第57話 海だ水着だ精霊だ(後編)

 バッシャバッシャ

「ちょっ、ココリナさん、やめてください」

「ダメですよイリアさん、それー」

 バッシャッ!

 遠くの方でココリナちゃん達の楽しそうな声が聞こえて来る。


「リリアナさんも逃げちゃダメですよー、カトレアさんパフィオさんの逃げ道をを塞いで」

「わ、わかりました」

 バッシャー。

「もうココリナさん、今度はお返しです」

 バッシャー。

 あははは。


 白い砂浜に押し寄せる海水を、私を除くヴィクトリアの5人が楽しそうに水の掛け合いをして遊んでいる。

 花柄で上下が繋がったワンピースタイプの水着を着たココリナちゃんと、同じく青色をベースした、ワンピースタイプの水着を着たカトレアさんで結成された平民シスターズ。それに対抗するは上下が分かれているホルスタータイプの水着を着たパフィオさんと、ビキニ姿に裾の長いカーディガンを羽織ったイリアさん、そして何故か平民シスターズのメンバーから外されたリリアナさんが、可愛いリボンがデザインされたタンクトップビキニの姿で迎え撃つ。

 因みにイリアさん達のチーム名はスチュワートご令嬢組、略して星組。ココリナちゃん達にチーム名があって、イリアさんのチームに名前がないのは不便だか私が命名した。

 どこをどうやっって略したら星組になるのと疑問に思ったあなた! そこはツッコんだら負けなんだからね!


……コホン、数の上では平民シスターズ側が不利ではあるが、そこは貴族としての嗜みがイリアさん達の行動を妨げ、数の有利をものともしない攻防が繰り広げられていた。

 このまま行けば勝利するのは平民シスターズだと思われたが、皆んなの予想を大きく裏切り、イリアさんの猛反撃によって次第に勢いを増していく星組。そもそも勝利条件もなければ只の水の掛け合いに勝ち負けがあるのかと、各方面から総ツッコをされそうだが、そこは参加出来ずにいる可哀想な私の妄想の中だけなのだから見逃して欲しい。

 うぅ、私もあの中に加わりたいよぉ


「念を押すようだけど、アリスは日陰から出ちゃダメよ」

 うぅ……

 まるで私の心を読んだかのように今にも飛び出しそうなところを、背中部分でクロスさせたストラップ型のビキニを着たミリィが釘をさす。


 用事を終えたお義姉様の馬車を見送り、水着に着替え浜辺へとやってきた私たち。そこに設けられた簡易東屋ガゼボの中から、私を含めたミリィ達ヴィクトリア組は浜辺で楽しそうにはしゃぐココリナちゃん達を見つめながら、優雅にお茶を楽しんでいる。


「もう、何で私は行っちゃダメなのー? 折角みんな水着に着替えたって言うのに、これじゃ何時ものお茶会と何も変わっていないじゃない」

 一人、止めるミリィに反論するも返ってくる言葉は否定ばかり。せっかくお義姉様が水着を用意してくださったと言うのに、このカゼボから出る事はもちろん、海に浸かることも許してくれない。


「そんなの言うまでもなくダメに決まっていますわ。アリスの事だからお忘れかもしれませんが、夏が終われば聖誕祭のパーティーがあるのですよ? 日に焼けた肌でドレスなんて着れませんわ」

「そうだね、今回ばかりかミリィちゃんの言う事の方が正しいと思うよ。それにアリスちゃんって肌が弱いでしょ? もし日差しを浴びて肌にシミでもつくっちゃったら、私たちがティアラ様に怒られちゃうよ」

 私が必死に反論するも、クロスホルタービキニにパレオを巻いたリコちゃんと、溢れんばかりの胸を包む、可愛い花柄のビキニを着たルテアちゃんが順番に諌めてくる。

 そらぁ、日に焼けた肌にドレス姿には合わないかもしれないけど、だったらイリアさんやパフィオさんはどうなのよ反論したい。


「仕方ないでしょ、パフィオは夏休み中騎士団の訓練に参加しているから既に焼けてるんだし、イリアはリコのせいで随分吹っ切れちゃってるんだから」

 ミリィの言う通り、パフィオさんとイリアさんは肌が日に焼ける事など一切気にしていないらしく、ココリナちゃんとカトレアさんは肌が黒く焼けるなど普通との事だと言って、今も楽しそうに日差しの下で遊んでいる。


「べ、別に私がイリアに何かをしたと言うわけではありませんわよ」

 リコちゃんはこう言っているが、間違いなくイリアさんを変えてしまったのはリコちゃんであろう。私としてはちょっと悔しい気持ちもするが、友達が良い方へと変わっていくのはやっぱり嬉しい。

 だけどそれとこれとは話が別で、皆んなが楽しそうにハシャグ姿を見て、自分達だけその輪に加われないと言うのはいささか文句を言いたい。


「うぅ、ねぇ、ちょっとだけ、ちょっとだけならいいでしょ? そんなにすぐには焼けないよ」

 浜辺と海水が押し寄せている海辺の違いはあるが、目の前でココリナちゃん達が楽しそうにハシャグ姿を見せられては、ここでじっとしていろと言うの方が無理であろう。っていうか私もあの輪に混ざりたい。


「いいの? アリスちゃん。パーティーでジークに肌の焼けた姿を見せちゃうことになるんだよ」

「そうね、アリスは特に肌が白いから水着の線がクッキリと残ってしまうわね」

「うぅぅ」

 私だって淡い恋心を抱く年頃の女の子。好きな人の事を考えると心の中で大きくブレーキを掛ける音が鳴り響く。

「二人の意地悪ぅ」

 私が今着ているのは紺色のスクールタイプという水着。

 たしかのみんなの言う通り、この水着じゃ肩の線がクッキリと残ってしまうだろう。だったら肩紐のないタイプを選べばといいたところではあるが、そこは何故か私のだけ事前に決められていたららしく、胸元とに東の島国の文字で大きく「ありす」と書かれている。

 これって私じゃなくルテアちゃんの方が似合うんじゃないと思ったけど、「ルテアの胸じゃこれは着れないでしょ」っと、ミリィに一蹴されてしまった。

 ルテアちゃんって私と同じように子供っぽい体型をしてるけど、胸だけは私たちの中で一番発達してるんだよね。本人は肩がこったりオーダーでないと着れるドレスがないとか文句を言ってるけど、それってある意味貧乳の私……コホン、ミリィに失礼だよね。


「とにかく今回は諦めなさい。日傘をさして浜辺を歩く事ぐらいならいいけど、海水に浸かったり水の掛け合いなんかは絶対ダメよ。ただでさえ肌が弱いっていうのに、海水なんかに触れでもすれば肌が荒れちゃうわよ」

「うぅぅ、もう分かったよぉー。そんなにも皆んなで虐めなくてもいいじゃない。ミリィのペチャパイ。ぐすん」

「ペ、ペチャパイ……」

 何時迄も言われっぱなしって嫌だもんね。ちょっと仕返しのつもりで口にした言葉でルテアちゃんとリコちゃんが必死に笑いを我慢し、ミリィは一人ダメージを受けていた。


「ふふ、アリス、幾らなんでもそれは……ふふ、ミリィに失礼ですわよ」

「あはは、アリスちゃん、それはちょっと可哀想だよ。あはは」

 大人っぽいリコちゃんもルテアちゃんに負けるとはいえ、それなりの膨らみはあるからね。ここは余裕の笑みを浮かべながらルテアちゃんと一緒に私に注意してくる。


「あ、あんた達ね……私だって好きでペチャパイになったんじゃないわよ! ちょっと自分達だけ胸があると思って、第一アリスだって私とそれほど大差がないでしょ!」

「あ、あるもん! 私の方がちょっぴり大きいもん」

 思わぬ反撃を受けミリィに対抗するよう胸を大きくそらす。


「ほら、こうやって寄せて上げれば私の方が上だもん」

「わ、私だって寄せて上げればそれぐらい」

 フンッ!

 二人で向かい合いながら必死に両手で胸を強調し合う。

 そこ! 醜い争いだと言うなかれ。本人たちは必死なんだからね!


「あまり変わりませんわね」

「うん、変わらないね」

 うぅ、しくしく。

 果たしてこの無情の戦いに意味があったのか、自分からふったものの共に深いダメージを負った私たち。


「ごめんミリィ、私が悪かったよ」

「そうね、私も悪かったわ。あまりにも今回の敵が強力すぎたのよ」

 ルテアちゃん達の余裕の笑みの前で、私たちはいつしかお互いを支え合う。

 フッ、全く虚しい戦いだったよ。


「全く、相変わらずお二人は仲がよろしいですわね」ポヨン

「ホントそうだね、ちょっと二人が羨ましいよ」ポヨヨン

「「……」」

 まるで私たちに見せつけるかのように軽やかに弾むスイカとメロン。


「わ、私はちょっと気分展開にちょっとココリナたちに加勢してくるわ」

「ちょっ、一人で逃げないでミリィ!」

 そうミリィは一言言い残し、まるでルテアちゃん達の胸から逃げるようにココリナちゃん達の方へと駆けていく。


「アリスちゃんは行っちゃダメだよ」

「えぇ、アリスは行ってはダメです」

「な、何でよ。ミリィは行っちゃったじゃない」

 王女であるミリィが良くて、私だけダメって酷くない?

「ミリィはいいんです。止めても聞きませんから」

「だね、それにミリィちゃんって肌が強いから余り焼けないんだよ」

「うぅ、ひどいよぉー、私もあそびたいよぉー」

 海辺では平民シスターズに加わったミリィがハシャギながらイリアさん達に水を掛けまくっている。


「私もいきたいぃーー」

「ダメったらダメです」

「私も今回ばかりはダメだと思うなぁ」

 もう、二人共ひどい!


「よーし、こうなったらここから皆んなに加わっちゃうもんね」

「えっ?」

「ア、アリスちゃん?」

「精霊さん、いっくよーー!」

 二人が止める間もなく、掛け声と共に精霊さん達にお願いする。


 どっばーーーーん!!


「「「「「「きゃーーーー」」」」」」

「あ、やりすぎちゃった」

 大きな水しぶきと共に上空に吹き飛ばされていくミリィ達。

「ちょっ、一体何を!?」

「キャー、カトレアさん達が!」

 様子を見ていた二人が目の前の惨状に大慌て。


「風の精霊さん、お願いー」

 すぐさま落下していくミリィたちを、風の精霊さん達にお願いして水面に落ちる寸前で受け止める。

「ごめーん、失敗しちゃった」

 柔らかな風がクッションとなってそっと下ろしたので、怪我どころかかすり傷一つも付いていないはず。

 うん、さすが私。アフターフォローもバッチリだね。

 だけど……


「あ、あれ……ちょっと皆んな……?」

 見れば髪の毛から全身ズボ濡れのミリィ達が、私を恨むように見つめながら近づいてくる。

「アーリースぅー」

「あはは、ごめんミリィやりすぎちゃった。えへ」

「やっておしまい!」

「「「「「了解!!」」」」」

 その後ココリナちゃん達の手によって、浜辺に顔だけを出して全身全部を埋められた私の隣で、優雅にお昼を楽しむ皆んながいました。

 ぐすん、私が作ったサンドウィッチなのにぃー。

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