リコがいる理由

 どんどんどん、とタクシーのドアを叩かれている。


「ゆうにゃん、ゆうにゃん!」


 リコだった。

 焦った表情で、ドアの外から俺に向かって訴えている。


「きた、きたよ、人が! 乗っちゃうよ!」


 確かに人がいた。

 駅の正面口からタクシー乗り場まで一直線。

 犯人役の人なのかもしれない。リコがタクシーの間に立ち塞がり、両手を広げて、その人物がドアに触れないようにする。

 が、抵抗も虚しく、その人はリコをあっさりと交わしてしまった。


 がこん、とドアが開く。


「あのう」


 その人が、車内をのぞき込んだ。俺と夏木さんを交互に見て、


「このタクシーに、乗ってもいいですか?」


 いいわけない。

 普通、タクシーの後部座席に誰か乗っていたら、わざわざタクシーに顔をつっこんでそんなこと聞いたりなんかしない。後ろにも山ほどタクシーが列をなしているわけで、先頭のタクシーが去るのを待つなり、別のタクシーに乗り込むなりするはずだ。


 ということは、この人が犯人役。

 この人が夏木さんと同じ、推理小説の短編ゲスト。

 

「ダメですー! 私、今からこのタクシーで愛の逃避行するんですー! ね、ゆうにゃん、ハルにゃんと3人で沈む夕日を眺めに海岸沿いを走るんだもんね!」


 リコがだだをこねる子供のように、犯人役の腕を掴んでいる。

 けれど、犯人役の人はリコのことを全く意に介さない。


「えっと、」


 犯人役の人が俺を指さした。


「あなたは、誰?」

「ただの主人公よ。私たちには関係の無い人だわ」


 運転席から夏木さんが答えた。一度腕で顔を拭って、


「ほら、主人公くん。もう話はおしまい。早く降りなさい」


 降りてはいけない。

 ここで降りたら、夏木さんが死んでしまう。


 けれど、犯人役の人が、


「失礼します」


 ぐい、と俺の腕を引いた。

 されるがまま、俺はタクシーから引きずり落とされて、地面に手をついた。

 その人が後部座席に乗り込む。


 ばたん、とタクシーのドアが閉まった。


 そして、夏木さんのタクシーは、相変わらず焼き付きそうなエンジン音を響かせて、走り去ってしまった。


「ゆうにゃん、行っちゃったよ! どど、どうしよう! このままじゃ、ハルにゃんが、――ゆうにゃん?」


 リコが俺を心配そうな顔をしてみた。


「どうしたの? ゆうにゃん大丈夫?」


 けれど、俺は答えられない。


 ――あなた、あそこにいるずっと一緒の女の人、何のために存在してるか言えるの?


 リコの瞳に、俺の顔が写り込んでいる。

 正気の抜けた顔。


 ——わかってくれた? 脇役わたしたちがそうしているのよ。


 リコの表情からは、人を騙すような雰囲気は感じ取れない。

 その表情に、すがりたくなった。

 

「なあ、リコ」

「ふぇ?」

「この駅に、夏木さんが来るって知ってたのか?」


 リコが目をぱちくりさせた。


「えっ? なんで?」

「夏木さん、駅の名前言ってなかったのに、この場所に来ようってリコが提案しただろ」

「ええっ? なにを言ってるの、ゆうにゃん。私も知らないよ。とりあえずどこかの駅に行かなきゃって思ったから、適当に言っただけで。偶然だよ」


 リコの顔は、本当に何をいっているか分からないような様子だった。


「本当か?」

「うん」


 リコがうなずいた。突然の疑われて、戸惑っているような表情。


 ——そう、だよな。


 ほっとした。

 リコがそんなことするはずがない。


 そうだ。偶然に決まっている。

 なんだって疑いの目でみれば、そんな風に感じられるものなのだ。偶然なんだ。運がよかったのだ。


 ――あのね、フィクションで『運がいい』は通用しないのよ。


 夏木さんはそう言っていたが、リコがここで嘘をつくわけがない。

 よっぽど演技力がなければ、こんなこと——


「……」


 演技力。


 ――助けて、ハッピーマン!

 

 リコの叫び声が脳裏をよぎった。

 恐怖に震える声。

 悪の組織に囚われていた時、助けに来てくれたハッピーマンたちに対して、リコが放ったセリフ。


 ――その人たちに突然さらわれたの! おうちに帰りたいよ!


 その演技力に、驚いたではないか。

 そもそもリコ自身、こんなことを言っていたではないか。


 ――りこにゃんといえば演技派で有名でしょ。


「それも、演技なのか?」


 リコの目が見開かれる。


「これまで、俺の前で言う事なすこと、全部演技だったのか?」


 リコは答えない。


「一緒に楽しくやってきたつもりだったけど、それは俺だけが思っていただけで、お前はずうっと横で演技をしてきたのか? あらかじめ決められたレールにどうやったら沿って進むか、それだけを考えてやってきたのか?」

 

 リコはまるで固まってしまったかのように、俺をじっと見ていた。

 

 やがて、


「にゃはっ」


 ぱちん、とリコが手を合わせた。


「大・成・功っ!」


 くるりと回る。

 ピンク色のツインテールと、メイド服のスカートがふわりと舞った。


 にゃはは、と笑って、


「いやあ、ドキドキした。こうしてリコにゃんに疑問を持ってるってことは、ハルにゃんと話ができたってことだよね。うまくいったんだ。よかったよかった」

「……リコ?」

「大正解! 言ったでしょ? 私はゆうにゃんの脇役なんだって。脇役として、ゆうにゃんを導いていたんだよっ!」

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