3章12話

 最上層には幾つかの天窓があり、そこから降る輝きがドーラさんを照らしています。もしかしたらあそこから侵入できたのではないかしら。そんな思いが脳裏をかすめましたけれど、余計なことを考えている暇はなさそうですね。


「昔々の話です。歳月を数えたなら二千年ほどでしょうか」


 彼は姿形を私のよく知る金髪男性に変えて語り始めました。


「当時の僕はとある事情で専用アイテムを与えられ、若くして宮廷楽士にまで登りつめた鼻持ちならない小僧でした」


 二千年前の話をしているのに、まるでそこに存在していたかのような話しぶりです。一体どういうことなのでしょう。


「推測の域をでませんが、ルリコさんが専用アイテムを手に入れたのも僕と同じ経緯だったのではないかと考えています」


 私が手押し車やヤカンを手に入れたのはこの世界へと落とされたからです。そうするとドーラさんもまた転生者なのでしょうか。


「自分がこの世で最も優れた楽士であると天狗になっていた僕は周囲から嫌われ、徐々に孤立して行きました」


 ドーラさんは確かに伺いしれない雰囲気を持ち合わせてはいますが、嫌うほどのものではありません。月日が彼を変えたのか、それとも他に何か理由が……。


「そんな独りよがりな僕をずっと認め続け、寵愛してくださったのが魔人族の女王エルザ様だったのです」


 何か今、微妙に話が変化しました。私の聞き零しでしょうか。孤立した彼がどう思い、何を成したいと願ったのか。そこを飛ばしていきなり本題へと近づいたような気がします。余程、そのエルザ様のお話に持って行きたかったのですね。


「ある雨の日。僕が宮廷の窓枠に腰かけてハープを弾いていると、エルザ様が来られて仰いました。いつも私のために弾いてくださって感謝します。しかし貴方ほどの腕前なら世界で通用するのではないかしら、と」


 一旦話を整理しましょう。私が彼に聞きたいのは、このような場所で何をしていたのか、ということです。けれどもこの話は流れ的にラブロマンスで、私の知りたいことに辿り着くとは到底思えません。


「ドーラさん、少しよろしいかしら」

「何でしょう」

「そのお話は貴方がここにいることと関係があるのですよね」

「勿論ですよ。ただしまだ導入部分なので、話し終えるまでにあと数時間はかかる予定です」


 彼のマイペースぶりには呆れを通り越して感心すら覚えてしまいます。


「要点だけ、かい摘んで話してくださいな」

「しかしそれでは僕とエルザ様との甘く切ない蜜月物語の大部分を省略してしまうことになるのですが」


 要点以外はほとんど惚気話を語るつもりだったのですね。早めに気がついて幸いでした。ここはひとつ、翔くんの言葉を借りて進行を促してみましょう。


「それで一向に構いません。そんな話、クソゲーですよ」

「そんな、酷い……」


 酷くはないと思います。このままだと私も彼も、確実に夢天魔法が解けてしまいますからね。そうなれば話を聞くどころではなくなってしまいます。


「では残念ですが、僕たち二人の恋愛項目を省いてお話ししましょう」


 良かったです、軌道修正に成功しました。


「大昔ぃ~、人間族と魔人族との間で戦争があってぇ~、それに負けた我々魔人族は辺境でのみ生きることを許されましたぁ~」


 何だか捨て鉢な感じになりましたね。この人はどれだけエルザ様との蜜月関係を話したかったのでしょうか。しかし聞き捨てならないのは彼が魔人族だったということです。長命種だとは聞いていたので人間ではないと知ってはいましたが、街で稀に見かける森人族なのだと勝手に思い込んでいました。以前ローマン迷宮で見せた健脚は、魔人族ゆえの身体能力があったからなのですね。


「ドーラさん、貴方は二千年前の話をしているのよね」

「そうですけれど」

「見当はついていますが確認のために教えてください。二百五十歳の貴方がなぜ二千年前のことを、さも体験してきたように話されるのかしら」

「すみません、見栄を張ってサバを読んでいました。実は二千二百五十一歳です」


 二千歳以上もサバを読んでいたいたなんて、びっくりです。しかしその気持ちは分からなくもありません。歳を重ねると見栄を張りたいもので、最初にそう思うのは二十九歳の誕生日を過ぎた頃でしょうか。そこから三十九歳、四十九歳と重ねて行くうちに、その思いはますます膨らんでしまうのです。若い方には分からないでしょうが、七十九歳と八十歳では感覚的に天と地ほどの開きがあるのですから――と、少し熱くなってしまいました。


「話の腰を折ってごめんなさいね、続けて下さい」

「僕の歳を聞いて驚かれないルリコさんはやはり天使ですね」

「天使だなんて、そんな」


 翔くんがいれば、すかさずババア呼びされる会話です。


「辺境へと追いやられた僕たちに、人間族はさらなる枷をはめました。今後魔人族が繁栄できぬよう、埋蔵資源が豊富な土地をことごとく接収したのです」


 これは敗戦国の宿命とも言える構図ですね。政治の実権やその土地に埋蔵されている資源を、全て戦勝国が奪ってしまうのです。


「彼らは大魔法で空間を切り取り、自国領へと持ち帰りました。僕たちはその切り取られた場所を【喪失大地】と呼んでいます」


 空間を切り取ったですって? 以前、スピードを出しすぎて辿り着いた辺境の景色が脳裏によぎります。あの歪で魔法的な場所がそれなのでしょうか。


「その空間を保管するための施設が迷宮と呼ばれている古代遺跡で、施設の機能さえ止めれば喪失大地は元の空間へと戻るのです」


 やはりそうでしたか。あの不思議すぎる内部空間は、大地の一部を切り取っていたのですね。


「今では風化して、御伽噺にも残っていない古の出来事です。人間族の中で終戦後の取り決めを覚えている者は、もはや誰もいないでしょう」


 それはその通りでしょうね。現にローマン迷宮を誰がどのような経緯で建造したのかは領主様の娘であるコリーさんでさえ知らなかったのですから。


「しかし大地に残された呪いの爪痕は深く、今もなお私達魔人族を苦しめ続けているのです。僕は、僕は……」


 分かりますよドーラさん。貴方は迫害されて貧困に喘いでいる魔人族を、何とかしようと頑張っていたのですね。そんな高尚な理由をお持ちだったのに、怪しいと思ってすみませんでした。翔くんに危害を加えるのではと疑ってすみませんでした。エルザさんとの恋物語を聞いてあげなくてすみませんでした。


「その壮大なパズルに、ピースをはめてみたかったのです」

「はい?」


 喪失した大地をパズルに見立てていたなんて。ドーラさんの思考が予想の斜め上すぎて、返す言葉もありません。


「そしてもっと効率的な方法はないものかと、ここで魔法装置を調べていたのですよ」


 しかし、そんなことを聞いては自分でもやってみたくなります。


「それは何と言いますか、面白そうね!」


 その日、私の冒険リストに喪失大地の復旧が追加されました。

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