第77話 それぞれの現状
「お久しぶり、アリス。ミリアリア様もお久しぶりでございます」
「いらっしゃいイリアさん」
「お久しぶりイリア、元気そうで何よりだわ」
スチュワートで一緒だったイリアさんを庭園に迎え、挨拶を交わしながら再会を懐かしむ。
私がヴィクトリア学園へ編入して早二ヶ月、ミリィ達から散々心配されていた学園生活であったが、ハルジオン家の名前がよほど効いたのか、現在順調過ぎるほどの学園生活を満喫してたある日、たまたま王都に立ち寄ったとイリアさんから連絡をもらい、急遽再会を懐かしむお茶会を開催することになった。
「それで、イリアの方は今の生活はどうなの?」
「お陰様で毎日充実した日々を過ごさせていただいておりますわ。これもアリスやミリアリア様がご配慮してくださった結果なので、大変感謝しております」
現在イリアさんはクリスタータ家が所有する男爵領に戻り、経営や領主運営などのを学びながら、領地と王都を往復する忙しい日々を過ごしているんだとか。
その為、今回急な招集に集まれたのはたった一人。リコちゃんやルテアちゃんは外せない用事があるとかで来れず、カトレアさんはそんなルテアちゃんに同行。パフィオさんはスチュワートを卒業後、何故かヴィクトリアへは通わず、そのまま騎士団に入団してしまった為、今じゃあまり自由な時間は取れないんだとか。
そして私たちの付き人となったココリナちゃんなのだが、こちらも何故かフラッと姿が見えなくなると思えば、帰って来た時には全身筋肉痛の上に痣だらけ。どこに行っていたの? と尋ねても本人は「ちょっと簡単なお手伝いをしていただけだよ」と誤魔化されるばかりで、何をしているかも教えてもらえない。
ミリィからは深く追求しないようにと言われているから、取り敢えず癒しの奇跡で治療はしてあげてるけど、ムチとかロウソクとかを使った危ないプレイでもやってるんじゃないかと心配してしまう。
「そういえば経営学を学んでるそうね、いきなりレベルが上がっちゃったから大変じゃない?」
エレノアさんが淹れてくれたお茶を飲みながら他愛もない世間話を開始する。
一応ココリナちゃんにも来るよう伝えてはいるが、少し遅れるだろうとはミリィの言葉。
「確かに知らないことだらけで大変ですわ。自分でも無謀な事をしているんだという自覚もございます。それでもこれは自分で言いだした事ですし、寧ろ今の生活の方が私に合っているというか、大変充実はしているんです」
経営、運営の主要な部署は基本男性ばかりで占められていると聞く。そもそも女性はお屋敷を守るという役目と、ご婦人方から情報収集をするという役割があるため、基本貴族のご婦人方は働かない。
そんな中、イリアさんはスチュワートでの経験を活かし、義父親である男爵家の領地を影から支えようと、学ぶ場所を思い切って変えたんだとか。
イリアさん曰く、最初は家族から猛反対されたそうだが、結局自分の意思が固いことが伝わり、それなら実践ほど勉強になることはないだろとのことから、現在男爵領で男性達の中に加わって頑張っているらしい。
イリアさんはイリアさんで、将来を見据えたビジョンがもう出来上がっているんだろう。
久々に再会したイリアさんは私なんかよりその姿が何倍も大きく見えてしまう。
「それよりリリアナ様の方はどうなんです? 私なんかより大変じゃありませんの?」
そして急な招集に駆けつけてくれた唯一の人物、リリアナさんがスチュワート時代では着る事がなかったであろう、豪華なドレス姿でテーブルに付いている。
今日お声がけをした時、ご本人はかなり渋っておられたそうだが、未来の公爵夫人にはいい勉強よと、ウィステリア様に無理やりお屋敷から追いやられてしまったんだとか。
ウィステリア様、グッジョブです!
「大変というか、未だにどうしてこうなってしまったのかと……」
リリアナさんからすればスチュワートを卒業すると同時に、生まれ育ったライラック公爵家に仕えるはずが、何故か未来の公爵夫人に迎えられ、そのままずるずると淑女教育と花嫁修行を送る毎日に突入してしまったんだとか。
まぁ、いきなり学園の卒業と同時に婚約が決まり、メイドから良家のご婦人に変わってしまったんだから、今の状況に戸惑ってしまうのは当然であろう。
「まぁ、男爵家の立場としてはライラック公爵家と繋がりが持てたことは喜ばしいのですが、私個人としてはリリアナ様の心情は痛いほど理解出来ますから」
イリアさんにすれば男爵家とそうでない時の両方を体験している上、授業の一環でメイドという立場を体験し、貴族社会の陰険なイジメまで経験しているのだから、この中ではリリアナさんの心情は一番理解出来てしまうのだろう。
「あの、出来ればそのリリアナ様という呼び方は……」
「あら、ごめんなさい。悪気があったわけでなないんですが、貴族社会に浸かっているとどうも他人行儀な話し方になってしまって。
リリアナさま……リリアナの話しはクリスタータ領でも噂になっているんですのよ。それで皆さんがリリアナ様と呼んでいるものですから、つい私まで移ってしまって。ごめんなさいね」
リリアナさんの言葉にイリアさんが申し訳なさそうに訂正する。
私だってルテアちゃんやリコちゃん達と親しげに呼び合っているけど、これは昔私たちの間で決めたルールであって、世間一般では全く通用しない。
貴族社会は言わば階級社会、どんな経緯があったとしても男爵家の人間であるイリアさんが、最上級貴族である公爵家の人間を呼び捨てにしているなど、見知らぬ人が聞けば大変な大騒ぎになってしまうだろう。
「それは仕方がないわよ、クリスタータ領はライラック領の隣でしょ? ただでさえ公爵領は他領から好意の目で見られるんだから、領民達がリリアナ様と呼び、それに伴いイリアも様づけで呼ぶのは当然の結果よ」
「ミリアリア様にそう言ってただけると……それにしてもすっかり立場が逆転してしまいましたわね」
イリアさんがフォローしてくれたミリィに感謝しながら、少し砕けた喋り方でリリアナさんに話しを振る。
「イ、イリアさんまで冗談はよしてください。私とは今まで通り接して頂いて構いませんから」
まぁ、リリアナさんからすればその気持ちは十分理解できるが、イリアさんの立場からすれば中々難しい注文ではないだろうか。
「しかしそれでは……」
「非公式の場でならそれでいいんじゃない? リリアナも公式の場に関しては諦めなさい。イリアにもイリアの立場があるんだからね」
リリアナさんが一瞬私を羨ましそうに見つめた後、ミリィの言葉に納得するよう返事をする。
って、リリアナさんは知らないかもだけど、私だって公式の場ではちゃんと恥ずかしくないよう振る舞っているんだよ! 時々……たまに……普通に呼び合っている時もあるけれど……
「申し訳ございません、遅くなりました」
リリアナさんとの問題がひと段落し、近況の身内話に華をさかしていると、ロイヤルメイドのメイド服に身を包んだココリナちゃんが、これまた熟練されたメイドの動きでやってくる。
「お久しぶり、ココリナさん。随分見違えましたわよ」
「ありがとうございますイリア様。イリア様の方こそお変わりの無いようでで安心いたしました」
お互い社交辞令のような堅苦しい挨拶を交わしあう。だけど、その表情は学生時代のように笑顔がうかんでいる。
「エレノア、ココリナが来てくれたから後は任せて全員下がってくれていいわよ」
ミリィがココリナちゃんの立場を察してエレノアさん達を下がらせる。
ココリナちゃんからすれば自分の教育係であるエレノアさんには頭が上がらないし、他のメイドさんは全員が全員先輩という立場になってしまう。
そんなところでは親しげに昔話に華を咲かすのは難しいだろうとの配慮だろう。エレノアさん達もその辺りは理解しているのか、ココリナちゃんに小声で「楽しんでらっしゃい」と告げると、そのままメイドさん達を引き連れお屋敷の方へと去っていく。
「さて、邪魔者は居なくなったし、ここからは昔のように砕けた話し方で構わないわよ」
「もうミリィは乱暴だなぁ、ココリナちゃんも一緒に座って話そうよ」
これもミリィなりの気遣いなんだろう。
「ありがとうアリスちゃん。でも給仕とかしなきゃいけないから私はこのままでいいよ。気持ちだけもらっておくね」
ココリナちゃんの立場からすればこの返答は正しいのだろう。今は学生時代のように学んでいるのではなく、ココリナちゃんは正式に雇われたメイドさんなのだ。しかも今は昔の同級生とはいえ、私たちが招いた客人を迎えている。そんな中に一人メイドの立場であるココリナちゃんが同じテーブルに着くのも、やはり気が引けてしまうのだろう。
結局私たち4人がテーブルにつき、ココリナちゃんが給仕をしながら会話に参加する。
だけどその会話のやり取りは学生時代のそれと何一つ変わらなかった。
「……でね、結局デイジーったらアリスを見るなりすっかり怯えちゃって、今じゃすっかり大人しくなっているわよ」
「あのデイジーがですか? よほど王妃様のご指導が身にしみたんでしょうね」
他愛も無い、女子トークに華を咲かせていると、ふと思い出したかのようにイリアさんが訪ねてくる。
「そう言えば、デイジーの事で思い出しましたがそろそろでしたわよね? 学園社交界。今年は開催されるのですか?」
「まぁ今のところはね。本来なら隣国との戦争中に不謹慎かもしれないけど、今じゃ向こうの兵がすっかり戦意喪失してるって話だから、別に問題ないんじゃないかって流れになっているのよ」
昨年の秋頃から続いているドゥーベとの戦争は、現在大した衝突もないまま終盤に近づいている言う。
向こうからすれば攻めても攻めても砦は落とせず、寒い冬の間に気力兵力共に低下し、更に届くはずであろう物資も、何故かここ数ヶ月まったくなんの補給も見受けられないんだとか。
その為今はレガリアから第三国に仲介を頼みながら、休戦協定の話が進んでいるらしい。
レガリアとしては下手に攻め込み、要らぬ国民感情の標的と、ドゥーベ側の国内事情に巻き込まれたくないというのが本音らしい。
「学園社交界が行われるんでしたら、皆さんのご指定の侍女たちはどうされるので? スチュワートにはもうココリナさんやカトレアさんは居られないのですから」
確かにイリアさんのいう通り、昨年・一昨年共にミリィは私やココリナちゃんを指定していたし、ルテアちゃんはカトレアさんを指定していた。
だけど今年はまだそういった話はしていないので、イリアさんも気になってしまったのだろう。
「えへへ、実は私はもう決めてる子がいるんだ」
「アリスが、ですか? それは一体……?」
ヴィクトリアに編入して以来ずっと決めていた。もし学園社交界で私が侍女役に指名するならあの子にしようって。
「私だって狙っていたのよ、でも結局アリスとのジャンケンで負けちゃったのよ」
「ジャンケン……ですか? するとお二人のお知り合いって事なんでしょうか?」
ジャンケンという庶民の言葉に聴きなれなかったのか、イリアさんが不思議そうな表情を浮かべるも、私たちの知り合いの子という方に興味が行ったのか、深く追求しようとはしなかった。
「まぁ、知り合いって訳じゃないのよ。私もアリスも直接あった訳じゃないからね」
「それじゃ一体……?」
私とミリィはお互いニヤニヤした表情で見つめ合い、イリアさんは一人疑問を浮かべ、リリアナさんは可哀想な表情でココリナちゃんを見つめている。
そしてココリナちゃんはと言うと、なぜか一人微妙な表情で苦笑いをするのだった。
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