第22話 意地悪ご令嬢の苦難(後半)

「お疲れ様アリス、報告は受けているよ」

 生徒会室に入るなり声を掛けてくれたのは生徒会長であるお義兄様。その他にはエスニア姉様とリリアナさんが居られるだけで、先ほどまでおられた役員の方々の姿はどこにも見えない。


「それにしてもこのメンバーはどうしたんだい?」

 予想外の人数で現れたのが意外だったのだろう、一人一人の顔を確かめながらお義兄様が訪ねて来られる。

 私は簡単な説明をし、イリアさんのドレスに付いた汚れを落とすためにこの部屋を貸してほしいと告げた。


「それは構わないが、この子は?」

「イリアさんです、前にお話をした」

 お義兄様は一言「あぁ」と言っただけですべてを分かってくれたのだろう。イリアさんの事は学校で友達になりたい人だと説明している。

「それじゃちょっと汚れを落としますね」

 そう言うとイリアさんの正面に立ち両手を胸の前で組むと、何故かエスニア様が私の行動を止めにはいる。

「イリアはアリスの友達なのね?」

「? はい、そうですが」

「それじゃこの子は?」

 言葉の意味が分からずただ返事をするが、エスニア様はどうやらデイジーさんの存在が気になったようだ。


「良く知らない人です」

 私の素直な言葉にジークとアストリアは笑いをこらえ、イリアさんはただ目を大きく見開き呆然としている。

 実際名前を名乗り合った訳でもないし、このご令嬢とは知り合いですらない。これでは百歩譲ったところで友達だとは言えないだろう。

「そう、ならば今すぐ出ていきなさい」

「えっ?」

 私の言葉を聞き、つい今まで物凄い怒りの表情をこちらに向けていたと言うのに、エスニア様の言葉でバッサリと切り捨てられ、今は怒ることすら忘れてただ呆れ顔を示すだけ。


「ま、待ってください。何故私が? いえ、何故私だけが出ていかねばならないのですか?」

「それを私が言う必要があって?」

 デイジーさんは慌てて自分を示すが、エスニア様にとってはそんな言葉は通じない。理由すら告げてもらえずあっさりと切り捨てられる。

 デイジーさんも子爵家のご令嬢というのなら、目の前の男性と女性が誰だかは分かっているだろう。迂闊に逆らえばどうなるかは分かるというのに、尚もエスニア様に対して食い下がる。

「で、でしたらこの小娘……いえ、この子はどうなんですか? 私なんかより身分の低い……」

 そこまで言葉を出して、私が公爵家の二人と知り合いだと言う事を思い出したのだろう。完全に言葉を詰まらせ慌てたそぶりを見せてくる。


「小娘、と言うのはアリスの事かい?」

 一瞬デイジーさんが言い間違えた一言に反応したのはお義兄様。いつもは穏やかにされているが、今は表情以外が完全に笑っていない。

 普段はお義母様やお義姉様に振り回されている関係で穏やかにされているが、私達の家族で一番心が読めないのがお義兄様らしい。因みに一番わかりやすいのが血の繋がりのない私だと言う話だが、ここは大いに反論したい。

「い、いえ、その……そんなつもりは……」

 お義兄様から漂うオーラで委縮したのか、先ほどまでの強気な姿勢は完全に消えてしまっている。

「今回は聞かなかった事にしてあげるけど、次からは言葉の使い方には注意するんだね。

 それと君はアリスがここに残る事に理由がほしいみたいだから教えてあげるけど、アリスは僕の大切な義妹だよ。血の繋がりはないけどね」

 この言葉に驚きを示したのはイリアさんとデイジーさん。奥にいるリリアナさんに至っては既にバレている関係で、この成り行きをただ普通に見守っているだけ。


「い、義妹? ま、まさかそんなバカげた話が……」

 信じられないのも仕方がないだろう。私の両親の事を知らない人達からすれば明らかに異常に映ってしまうと、私自身も自覚はある。

「分かったのならサッサと出ていきなさい」

「な、何故ですか!? なぜこの子が王族の……」

 エスニア様は冷たくあしらうも、さらに食い下がるデイジーさん。恐らく子爵家のご令嬢というプライドが許さないのだろう。


「どうしても知りたいと言うのなら話してあげるけど、それなりの覚悟はしてもらうよ」

「か、覚悟……ですか?」

「そう、王家の秘密を知りたいというのだから当然覚悟はしてもらう。ただし確実に今まで生活は送れないと思ってくれ」

 お義兄様の脅しとも言える一言。余程私が小娘と呼ばれた事が気に障ったのか、お義兄様からは珍しい敵意の感情が伝わってくる。

 いやいや、気持ちは嬉しいですが、これ以上大した理由なんてありませんよ。

 だけど更に追い打ちをかけるかのようにエスニア様の言葉が後に続く。

「これがただの脅し、などと甘い考えを抱いているのなら捨てなさい。あなたは生徒会長ではなく、レガリア王国の王子であるエリクシール様から無理やり聞き出そうとしているの。良くて永久投獄、悪くて死罪の覚悟はしておきなさい」

「ひぃ」

 待って待って待って、それはいくらなんでも脅しすぎでしょう。

 エスニア様が放つ雰囲気にデイジーさんが怯え、先ほどまでの威厳さを完全に失ってしまっている。

 お義兄様が私を義妹だと言ってくれたが、ちゃんと血のつながりがないと注釈もつけてくれた。これ以上叩いたところで何も出て来ませんよ。


「もももも、申し訳ございません。ご、ご無礼をお許しください」

「ならばサッサと出ていきなさい。これ以上私たちの機嫌を損なう前にね」

 デイジーさんはエスニア様の言葉で震える足を無理やり動かし、うっすら涙を流しながらも大慌てで部屋を後にしていった。


「あのー、今のは流石にやり過ぎでは?」

「いいのよ、あぁいう子にはこのぐらいは言っておかないと、この先変に勘違いしてしまうと後々面倒でしょ」

 いやいや、デイジーさんの事はどうでもいいが、隣で話を聞いていたイリアさんが完全に震えあがってしまっている。

 私からすればエスニア姉様は優しい印象しかないから、今更怒った姿を見てもなんとも思わないが、それ以外の人たちからすれば、公爵家のご令嬢に次期王妃という肩書きが付いて怖さは倍増だろう。


「まぁ、いいんじゃねぇのか? 元々付いてくるって話だったからな」

「もう、アストリアは相変わらずいい加減だなぁ。もうちょっとジークを見習ってよ」

「いいんだよ、どうせ俺は公爵家の次男だから、ジークのように家名を継ぐ必要もないから気楽させてもらうさ」

 全く、アストリアはいつもこうやって逃げるんだよね。

 普段から軽い性格のアストリアと、寡黙で優しいジークは同じような環境で育った為に非常に仲がいい。

 アストリアはこの軽い性格でよく誤解されるが、根は友達思いの上困っている時は助けてくれたりで、実は幼馴染の中では一番優しいんじゃないかと私は思っている。

 私としてはこんな態度をして周りから誤解されるのが嫌なのに……


「ほら、さっさとこの子のドレスを何とかしないとシミになるんじぇねぇのか?」

 ぶすっとした表情で抗議するも、アストリアの言う通り先にイリアさんのドレスを何とかした方がいいだろう。

「わ・か・り・ま・し・た。取りあえず先にイリアさんのシミを抜いちゃうね」

 再びイリアさんに向かい両手を胸の前で組み、小さく精霊達に呼びかける。

「精霊さん……」


「えっ、これは……何?」

 目の前で起こっている現象を見ていたエスニア様が、私の背後で何やら小さな声で呟やかれる。

「エスニアは見るのが初めて?」

「え、えぇ、話はティアラ様から伺っておりましたが、これは一体何が起こっているんですか? 癒しの奇跡とも、豊穣の祈りとも違う全く別の現象。聖女の力でこんな事が出来るなんて見たことも、聞いたこともありませんわよ」

 聖女の力は基本傷を癒す『癒しの奇跡』と、大地を実らす『豊穣の祈り』の二つだけと言われているので、エスニア様にとっては目の前で起こっている現象が珍しいのだろう。

 私は今、水と風の精霊で汚れを落とし、火と風の精霊で濡れたドレスを乾かし、水と火と風の精霊でドレスのシワを伸ばしている。これらの工程を順番にこなしているので、集まってくれた精霊たちはさぞ大忙しだろう。


「エスニアも聖女の力が使えるんだったよね。僕も詳しくは分からないんだけれど、姉上達の話しではアリスはただ精霊達に話しかけている、らしいよ」

「!?」

 エスニア様が背後におられる関係でその表情までは見えないが、一瞬息を飲み込む気配がしてからは何も言葉は聞こえてこなかった。



 結局ドレスクリーニングが終了した後は、イリアさんはご気分がすぐれないとのことでここで一旦別れ、私はジークとアストリアを連れてミリィ達と合流することになる。

 そこで何故か疲れ切ったココリナちゃんとカトレアさんにジーク達を紹介し、隠れていたらしいパフィオさんをミリィが連れて来て、お茶とダンスを楽しみながら私たちの初めてとなる学園社交界は終了した。

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