第48話 社交界に秘められた闇(2)
くそっ、何一つ面白くねぇ。
ヴィクトリア学園に通い出してから4年目。
再婚同士の両親が離縁した事は公には発表されてはいないが、さすがに2年も経つと何処からか話が漏れ、今じゃすっかりクリスタータ家の次男という肩書きがなんの役にも立たなくなってしまった。
これも全て彼奴のせいだ、親が再婚したからといって兄貴ぶりやがって。
第一あのいけ好かない態度がムカつくんだよ、何が妹を虐めるのは良くないだ。あれは虐めなんかじゃなく教育だっつってんだろうが。
それなのにイリアのことばかり可愛がりやがって、兄だ兄弟だと言うのならもっと俺たちにも貢げってんだ。姉貴もイリアだけいい思いをしやがってと毎日荒れていたというのに。
まぁ、一番いい思いをしていたのはおふくろなんだが、流石に親に当る程俺も姉貴もそこまで悪ぶっちゃいねぇ。イリアの教育費だっといって渡された学費を、母親が率先して奪ったのはどうかとも思ったが、これも一番下として生まれてきたのだから、運命だと思って諦めろという事だろう。しかし、一番彼奴らに可愛がられていたイリアが、惨めにスチュワートなんかに通っていると知ればどう反応するだろうか。
気づかれれば直ぐにでも何らかの制裁を受けるか分からないので、結局彼奴らの驚く姿は見れないのは残念だがな。
それにしても学園社交界だぁ? おふくろや姉貴が彼方此方のパーティーで男を漁っているせいで、この俺にまで要らぬ噂が立ってしまい、今じゃ学園の中でものけ者扱い。男爵家という名前がなくなってしまった俺じゃ、このまま卒業しても恐らく誰からも相手にされないだろう。俺は自分が置かれた状況を悲観するつもりもなければ、間違いをするほどバカでもねぇからな。
とにかく今、望みがあるとすれば昨年と今年に入った何も知らない無知な女ども。幸い1・2年生には優良物件が勢ぞろいしているので、キッカケさえあれば逆玉を狙う事も難しくはないだろう。
昨年はまだ、俺を男爵家の人間だと信じきっていたバカな女どもがいたお陰で、乳臭いガキどもを相手にしていなかったが、こんな事になるんだったらもっと早く適当な物件を確保しておくんだったと後悔したもんだ。
俺がこの学園に居られるのも今年で最後。このパーティーである程度の目安をつけ、隙あらば行けるところまでいけば問題ないだろう。
さっきはくだらない授業だとは言ったが、よくよく考えてみれば俺の為に用意されたようなもんじゃねぇか。それじゃまずはじっくりと物件を見定めさだめて、楽しませてもらうとするか。
ん? あれは……
一人手頃な女を探しながら会場内を歩いていると、遠くで見える姿は妹のイリア。
まぁ予定とは少々違うが、彼奴を揶揄って気晴らしをするのも悪くないかもしれない。たまには俺も気分転換しなければならないからな。
さて、久々に揶揄うならどんな惨めな姿にさせてやろうかと、考えながら近づくも、行く先に見えるのは二人のご令嬢。
一人は確かブルースター家の娘。親の爵位は子爵だったが、本人は昨年何かの失敗で親兄妹から見放され、正当な跡取りでもある兄貴がいたはずなので、物件としては無いよりマシ的な程度。遊ぶぐらいなら構わないが、今の状況で2年生の間に俺の変な噂がたっては意味がない。ここはできれば上物に目標を定め一発逆転を狙いたいところ。
そしてもう一人は……
おいおいマジかよ、あれはアルフレート家の一人娘じゃねぇか。
アルフレート家と言えば今の国王の従兄弟にあたり、爵位も上級貴族である侯爵家。おまけに跡取りとなる男児がいない関係で、娘の旦那になれば屋敷と爵位が同時に転がって入って来やがる優良物件だ。
そう言えば昨年、イリアが一週間ほど授業の一環だといってアルフレート家に出向いていた事があったか。当時はメイドの真似事なんてさせられてとバカにしていたが、いやいやちゃんと俺の役に立とうとしているじぇねぇか。
よし、軽く会話を弾ましてから何処か人目のつかない場所で口説き落とすか。邪魔が入ってはまずいから、イリアに見張りでもさせている間に行けるところまで行き、あわよくば肉体的な関係まで持っていけば釣りが来るってもんだ。
噂じゃアルフレート家の娘は堅物だと聞いているが、俺に言わせればああいうガキほどちょっと話を合わせ、軽く体に触れてやるだけでコロッと落ちる扱いやすいタイプだ。
今では同学年の生徒からは相手にされていないが、これでも以前は同時に10人の女を落としたのは俺の自慢でもある。
さて、アルフレート家のお嬢ちゃんはどれだけで落ちるだろうか。出来ればじっくりと楽しませて欲しいところではあるが、時間をかけすぎて他の男に取られては元も子もねぇからな。
ふふ、それじゃ早速遊ばせてもらうとするか。
そして俺は足を進める。
軽く襟筋を整え、紳士という仮面をつけながら……。
「……そうですか、そのような事が。さぞ妹がご迷惑をおかけした事でしょう」
「……」
私は一体何をしているんだろう。
兄に見つかり、私をダシにリコリス様を危険に晒してしまっている。
それなのに、救いの言葉をかけるどころかまともに二人の顔を見る事すら出来ずにいる。
数分前、兄が突然現れたかと思うと親しげにリコリス様に話しかけ、見事とも言える言葉回しで、会場の隅にあるテーブルまで誘導されてしまった。
女癖が悪く性格が異常とも言える兄だが、外見は悪くなく言葉遣いさえ気をつければ、半数以上の女性からは好意的な態度を示されるだろう。
リコリス様がそこまで軽い女性だとは思ってはいないが、彼女の純粋な心は私の兄という事で警戒心を解き、今では笑顔すら見せてしまっている。
もしかすると私の事を気遣っての対応かもしれないが、そのせいで自らを危険に晒しているということがまるで分かっていない。
なんとか兄とリコリス様を離す方法を見つけなければならないだだが、先ほどから兄の会話の合間に私への牽制が見え隠れし、思うように体が動かない。
なんて私は非力なんだろう。何も知らないときはアリスさん達にあんなにも理不尽に振舞っていたというのに。
私に出来る事があるとすれば、兄から受け取った飲み物の入ったグラスをテーブルに置き、茶番ともとれる言葉あそびにただ耳をすませるだけ。
声を抗える事もできず、大切な友人を救う事も出来ずに私の心は沈んでいく。
「いいえ、イリアの働きぶり大したものでございましたわ。このままお屋敷に来てもらいたいとメイド長も申しておりました。
まぁ、実際のところ難しい事は分かっておりますが、出来る事なら私の付き人として迎え入れたいと本気で思っていたくらいです」
ふと何気ない会話の端に出てきた言葉に我に帰る。そこまでリコリス様はそこまで私の事を買ってくださっているんだと思うと、嬉しさのあまり舞い上がりたい気持ちが込み上げてくる。
だけどリコリス様は恐らくこう言っているんだ。如何に私が優秀であろうが、侯爵家のメイドとして迎え入れる事は到底不可能なのだと。
それはそうだろう、聞いた話では今までスチュワートからいきなり公爵家や侯爵家に雇い入れてもらったと言う記録は無いし、私がリコリス様のお屋敷に出向いた理由だって、本当のところはアリスさん絡みの口止めであろう。
そのぐらい私にだってわかっている。面として言われた訳ではないが、あれは言わば面接的なもので、適正をもっていないと判断されていれば、恐らく私は今この場に居なかったであろう。国を繁栄させるというのは、綺麗事だけでは済まされないのだ。
「なるほど、妹はそこまでリコリス様のお役に立てたのですね。私は兄として自分の妹が誇らしいですよ。ははは」
何を白々しい、私のことなんて間違っても誇らしい等と一度も思ったことがない筈なのに。
昔から兄の外面だけは完璧だった。それは母や姉に対しても言えるのだけれど、二人の外面は異性のみで、同じ女性からは男に尻尾を振る醜い女としか映らない。だけど兄は必要とあらば同性に対しても紳士に振舞って見せるし、他人を騙すことに罪悪感を微塵も感じていない。
そんな兄を見抜き、唯一歯止めが出来ていたのは義理の兄だったと言うのに、クリスタータ家を出てからは止められる人がおらず、たった2年という短い期間で、兄に騙された子息子女は両手の指では到底収まらないだろう。
「私からも一つお尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「なんでしょう? 私に答えられることなら何でもお答えしますよ」
このテーブルに着いてからどれぐらい時間が経過したのだろう。もしかして私が長いと感じているだけで、それほど時間は経っていないのかもしれないが、兄の話が途切れたタイミングを見計らい、今度はリコリス様が質問を繰り出してきた。
「フェリクス様はヴィクトリアに通われているようですが、何故妹のイリアだけはスチュワートに通われているので?」
ピクッ
リコリス様の言葉に私が、そして同時に兄が反応する。
リコリス様に私の置かれた現状を説明した覚えは全くない。以前パフィオさんから私の置かれた状況で警告されたことがあったので、もしかするとミリアリア王女からなんらかの話は聞いている可能性はあるが、今となっては確認のしようがない。
いや、この質問を繰り出すと言うことは私の置かれた状況を把握していない? もし知っていればわざわざクリスタータ家から援助してもらえず、惨めな目にあってしまった私を、これ以上辱めるようなセリフは言わないだろう。少なくともリコリス様が他人を辱めるような行為はしないと断言できる。
ならば、その真意は私の事を気遣っての事? いやいや、貴族間では暗黙のルールとして他家のお家事情には首をつっこまない事が常識だ。ご婦人方の茶会に華を咲かすような噂話はあっても、面として尋ねるなど聞いた事がない。それも権力的に強い力をもつ侯爵家のご令嬢との言葉となると、強制的に包み隠さず喋れと脅しているようなもの。
流石の兄もこの返答にはどう答えるか迷っているのだろう。
兄からすれば自分は男爵家の人間として通したいところなのだろうが、リコリス様がそれらの事を知っているかも分からず、返答次第では名もない貴族がお近づきになりたく近寄ってきたとも取られかねない。
いままでの私を知っている兄からすれば、私の口から男爵家の人間ではないという言葉が飛び出しているとは考えないだろうし、嘘だと分かった時点で全ての計画は終わってしまう。
もし兄が苦し紛れにお金の都合で仕方なく、なんて答えようものなら一発で嘘だと見抜かれるだろう。仮にも男爵の爵位を与えられているクリスタータ家が、子供をメイドに仕立てるなど有り得ないし、少し調べれば生活が苦しくない事も分かる筈。
私としては兄がここで墓穴をほり、リコリス様が言葉の嘘を見抜いてもらえれば全てが解決する。
如何に私の兄だからとはいえ、嘘を付く人間にリコリス様が関心を持つとも思えないし、これをキッカケに言葉の裏に秘めた野望にも気づいてもらえるかもしれない。
私は淡い希望を抱いて兄の言葉を待つのだった。
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