第2話 試練

「隊長! ここはもうダメです。隊長だけでもお逃げくださいっ!」


「ならぬ! ここで逃げれば、モンスターたちが王都を荒すのは必定! 絶対に退くな! 密集陣形ファランクスを維持せよ!」


 1万の部隊を指揮するコッシローが声高に叫ぶ。眼前には獰猛なモンスターたちが5千を超える大軍勢と化し、次々と、コッシローが指揮する部隊の兵たちを喰らい続けていた。


 喰らい続ける。それは密集陣形ファランクスを食い破るという比喩ではなく、文字通り、モンスターがその顎を大きく縦に広げ、鋭い牙でニンゲンたちを食いちぎっていたのだ。前線に立つ兵士たちは恐怖により、失禁・失意するモノたちが続出した。


 だが、それでもなんとか戦線を維持できたのはコッシローの鼓舞激励と巧みな戦術の賜物と言えただろう。戦意を挫かれたのか、はたまた、空腹を満たされたのかは不明だが、モンスターの群れは1度大きく後退したのであった。


 コッシローが命を賭して守る王都の名は大陸に住む人々からバンデールの都と呼ばれていた。バンデールはそのまま国名として使われており、ヒト型種族の最後の砦となっていた。


 バンデール国の歴史は1000年以上続いてきていた。だが、バンデール国の周辺は穏やかではなかった。10数年前に、隣国のカシマ―ル国とモガミ国の間で戦争が起こったのである。カシマ―ル国は100年前にエルフ族により建国された歴史的には割と新興国であった。


 対して、モガミ国はドワーフ族が今から500年前に建国した、バンデール国に次いで歴史がある国だった。ドワーフ族とエルフ族は互いを嫌悪してた歴史がある。そもそもとしてエルフ族がカシマ―ル国を建国したのは、ドワーフ族による迫害から身を守るためだったのだ。


 その2国を仲裁してきたのがバンデール国であったのだが、バンデール国の先代の王が不審な死を遂げたことにより、モガミ国はカシマ―ル国による暗殺だと騒ぎ立てた。


 当然、カシマ―ル国はモガミ国の言いがかりに憤怒した。しかし、これはモガミ国の策略であった。カシマ―ル国に戦端を開かせることにより、大義を得て、その勢いに乗じて、カシマ―ル国の王都にまで進軍し、カシマ―ル国の属国化を狙っていたのだ。


 武器や防具の精錬に長じるドワーフ族は戦争において、いかんなく、その力を発揮した。対抗するエルフ族の住まうカシマ―ル国は連敗に連敗を喫し、いよいよ王都をドワーフ族たちの兵により包囲されたのだ。


 そこから、カシマ―ル国は王都の門を開き、モガミ国の大使を招き入れることとなる。カシマ―ル国の属国化はもはや時間の問題だと想われた時であった。カシマ―ル国は意外な助っ人により、モガミ国の手による属国化を免れることとなる。


「ちっ! あの時、異変に気づかなかったのは、俺の大失敗だった。俺が気づいてさえいれば、今、このような状況に陥っていなかったモノを!」


 兵の損害を部下の副官たちから報告させていたコッシローが毒づく。10数年前に起きたカシマ―ル国とモガミ国との戦線をバンデール国も注視していた。当時、コッシローはバンデール国が組織した偵察部隊の隊長であった。だからこそ、誰よりも、あの戦いの推移を観察できたのだ。


 もちろん、カシマ―ル国に訪れた幸運と不運をコッシローはその眼で視た。


「隊長。気に病む必要はないッスよ。カシマ―ル国とモガミ国が仲良く滅ぶなんて、誰も想像できていなかったッスから」


 隊長を慰めるのは、彼の副官であるア・ナゴーンであった。コッシローは今年で45歳のベテラン将校であったが、ア・ナゴーンはそのコッシローに抜擢された将来有望な叩きあげの副官だったのである。


 ア・ナゴーンもまた、10数年前のカシマ―ル国とモガミ国との戦争を見続けていた。コッシローの部隊に配属された時は18歳の若造だったのだが、今や、立派な30代である。ア・ナゴーンは将来を約束した年頃の娘と付き合っていた。3か月後には王都の片隅の教会で式を挙げる予定であった。


 だが、モンスターがこのバンデールの都に攻め寄せてきた今となっては、そんなことを言っている暇などなくなってしまったのである。


「ア・ナゴーン。すまんな。俺の娘と3か月後には結婚する予定だったのにな」


「それは良いんッス。おいらの結婚式が当分、先に延びただけッスから。それよりも、これからどうするんッスか? モンスターにより、カシマ―ル国とモガミ国が滅んでしまったッス。各国からの難民を受け入れるのも限界に達しようとしているッス。それにこんな出城では、モンスターの侵攻を防ぐのも、無理があるッス」


 ア・ナゴーンの言いにコッシローは歯噛みせずにはいられない。この出城をモンスターたちに抜かれれば、バンデール国の王都は眼と鼻の先である。この出城を枕にして討ち死にしてでも、モンスターたちの侵攻を食い止めねば、バンデール国は他国と同じようにモンスターたちに食い荒らされるのは必定であった。


「神よ! 何故、このような試練をニンゲンたちに与えたもうたのか! それほどまでにニンゲンたちが憎いのか!」


 教会において神父たちは、【神はニンゲンたちに越えられぬ試練を与えはしない】と豪語してきた。だが、この現状を視よ! モンスターたちはカシマ―ル国、モガミ国だけでは満足せずにバンデール国までをも飲み込もうとしているのだぞ! 神などこの世には存在しなかったのだ!

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