24-A.魂の交差地点-Ⅲ

「な、なんなのだ……これは……」


 四人の前方には"九体"の魔物が居たのである。

 大土竜が四体と、周辺の木には体長一メートルほどの毒々しい紫と黒の縞模様をした蜜蜂型の魔物が四体。

 恐らく斜め前にいる一体が先程ソフィアに針を飛ばしてきた個体であろう。

 腹の先端から新しい針が生えてきている。


 そして一際目立つ者が正面にいる。


 ソルを葬ったであろう大土竜の奥から、耳障りな羽音を周囲に振り撒きながらその者は現れた。


 雀蜂のような凶悪な見ためだが、まずはその大きさに目が行く。

 二メートルはあろうその体を巨大な羽を高速で振るわす事で持ち上げており、周囲には暴風が吹き荒れている。

 血のように暗い赤色と黒の縞模様は見るものに否応なしに恐怖を与え、血管のような物が腹を脈打ち、赤黒い針に何かを送り込んでいる様は見ている者の気をおかしくさせそうだ。


 全ての脚の先端には人の皮膚など簡単に切り裂けそうな鋭い爪がついており、長い二本の触角を頻りに揺らしながら獲物を見据えている。


 吹き荒ぶ風の中、ソフィアたち四人は恐怖からか、微動だにできなくなっていた。

 あり得ないのだ。

 魔物が集団的な行動をとるなど、魔物で溢れかえっている"最果ての奥"以外でそんな事例が起きるはずがない。

 それが世界の常識であった。

 偶発的に二体か三体程度が同じ場所にいるというのならばまだしも、九体となると運が悪いなどという言葉では済まされない。

 目の前の現実を理解しようとする思考と、理解を拒む思考とがせめぎあい、尚も四人は動くことができないでいる。


 しかし次に目にした光景で、理解や拒絶どころの話では無くなった。

 雀蜂型の魔物が腹部を曲げて針を四人に向けたかと思うと――


「なんで魔物が魔方陣魔法をっ……!?」


 針の先から黒い魔方陣が展開されたのだ。

 腹部が脈動する度に魔方陣は大きく、そして色濃くなり、数秒の後に突然魔方陣がただのどす黒い光球になったかと思うと一気に圧縮され、そのまま一条の光線として放たれる。


 放たれた光線は宙空を黒く蹂躙しながら駆け抜け、モブロスの展開する防壁と衝突すると――少しの抵抗も許すことなく貫いた。


 貫いた漆黒の光線はモブロスの肩口を切り裂き、数メートル後方に着弾すると同時に轟音を響かせながら爆発した。


 「えっ……」


 『ラウガの防壁』を貫く、それはつまり――


 「最上級……魔法……?」


 四人が思わず後ろを確認すると、着弾地点から放射上に五十メートル程が黒く焼き尽くされていた。


 羽音が病み、暴風が収まる。


 すると今度はそれを待っていたかのように、比較的小さな羽音が響き始める。

 四体の蜜蜂型の魔物が飛び始めたのだ。


――もしも今の魔法の直撃を受けたら……。


 死んだ後の姿を想像することが彼女らにはできない。


――ひょっとしたら、いやひょっとしなくとも跡形もなく消し飛ぶのでは無いだろうか。


 そんな思考で心が恐怖に染められているのだ。

 抗いようの無い死のイメージは彼女らの脳裏にこびりついて離れない。

 彼女らにとってまさに頼みの綱であるモブロスは――


 ソフィアがモブロスの方を見ると、彼は自身の後方を見つめたまま微動だにしない。


「……モブロスさん?」


 呼んでも反応がない。

 かと思えば、唐突に魔物の方を見て数歩後ずさった後――


「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!」


――そのまま、魔法を解除して逃げ出した。


「なっ!? あの男っ……。二人とも! 私たちも逃げないとっ!?」


 アイラが焦って逃げ出そうとした瞬間、蜜蜂型の魔物が退路を塞いだ。

 気がつけばソフィアたちは完全に魔物に囲まれていた。


――高等学院生三人で中型種五体を含む魔物九体を相手取る。


「こんなの無理よ……勝てるわけ無いじゃない……」


 中型種一体でさえ、普通の学院生ならば手に余る相手なのだ。


「アイラちゃんっ!」


 絶望に沈み、いつの間にか俯いてしまっていたアイラに対して蜜蜂型の一体が針を放っていた。


「え……」


 針が眼前に迫る。

 アイラがその事実を認識するよりも先に――


「『諦めなんて、人生には本来必要無ぇもんだ』」


――サキトの拳が針を横殴りで吹き飛ばしていた。


 震える声で彼は言う。


「……兄貴が言ってたんだ。それに俺も、兄貴の諦めねぇ姿に憧れた」


「さ、サキト……」


「まだまだやりてぇ事もたくさんあるし、諦めで自分も仲間も殺すような結果を俺の憧れは絶対に許さねぇんだ」


 勝てる可能性なんて殆ど無いだろう。

 だが"自分が諦めて死ねば、それは仲間の死を意味する"という事実をサキトは理解していた。

 呪いが広がり始め、感覚のなくなり始めた右の拳をサキトは強く握りしめる。


「戦うぞ、二人とも。諦めなければきっと希望があるはずだ」


 それはきっと願いに近い言葉だったのであろう。

 震える彼の声からは、不安や恐怖に抗おうとする意思が垣間見えた。


「そういう台詞はもっと自信満々に言いなさいよ……。でもまあ確かに、諦めて死ぬくらいならあんたの悪あがきに付き合うのも悪くないわ。ねえソフィア?」


 サキトを真似たただの強がりだ。

 アイラだって本当は怖くって仕方がない。

 だがアイラも自分が諦める事で二人を殺すのは真っ平ごめんなのだ。


「うん。私も、まだ、諦めたくない!」


「ピィッ!」


 自身の意思を確認するようにソフィアも言葉を紡ぎ、純白の双銃を構える。

 ロンドの魔力は既に充填が完了している。


「生きて帰るぞ! みんなで!」


 サキトの号令と共に、戦いの火蓋が切られた。


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