2章

2章1話

 この街の中心にはローマン迷宮と呼ばれる巨大遺跡があります。このような遺跡は世界に幾つか確認されているようで、誰がいつ、どのような目的で建造したのかは分かっておりません。

 だた一つ分かっていることは、遺跡内で発見される調度品や宝物の数々が全て現在の技術では造ることが叶わず、それゆえ高値で売買できるということのみでしょうか。人によってはそれしか分かっていないとも、それだけ分かっていれば充分だとも言いようは様々なのですが、冒険者にとっては後者の意見だけで充分迷宮へと挑む理由になるのです。


 とはいえ全ての冒険者が迷宮内を仕事場にしているわけではなく、私達みたく入口付近に陣取り、コツコツと日々のノルマを熟す人達も大勢います。魔物と呼ばれる存在に行動規制は存在しません。故に日々、迷宮の入口から外へと出てくるそれらを街へ近づけない討伐係が必要なのです。

 魔物の種類は動物のような姿のものから不定形のものまで多岐にわたり、その中には当然死霊系の魔物も含まれるのでした。


「死霊系きましたっ。姐さん、お願いしやす」

「はいはい、すぐに行きますね」


 ここ数週間でお知り合いになった冒険者の先輩さんが呼びにきて下さいました。迷宮と街並みとの間には広めの空地が設けられており、遮るものもありませんから普段ならポカポカ暖かく感じる日差しが少しきつく思えます。そのようなわけで立ちんぼをしているのは辛く、私は皆さまのお邪魔にならぬよう最後尾で手押し車の荷台に座り全身を天日干ししておりました。


 あんなババアが魔物を倒せるのかよ。

 バカ、【死涙のリルコ】をしらねぇのか。

 あのババア……いやあの老人が……。

 しかも【撲殺バール天国のショウ】を飼い慣らしてるらしいぞ。

 あの狂犬をか! 関わりたくねぇ……。


 最後尾から入口へとゆっくり歩いておりましたら、囁き声がチラホラ聞こえてまいりました。【死涙のリルコ】と言いますのは所謂二つ名と呼ばれる愛称で、有名な冒険者の方なら例外なくついているものです。

 冒険者になって数週間足らずでそんな大層な愛称を頂いたのは慈愛の麦茶のおかげでした。一般の冒険者にとっては非常に厄介極まりない存在、叩いても壊しても復活してしまい動きを止めるには以前翔くんがやったように粉々にするしかなかった死霊系の魔物。それを麦茶だけで昇天させることから【死霊系、涙目のルリコ】略して【死涙のリルコ】と呼ばれ若者の輪に溶け込むことができたのです。


 このお仕事はとてもやり甲斐があり、一日あたり平均二体の死霊系魔物を昇天させると、それだけで管理官の方から四十ギン(一体二十ギン計算)も戴けます。皆さまには厄介な敵を一瞬で倒してくれたと喜ばれ、管理官の方には良くやってくれたと喜ばれ、死霊系の方からは心から感謝されるこのお仕事は、こんな傘寿のババアでも皆さまのお役に立っているのだと実感できるのです。


 アリヵ……トゥ……。


 今日の死霊系は腐肉で覆われた肉体を持つ、少し牙の鋭い方でした。正式名称は分かりませんが周囲の皆さまはグールと呼んでおられた気がします。


「姐さん、御苦労さまでしたっ。討伐報酬の二十ギンです」

「管理官さん、いつもありがとうございます」


 周囲の方も管理官さんも私を呼ぶ時は名前でも二つ名でもなく姐さんと呼ばれるのですが、これは初めてこの場所で死霊系の方を昇天させた時に「おらおら、姐さんの妙技に刮目しやがれ」と、翔くんが囃し立てたことに起因しております。私が死霊系の魔物と対峙している後ろで彼がバールを頭上に持ち上げ、振り回しながら周囲を無差別に威嚇していたのは微笑ましい思い出です。


「いえいえ、ありがたいのはこちらです。死霊系は厄介な再生能力に加えて不死性を持ち合わせていますから。姐さんが来られる前は、本当に大変だったんですよ」

「そう言っていただけるとお仕事に張り合いが出ます。あら、採掘者の方が出てこられましたよ」

「あっ、それじゃまたお願いします」


 そう言って管理官の方は駆けて行きました。採掘者というのは冒険者と同じく古代の遺跡などを仕事場とし、その名の通り採掘を生業とされる人達の総称です。遺跡内から発見される調度品の質からも推測できるように、遺跡そのものを形造っている素材も未知の鉱石で出来ているらしく、その鉱石は非常に硬いのですが専門の道具があれば毎日少しづつ掘り出せるのだと聞きました。

 何百年も掘り出しているのに未だ柱一本分の量にも満たないとのことで、それがどれだけ貴重なのかが伺えます。


「相田さん買ってきたぜーって、あれ、何だよもう一仕事終わったのかよ」

「今回の方はグールさんと呼ばれていましたよ」

「あー、【汚濁の爪を振るう人肉喰らい】か」

「相変わらず長い名称ですね」

「同感だ。この世界を作ったクソゲー神、マジでセンスねーわ」


 お昼を買いに行ってくれていた翔くんが戻ってきました。紙袋から覗いているのを見ると、今日は「肉と野菜たっぷりのやわらかサンドウィッチ」のようです。フェルさんのお店に売っている大人気のパンで、ここへ来るようになってから私もよく食べるようになりました。


「さっさと食っちまおうぜ、俺も前列で稼ぎたいからな。とりま麦茶頂戴」

「はいはい、待ってね」


 手押し車の中から大きめサイズのシートを出して地面に広げます。靴を脱いでその上に座り、並べた紙コップに麦茶を注ぎました。


 あの麦茶、さっきグールを倒した兵器だよな……まさか飲むのか。

 バカッ、声がデカい。

 何でもあいつらの血液は幼い頃からの訓練で猛毒になってるらしい。

 げっ、迂闊に近寄って唾でも浴びたらヤバイな。


 聞こえているのですけれどね。この慈愛の麦茶の風潮を正そうとは思いません。なぜならもし広まってしまえば、貧民街の時みたく乱暴されるやもしれませんから。


「かあーっ、やっぱ暑い日は麦茶に限るぜ」

「紅茶も出せればパンにも合うのだけれど残念だわ」


 少し暑い日差しの元、そんな他愛のない会話を繰り返しながら昼食をいただきます。冒険者になってからというもの翔くんとお昼を一緒に取ることが多く、この時間はとても至福を感じます。


「だ、誰か……助けてくれっ!」


 今しがた迷宮入口から這々の体で出てこられた男性が発した声のようです。彼は折れた剣を持ち、片方の脛当てが損壊していました。革鎧の右胸にあしらわれた巨木を模した緑色のレリーフが遠目からでも目を引きます。


「迷宮で魔物に追われたのかしら」

「だろうな。ハムハム……このパン具が多すぎるぜ、フェルのやつ限度を考えろよ」


 迷宮から出てこられる人間は三通りで、一つ目は成果を携えて帰還される冒険者の方、二つ目は鉱石を持って帰還される採掘者の方、そして三つ目が実力を過信して奥へと進み、命からがら逃げ帰ってくる方です。


「御嬢様が……コルネット様が……」


 それを聞いた翔くんは無言で立ち上がり、靴も履かずに男性の方へと向かいました。


「おい、御嬢様がどうした! さっさと言いやがれ」

「六階層で罠が……俺達はバラバラに……罠に乗ってなかった御嬢様は……」


 それだけ聞くと彼は舌打ちをしながら、今度はこちらへ駆けてきます。忙しそうですね、何か思うところがあるのでしょうか。


「相田さん、悪りぃ。俺と一緒に塔を昇ってくれないか」


 何だか照れくさそうに頭をかいている翔くんの、しかし目の奥に宿る光は真剣そのものです。そんな目でお願いされたら拒否などできるはずもありません。

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