第46話 またまたやって来た学園社交界

「アリスお姉様ぁー」ぱふっ

 勢いよく私の名前を呼びながら胸へとダイブしてきたのは、言わずと知れたユミナちゃん。

 一学期も残すところ僅かとなった頃、二校最大のイベントととも言える学園社交界が始まった。


 私たちスチュワートの二年生にとっては最後となる学園社交界だが、今年はミリィの支度役……ではなく、音楽隊のピアノ伴奏として最初から参加する事となっている。

「ユミナちゃん、そんなに勢いよく飛びつくとドレスにシワが寄っちゃうよ」

 今日の私は薄いブルーに大きなリボンが施された可愛いドレス姿。一方私の胸にすっぽりと収まっているユミナちゃんは、淡いピンク色の生地にフリルがふんだんに使われた可愛いドレス。

 もはや練習時からお馴染みに光景なので、音楽隊のメンバーからは温かな目で見つめられている。


「大丈夫です、その点はちゃんと計算して飛びついてますから」

 私の回答にとびっきりの笑顔で応えてくれるけど、そんな自信満々に言う事でもない気がしないでもないが……。まぁ、私としてもユミナちゃんは可愛い妹のような存在なので、慕って抱きついてくるのは嫌ではない。

 『アリスちゃんは抱きつきやすいんだよー』とはココリナちゃんの言葉。


 ここで少し説明しておくと、ユミナちゃんは一年生ながらも音楽隊に自ら立候補し、見事試験に合格。晴れて音楽隊のメンバーとなった。

 と、これだけ言えば並みいる強敵を下し、難しい試験に合格したかに聞こえるが、実際のところ音楽隊に入りたいという人は少なく、また子息淑女の嗜みとして何らかの楽器を学んでいる事は、ヴィクトリアの生徒にとっては至極当然。

 あとは皆んなで練習して上手くなっていけばいいじゃないという事で、寧ろ来るものは拒まずの姿勢が取られているらしい。


「はいはい、じゃれ合うのは良いけどもうすぐ本番が始まるわよ。それじゃ一度通しで音出しを始めましょ」

 そう言って今年の音楽隊リーダーを任された先輩の元、リハーサルを始めるのだった。






 またこの憂鬱になるイベントがやってきてしまった。

 昨年はアリスさんに助けられ、その後も良い意味で振り回された一年だったけど、私が置かれた状況は一年前と何一つとして変わってはない。

 いや、唯一変わった事があるとすればそれは私自身の心の中の気持ち。必死に積み上げたプライドという壁を、軽々と飛び越え私の中へと入ってきたかと思うと、油断させ内側から木っ端微塵に壁を取り壊し、更にご丁寧に外の世界への橋まで掛けてしまったのだから、お見事としか言いようがない。

 それも本人は無意識のうちにやっているのだから、今まで強がっていた自分がバカバカしくなってしまうというもの。全く、改めて思うとなんて恐ろしい子に喧嘩を売ろうとしていたのかと、今更ながら鳥肌がたってしまう。


「あら、誰かと思えばイリアさんじゃありませんか。昨年と同じお衣装ですからすぐに分かりましたわ」

 白々しく声を掛けてきたのはやはりと言うべきデイジー。私としては一番会いたくない人物なので、なるべく気づかれないよう慎重に行動していたというのに、物の見事に見つけ声をかけてくるのだから、索敵スキルでもあるんじゃないかと本気で考えてしまう。

「お久しぶりですデイジー、私に何かご用でしょうか?」

 何だろう、自分でも思っていた以上にすんなりと言葉が飛び出し、余裕すらも感じられる。

 一年前の私ならドレスを批判された事に抗議するなり、無理に肩肘を張って背伸びしようかと言うのに、今はすんなりデイジーの嫌味が受け止められ、純粋な気持ちで対応できる。

 あぁ、これも彼女にプライドと言う壁を完膚なきまで叩き壊された結果なのだろう。余りにも強大な周りに囲まれては、貴族や爵位等は大した意味もなさないことはこの身を持て体験している。

 私の背後にはアリスさんの影響力がある、なんて考えは持っていないが、今じゃ恐怖体験のお陰様で一歩下がって冷静な目で見つめる事が出来ている。


「まぁ、何かご用か、ですって。この私が話しかけてあげていると言うのに何て言い方かしら」

 はぁ、この人は相変わらず成長しない人だなと思えてくる。

 風の噂では家名に泥を塗ったと言う事で、学園を休学して自宅で再教育受けさせられていたと聞いているし、お友達でもあるガーベラはヴィクトリアを辞めさせられ、地方の学園へと飛ばされたと聞く。

 今じゃ嘗ての威厳は失われ、周りからも相手にされていないと聞いているので、わざわざ私なんかにちょっかいを出し、ちっぽけなプライドに満足しようとしているのだから、こちらとしてはたまったもんじゃない。


「申し訳ございません。子爵家のご令嬢であるデイジー様が、私のような者に声をかけて頂けるとは思ってもいませんでしたので」

「あら、随分と物分かりが良くなってきたじゃない。そういう態度を見せていれば、私としても昔のように仲良くして差し上げてもよろしくてよ」

 こちらとしては多少皮肉を込めて言ったつもりが、どうやら彼女にしてみれば私が下手に出たとでも思っているのだろう。本音のところは寂しさの余り、付き従えられる便利な子を探していたのだろうが、生憎そんな気はサラサラないし喜んで仲良くなりたいとも思ってはいない。


「そうそう、この後ジーク様のところへ行くつもりなのだけど、貴女が望むなら一緒に連れて行ってあげてもいいわよ」

 何を今更……前々からジーク様と仲がいい事をしきりに周りに言いふらしていたが、妹であるユミナ様に嫌われてからは一歩も近づけないと聞いている。

 そもそもジーク様の好きな方はアリスさんであり、アリスさんもまたジーク様の事を意識している。

 まぁ、どれもココリナさんやリコリス様からの情報なのだけれど、もしかしてデイジーさんはこの事を知らないんだろうか?

 私としてはワザワザ彼女に手を貸すだとか、親切に教えてあげる義理もないので、ここはアリスさんの恥ずかしがる姿と、デイジーの悔しがる姿を第三者として面白可笑しく見学させてもらう。

 このぐらい、私を無理やり変えさせられた代償として許されてもいいわよね?


「申し訳ございませんがこの後お約束がございますので、丁重にお断りさせていただきます」

「まぁ! この私の誘いを断って他の約束を優先するですって!?」

 まさか私から断れるとは思ってもいなかったのか、多少声を高くして抗議の言葉を送ってくる。

「一体どなたですの? この私より優先させなければならない相手と言うのは。まさか適当に誤魔化そうとでも思っているんじゃないわよね。大体ヴィクトリアのパーティーで、貴女なんかを誘う相手なんかいるわけがないじゃない」

 はぁ、ついつい本日何度目かのため息が漏れてしまう。

 この人は一体自分を何様だと思っているのだろうか、この催しはヴィクトリアの為だけではない事は衆知の事実だし、幾ら子爵家の娘だからと言って今のデイジーに喜んで尻尾を振る子もまずいない。

 現在スチュワートに通っている私に、このパーティーで知り合いなんていないと思うのは当然かもしれないが、残念ながらその考えはハズレ。私としては是非是非ご遠慮したい方々ではあるが、中でも裏表がないあの人とは妙に気が合い、一緒にいる事に楽しみすら感じてしまっている。

 まったく、これもアリス病にかかってしまったせいね。


「さぁ言ってみなさい、誰と約束をしているというの。どうせその場限りの嘘なんでしょ!」

 さてどうしたものか。ここであの方達の名前を出せば、いかにデイジーであろうと一目散に逃げるだろうが、このようなくだらない事で巻き込んでしまうのも本意ではない。

 ここは彼女の天敵であろうアリスさんの名前を出せば解決するのだろうが、生憎と音楽隊でピアノ伴奏をしているのだから、逆に付け上がられてしまうのは目に見えている。やはり正直にあの方々の名前を出して早々と退散してもらうのが手っ取り早いか。

 そう一人で考えていると。


「私の友達に対して嘘つきとは聞き捨てならないわね」

 背後からやってこられたのは、この後お会いする予定の一人であるリコリス様。私がゲストとしてパーティーに参加する事が分かってから、アリスさんが余計なお節介……コホン、気を使ってくださり、ミリアリア王女様達とご一緒する事が私の知らぬ間に決められていた。

 こんな事なら同じく巻き込まれる恐れがあったパフィオさんのように、ここ連日のように逃げまわるんだったと後悔したものだ。

 まぁ、どちらにせよ、あのアリスさんから無事に逃げ出せる訳もなく、結局何処かでミリアリア王女様達とご一緒する羽目になるのだろうけど。


「リ、リ、リコリス様!?」

 突然の侯爵令嬢様のご登場で声が裏返ってしまっているデイジー。余程以前の出来事がトラウマにでもなっているのか、見ている私でも可哀想になるぐらい完全に動揺してしまっている。

「なななな、なんで貴女がこのパーティーに!?」

 何を言っているんだこの子は。貴女と同じヴィクトリの生徒なのだから、このパーティーに参加している方が普通であろうに。そんな事にも頭が回らないまでに追い込まれているという事なのだろう。


「むしろ私の方が聞きたいですわね、なぜ貴女のような礼儀知らずの方がこのパーティーに参加されているので?

 あぁ、そう言えばこのパーティーは貴女のような方に礼儀を教える為の授業でしたわね。私とした事がうっかり忘れておりましたわ。けれど、必要最低限のマナーは身につけてから参加される方がよろしいかとは思いますけどね」

 あはは、さすが毒舌というべきリコリス様のお言葉だ。私としてはその裏に隠された彼女の可愛らしさを知ってしまっているので、怖いという感覚は一切感じない。

 けれど何も知らない人たちからすればその背に背負う家名と、厳しいともとれる言葉から恐怖を感じてしまうのではないだろうか。とくにデイジーに関してはこれで以前失敗しているのだから効果は覿面てきめん


「いや、これは……その……」

 正に圧巻、デイジーのような小物では到底太刀打ちできる人物相手ではなく、多少同情する気持ちも出てくるが、スッキリとした気持ちもまた否定できない。

 あとはこのままデイジーが逃げ出すか、彼女の事など放っていてミリアリア様達がおられる待ち合わせ場所まで向かうかなのだが、ここに思いもよらない人物が乱入してきた。


「もしやアルフレート侯爵家のご令嬢、リコリス様ではございませんか?」

 ビクッ

「……どなたかしら?」

「申し遅れました、私はイリアの兄。フェリクス・クリスタータと申します」

 その人物に、私はただ恐怖と絶望に打ちひしがれるのだった。

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