第100話 最強の男

「なっ!」

「げっ!」

 アストリアとライナスが同時に放った拳を一人の男性により止められる。

 まさか当人達もお互いの拳を片手ごとに掴まれ止められるとも思っていなかったのだろう、ライナスは驚愕の声が漏れ、アストリアは驚きと同時に心底嫌そうな表情を浮かべる。


 二人が驚くのも無理もない。私もジークもそれぞれ対峙する相手を警戒していたとはいえ、周りの様子を完全に除外していたわけではないのだ。

 それなのに近づく気配もなく突然現れ、二人の拳が放たれた後にそれぞれの腕を掴んで止めてしまった。こんなことができる人間が果たしているだろうか?


「そこまでにしとけ」

 一言、特に感情を込めた感じでもない一言。だけどそれだけで腕を掴まれた二人……いや、ライナスが僅かに後ずさる。


「な、なんだテメーは!」

 去勢と言うべきなのか、ライナスが強引に腕を振り払いながら男性を威嚇する。

 まぁ、彼からすれば多少なりとは恐怖を感じるのだろう。彼らにとっては完全にアウェイな場所であり、目の前の男性は明らかに異質な存在。

 学園の制服を着ているのだから生徒の一人ではあるのだろうが、それが一体誰なのかが分からないのだ。


「なんだテメーはと来たか。ドゥーべの王族は礼儀も知らないのか? 人に名を訊ねるならば、まずは自分から名乗るべきであろう」

 男性も人が悪い。ドゥーべの王族と口にしているだけで目の前の生徒が誰だか知っているはずなのに、敢えて上からの目線で押し返す。


「ちっ、誰がテメーなんかに!」

「ふむ、まぁ別にいいがな」

 男性はそれだけ言うとライナスに興味を無くしたのか、今度はアストリアに向かい……ゴツン!

「イテッ!」

 そのままアストリアの頭に向けて拳を落とす。

「この馬鹿者が、あれ程騒ぎを起こすなと注意していただろうが」

「いや、あの場合は仕方がないっていうか成り行きでだな……」

 流石のアストリアも自分の兄には頭が上がらないのか、両手で頭を押さえながら言い訳を口にする。


 男性……レガリアの四大公爵家であるストリアータ家の長男であり、本年度のヴォクトリア学園の生徒会長。そしてアストリアの兄でもあるサージェント・ストリアータ。

 9歳の時に素手で熊を倒したとか、ふらっと居なくなったかと思えば1ヶ月間野山に篭っていたとか、昔から色々眉唾ものの噂が絶えないが、私たち女性陣にとってはエリク兄様同様の優しいお兄さん的な存在。

 ただその強さは父親であるコンスタンス様でさえ両手をあげ、薙刀を振るう姉様でさえ敵わないという。

 アストリア曰く『このレガリアで兄貴に敵う者なんていねーよ』だそうだ。 


「とにかくだ、これ以上騒ぎを起こすな」

「だ、だけどこいつらが……」

 アストリアが何やら子供のように言い訳を口にするも、サージェントの一睨みで慌てて口を閉ざす。

 これは私たちしか知らない事だけど、サージェントは誰よりもアストリアの事を大事にしているし、弟に公爵家を継がせたいともよく口にしている。

 とどのつまり、人一倍アストリアに厳しいのは愛情の裏返しと言うわけだ。


「アストリア、生徒会長の言う通りここは引きましょう。他の生徒の迷惑になるわ」

 このままではアストリアの面目が立たないと思い、横からすっとフォローに入る。

 敢えてサージェントを生徒会長と呼んだのはドゥーベ組に分からせるため。ここで謎の第三者に諌められたと思われるより、生徒の代表でもある生徒会長に止められたという方が、お互い引き下がったとしても名目はつく。

 今はまだ騒ぎを起こす時ではない。


「まぁ、ミリィがそう言うなら俺はいいが……」

 騒ぎの原因をたどれば私とロベリアの対立。そしてアリスへのあの言葉に繋がるのだが、一番近しい存在である私がいいと言えばアストリアも引き下がってくれるだろう。

 そう思ったのだが……


「あら、逃げるんですの?」

 この場の空気をまるで読んでいないのか、ロベリアが一人挑発するかのような言葉を口にする。


「お、おい、待てロベリア……」

「お兄様も言ってやってくださいまし、私たちが怖くなって逃げようとしているんですのよ。それに先ほどからジーク様の陰に隠れているそこの女。アリスとかいう者に一言文句を言ってやらないと気がすみませんわ」

 この言葉には流石のライナスも焦った様子を見せるが、おバカなロベリアにはサージェントの強さが理解できなかったようで、収まりかけていた私たちの怒りに再び火が灯かかる。


「面白い事を言うわね。アリスがなんですって?」

「あら、気にさわったかしら? 殿方に庇ってもらって気を惹こうなどと考えている小娘に、ジーク様は相応しくないと言ったのよ」

 私 VS ロベリアの間で火花が再燃し、再び周りに緊張した雰囲気が広がり始める。


「たくっ、騒ぎを起こすなと言っているだろうが」

 サージェントの低い一言でアストリアとライナスは距離をとるが、ロベリアは変わらずペタンコの胸を前に張り出しこちらを威嚇する。

 この場で問答無用にひれ伏させる事も出来るのだろうが、先に手を出す行為は後々問題が出てしまう。

 それにロベリアへ手を出せば間違いなくライナスとシオンも対立してくるだろし、アストリアとジークも絡んできくる。そうなってしまえばせっかくサージェントが止めに来てくれたといのに、まったく意味が無くなってしまうだろう。

 感情と論理が私の中で葛藤していると、ライナスから思わぬ救いの声があがった。


「やめとけロベリア」

「あら、お兄様ともあろう者が引き下がるのですか?」

 ライナスからすれば本能的にサージェントの強さを察しているので、ここは素直に引き下がりたいところなのだろう。だけどおバカなロベリアはそれに気づかず未だ暴走状態。

 彼女にしてみれば自分の思い通りにいかない事がよほど気に入らないといったところか。


「おいロベリア、ライナスの言う通りここで騒ぎを起こすのはだな……」

 二人のやり取りを見かねたシオンが間に入ろうとするが。

「シオンまでそんな弱気な事を……。ならばこう言うのはどうかしら? 私達三人と一対一の決闘というのは」


「……決闘ですって?」

「えぇ、こちらは三人、そちらも三人で決闘ですわ。正式に申し込んだ決闘ならば文句はないでしょ?」

 決闘……言葉あれだが、確かに正当な決闘ならば何処からも文句は出ないであろう。あくまで生徒同士の訓練という名目で取り仕切り、木製の武器でしっかり審判を立てて行えば危険も少ない。それに何よりこの怒りを目の前のバカに叩き付けられると考えれば悪くないのかもしれない。


「ちょっと待て、三人って……」

「あぁ、心配するな。兄貴には手ぇ出させねぇよ」

「兄貴? あぁ、そういう事か」

 先ほどから警戒していたライナスも、サージェントが出ないと分かれば闘志に火がついたのか何やら不敵な笑みを浮かべる。

 ロベリアはどうかは知らないが、アストリアもライナスも剣を扱う者からすれば、強い者と戦って見たいと思うのは当然の事なんだろう。

 しかも同年代で強さが拮抗している相手ならば尚更なこと。

 まぁ、サージェントは年齢が近いとはいえ、規格外の強さなのだからあえて見逃してあげるくらいは別にいいだろう。


「いいわよ。その勝負受けて立つわ。ただし条件は審判ありで木製の武器を使っての一対一。勝敗はどちらかが負けをみとめるか戦闘続行が不可能と審判が判断するかで、先に二勝した方が勝ちよ」

「えぇ、それで構わないわよ。怪我をしたとしても癒しの奇跡で治せるしね」

 あぁ、そういえばロベリアにもドゥーベ側の聖女の血が流れているのだったわね。

 どうやら彼方は私が癒しの奇跡を使えると勘違いしているようだが、わざわざ訂正してあげるほど私は間抜けではない。


「お前らなぁ……。まぁ、俺の目が届かない場所で揉められても困るか。……たくっ、仕方ががねぇ、俺が審判をしてやらぁ。間違ってもどちらかを贔屓したりしねぇからその辺は安心しろ」

「……あんたがそう言うなら」

 サージェントが審判を名乗り出てくれたおかげで、ライナスとシオンは信頼は出来ずとも納得はしてくれたようで、ロベリアは文句を口にしなかった。


「勝負は明日の放課後、場所は……」

「学園のホールでどうかしら?」

 普段はダンスや模擬パーティなどで使用される場所だが、あそこならば剣を振り回すには十分な広さがある。

 それに使用許可さえ出せば生徒でも使用できるし、隣で決済をする生徒会長が何も言わないのだから問題はないだろう。


 こうして私達対ドゥーベ組の決闘が決まることとなる。

 その時不敵な笑みを浮かべるロベリアに私は警戒を深めるのだった。

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