラ男を見比べていた。

 少し離れたところにいる生徒は、ひどい猫背で、見るからに根暗そうだ。長すぎる前髪で顔は見えないが、完全に知らんふりを決め込んでいた。

「現代雅部! まだ会長の挨拶が途中だろうが!」

 ツリ目がステージの無法者に向かって叫んだ。

 雅部の生徒は全員2年生。しかし、このツリ目、上級生に対して全く物怖じしていない。むしろ、進行を妨げられた怒りが全面に出ている。

「おー、さだめちゃーん。入学おめでとー」

 チャラ男は全く気にもとめていない様子で、ステージ下のツリ目に手を振っている。

「定ちゃん言うなっ!」

 定くんは、からかわれたことでより一層怒りをあらわにする。

「落ち着いて、定。僕の挨拶はもういいから、このまま紹介に行ってしまおう」

「……会長がそうおっしゃるなら」

 会長が降壇すると、待っていましたとばかりにチャラ男がマイクを握った。

「皆さんこんにちは! 現代雅部の清原です!」

 清原先輩は、マイクなんて要らないほど大きな声で自己紹介をする。そして、おもむろにズボンのポケットからメモを取り出した。

「えー、雅部の活動を紹介します。雅部は、主にインターネット上でのクリエイト活動をしています。そこで、次世代の文化を担う人材になるよう……なぁ、これ長えよ、紫苑しおん

 そう言いながら、清原先輩は後ろを振り返る。

 紫苑、と呼ばれたのは、恐らくあの根暗そうな猫背の先輩だ。しかし、本人は話を振るなとばかりに無視している。

 シカトされたことも気にせず、清原先輩は前に向き直った。左手にあったメモはぐしゃりと握り込まれている。

「えーっと、とにかく! 俺たちはやりたいと思ったことをやってます! 以上!」

 呆気にとられる新入生をよそに、雅部の面々はそのまま深々とお辞儀をしてステージを降りていく。

 ステージ下の方では、定くんが頭を抱えて震えていた。その隣で、会長は口元を押さえて震えている。……この人、笑ってる?

 雅部の嵐のような部活紹介に比べ、後の部は滞りなくプログラムを進めていった。

 先の会長の言葉の通り、運動部も文化部も、驚くほど沢山の部活があった。中には宇宙深淵部や柿の種同好会など、よくわからない部活もあったが、雅部はどの部活動の中でも特に統一感が無く、一際異彩を放っていたように思う。


 全てのプログラムが終了し、全校生徒は教室へ帰された。

 今日のところは簡単なホームルームで終わりだ。先生が明日の健康診断のプリントを配った後、委員会決めが行われる。

「仁科。そのプリント、隣に回しておいてくれ」

「はい」

 僕の席は廊下側の一番後ろである。左隣は空席だった。言われたとおり、誰もいない机の上にプリントを置く。

 その時、ガラッと教室の扉が開いた。廊下からやってきた風が僕の後ろを吹き抜けていく。ふわり。机の上のプリントが舞い上がった。

「あっ」

 落ちてしまった紙を慌てて拾い上げる。それらを元の場所に返し、ふと見上げると、机の主と目があった。

 さらりとしたこげ茶色の髪。たくさんのまつげに囲まれたツリ目。

「定くん……」

 思わず呟いた声に、彼の綺麗な眉が不思議そうにつり上がる。

「……誰?」

 初対面の人間に、親しげに名前を呼ばれた人の反応として百点満点の返答だった。

 だって、彼のことは体育館で僕が一方的に知った気になっただけなのだから。

(やらかした……)

 僕が固まっていると、定くんに先生が声をかける。

「ああ、道野。司会お疲れさん。プリントはそれで全部だから、何かわからないことあれば聞きにきてくれ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「それじゃあ、今日は解散」

 先生が教室を出ていくと、生徒たちのざわめきが大きくなった。

「あの……道野くん」

 改めて定くんに向き直る。

「僕、仁科更。ごめんね、突然馴れ馴れしく呼んで。その、名前……呼ばれてたから」

 僕の言葉で清原先輩のことを思い出したのだろう。不機嫌そうに歪んだ眉を見て、慌てて会長に、と付け加える。

「ああ、別に。定でいいよ。道野はもう一人いるから」

「もう一人?」

「そう! もう一人!」

 僕の言葉に、背後から答えが返ってくる。

 驚いて振り返ると、垂れ目の彼がいた

「……こいつがもう一人」

「もう一人の道野でぇす。あきらって呼んでね」

「あ、うん……」

 彰くんは、体育館のときと変わらずにこにこしている。

 垂れた目はくりくりと丸くて、可愛らしい顔つきだ。遠くで見たときは分からなかったけれど、右目の下に泣きぼくろがある。

 定くんも左目の下に同じようなほくろがあった。二人とも顔が似ているわけではないが、どこか双子のような、似たような雰囲気があると思う。

「定ちゃん、なかなか生徒会室来ないから迎えに来ちゃった」

「今行こうとしてた」

 僕は二人の様子を眺めながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。

「二人って、中学から仲良いの?」

「別に、普通」

「ええ〜ひどぉい。仲良いでしょ〜従兄弟同士なんだから」

 定くんのそっけない返事に、彰くんは拗ねたような声を上げる。

 なるほど、従兄弟同士か。二人の親しげな様子から、幼少期から一緒にいることが多いのだろうと思った。

「仁科はもう帰るのか?」

 机の上のプリントを丁寧にファイルに挟みながら、定くんが尋ねてくる。

「ううん、せっかくだし、部室棟に寄ってみようかと思ってる」

 部活動見学は今日から行われている。教室の外からは、新入生を勧誘せんとする活気付いた声が聞こえていた。

「へぇ〜。仁科くんどの部活に入るとか決めてるの?ちなみに僕と定ちゃんは生徒会に入るつもりだよ」

 存じております。というか、あんなに堂々と腕章を付けておいて、まだ入ってはなかったんだ。

「まぁ、中等部からの仲だし、何となくずっとお手伝いはしてたんだよね」

 僕の疑問に、彰くんは丁寧に答えてくれた。

「僕はまだ決めてない。何か入っておきたいとは思うんだけど……」

「雅部はやめておけ」

 定くんがきっぱりと言い放つ。パチン、と学生鞄の金具が閉じる音がした。

「あいつらに関わるとろくなことがない」

 それだけ言って、定くんは教室を出ていく。

「またねぇ」

 彰くんは、にこやかに手を振ると定くんの後ろをぱたぱたとついて行った。

 気がつけば、教室に残っているのは僕一人。

 こうしてはいられない。慌てて荷物をまとめると、僕も教室を後にする。

 賑やかな声のする方へ足を進めながら、僕は新たな出会いへの期待に胸を膨らませていた。


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