おせっかい

「だから言ったろ。魔王様は怖いぞって」


 大広間に戻ると、呆れたような口調でフランが側近さんに言った。側近さんの頭の傷口を布で押さえながら、


「お前、誘拐した人に肩入れしすぎなんだよ。特に最近はひどい。これまで魔王様に会わせることなんてしなかっただろう」

「——別に、いいじゃないか」


 側近さんはフランの手を払い除け、ハット帽を被り直した。


「何が悪いんだい。協力してもらってるんだから、少しくらい事情は組みたいじゃないか」

「お前は悪の組織の一員だろ。――ったく、親切にする必要なんかないだろうに」

「ストーリー上で悪役だからって、僕自身も悪役じゃないといけないのか」

「そうは言ってない。でもその結果、余計な迷惑をかけることになっているだろ?」

「……それは、」


 側近さんが言葉に詰まったように黙った。もともと白い顔だが、さらに青白くなっている。

 はあ、とフランがため息をつく。


「車を壊さなければいけなくなった。お前が何もしなければ、車はそこにあったままだ。そうだろう? お前が余計なお節介を焼くから、こんなことになったんだ」

「……お節介」


 側近さんが俯いた。


「俺たちは組織だ。お前は悪の組織の一員なんだ。だったら、お前もその組織としての自覚を持って行動しろよ。みんなが迷惑するんだよ。中途半端なことされると」


 側近さんは、何も答えなかった。

 しばらく俯いたままだったが、やがて静かに立ち上がった。


「そうだね」


 俺らの方を見ることなく、ぼそっと呟いた。


「すまなかった。車を破壊してくるよ」

「——え?」


 次は俺がうろたえる番だった。


「いや、ちょっと待ってくれ——」


 側近さんは俯いたまま、大広間を出て行く。

 側近さんを止めようと手を伸ばす。その腕をフランが掴んだ。


「さあ。自由時間は終了だ。もう邪魔はさせないぞ」

「や、やめろ、」

「申し訳ないね。残念だけど、魔王様の命令は絶対だから」

「側近さん、——側近さん!」


 フランの腕を振り払おうとすると、ぐるりと体を抱え上げられてしまった。誘拐された時と同じ、体の自由を奪われるとなすすべがない。両腕を後ろに回され、手首をグルグル巻きにされた。

 ものすごい手際の良さだった。


「ゆうにゃん! 大丈夫!? ——わ、わ!」


 俺を助けようとするリコも、一瞬で縛られてしまう。 

 ふう、とフランがため息をついて、


「悪の組織につかまってしまったのが運の尽きだな。このままハッピーマンが来るまでしばらくこのまま大人しく待っておいてくれ」


 フランがどこかに行こうと踵をかえしたので、俺はその背中に話しかけた。


「なあ、側近さんはどうして俺たちを助けようとしてくれんたんだ?」


 ふ、とフランが鼻で笑った。こちらを振り返って、


側近あいつはもともと、ヒーローに憧れていたんだ。人の役に立ちたかったんだよ」


 フランは同情するように、くいっと眉毛をあげた。


「あいつが余計なことするから、君たちも散々だな。でもまあ、君らも俺達の車を破壊したからな。おあいこだな」


 そう言い残して、フランは大広間から出て行った。


 ——おあいこ。


 どうする。

 どうする。


 確かに俺たちは彼らの車を破壊した。

 だからといって、このまま「はいそうですか」と破壊されるわけにはいかない。


「側近さんを止めないと」


 リコに耳打ちをする。リコも頷くが、


「ロープ、足の部分だけでも解けたらいいんだけど。んにゅー、にゅー! ——はあ、取れないよ」

「力づくはさすがに無理か」

「んー、頑張ったらちぎれそうなんだけどな……。ゆうにゃんの腕を縛ってるロープとか、かなり古そうだし」

「え?」


 首だけ後ろに回して手首に巻かれたロープを見ると、リコの言う通り、かなり年季の入っているものだということがわかった。かなりヘタっている。

 思いっきり力をこめて、ロープを引きちぎろうとした。——が、流石に力だけでは無理だ。


 なんとかできないだろうか、と思って、周囲を見渡すと、重石があることに気づいた。


 俺はぐるりと体を這わせ、その重石に近づく。重石は溶岩の塊のように表面がゴツゴツしていたので、大根おろしの要領でロープを擦り付けた。

 しばらくしていると、ロープはみるみる細くなっていき、次第には数本の糸の繊維になった。


「おらあっ!」


 一気に引っ張る。ぶちっという音がして、俺の手は解放された。


「すごい、ゆうにゃん!」

「リコも腕こっち向けて」

「いや、私は大丈夫! あの大柄な人が戻ってくる前に、タクシー見てきて」


 リコが側近さんの去って行った方向を見る。


「一人で大丈夫か?」

「うん。あ、でもまたあの大きな人が戻ってきたら、いないことバレちゃう」

「そうだな。——そうだ」


 俺は重石にジャケットを羽織らせた。


「これで、ごまかせないかな」

「んー、すぐに戻ってきてね。なんとかごまかしておくから」

「りょうかい」


 リコにそう告げて、俺は走り出した。

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