本編④ 満員電車で行こう
ギンヤが駅に着くと、ちょうどカズヤも後ろから走ってきた。
カズヤは息を切らしながら、ギンヤの前に立った。
「ぎ、ぎりぎりセーフだ。」
「時間がないからとっとと行くぞ。」
少し肌寒い季節に、額に汗をかいたカズヤをよそに、ギンヤは学生証を取り出しホームへ向かった。それを追うように、カズヤもホームへ向かう。
「ギン、ちょ、待てって。」
「お前はいつもギリギリだからな。もうちょい、余裕持って生きろよ。」
カズヤの呼びかけにも反応せず、ギンヤはすたすたと階段を上る。
「お前なぁ、少しは友人を労わる気持ちを持ち合わせてないのかっ。」
「そんなもの、とうに枯れ果てて、バクテリアに分解されたわ。電車が来るから急げよ。」
なおもスタスタと歩いていくギンヤを、カズヤは急いで追いかけた。
二人がホームに着いた時には、すでにホームが人で溢れかえっていた。
通勤・通学ラッシュの時間帯である。
二人は間もなく到着した電車に、流されるままに乗り込む。
電車の扉が閉まり、姿勢が安定する頃、少し離れてしまったカズヤから通信が入る。
ギンヤが胸ポケットにあるRデバイスをオンにすると、カズヤが話しかけてきた。
『こ、これ、混みすぎじゃね?』
『こんなもんだろ。』
『あぁ、来月から、これが毎日かと思うと、結構キツイよなぁ。』
『仕方ない、どうしようもない。あきらめろ。』
話していると、隣の人と肩がぶつかる。ギンヤは軽く会釈をした。
『ギンは寮生活だからいいよなぁ。学校のすぐそばだろ?』
『いや、近いって言っても自転車で二〇分位だぞ。バイク買う予定だけどな。』
『バイクかぁ、俺も買おうかなぁ。』
『お前、必要ないだろ。買うなら車にしとけよ、車に。』
『車じゃ、普通じゃん。バイクの方がカッコよくね?
こう、彼女を後ろに乗せて、海岸沿いの道とかをツーリングすんだよ。
彼女の腕が俺の腰に回って、背中に幸せな感触が・・・』
『いや、その前に彼女つくれよ・・・。』
カズヤの妄想が暴走し、的確なツッコミが入ると、停車駅に着いた電車の扉が開いた。
出ていく人の流れに、吊革につかまって耐える。
少し落ち着いたかと思うと、すぐに出ていった以上の人が入ってきて、さっきよりも窮屈な状態となった。
『ところで、ギンの研究テーマってなんだっけ。』
カズヤが唐突に、真面目な話を振ってきたのだった。
ギンヤ達、日本の高校生には個人別で設けている研究テーマがある。
高校二年の春の段階で、今までに学校や各自で得た知識を基に、より興味深いものを選び、大学卒業までの六年をかけて研究していくのである。
人によっては生涯をかけて研究するようなこともある
前教育改革から四半世紀を経て、日本は国民総学徒化が進んでいた。
現在では、学生の七割以上が博士課程まで修了するという社会を形成している。
そのためか、日本には日本企業のみではなく、世界中の名のある企業が、研究開発の中枢機関を置いていた。
日本という小さな島国は、世界の技術開発の中枢がひしめきあう戦場と化していたのであった。
そんな事情もあり、現在の日本の学生たちは、自らの得意分野の研究に勤しみ、国はそれを最大限サポートするよう、体制が確立されているのである。
ギンヤは満員電車の中で体勢を整えながら答える。
『研究テーマは、【Rデバイスによる生体海馬への影響とその変化】だが。』
『やっぱり、たしかそうだったよなぁ。
けど、俺達が行く名古屋工科大学って、生体系の研究ってやってたっけ?
それってどちらかというと医科学分野だよな。
市立医科大の方が選ばれそうな気がするんだけど。』
カズヤは以前から思っていた疑問を投げかけたのだった。
大学が義務教育となって以降、日本では、昔のような学力試験による選抜方式は廃止されている。
本人の希望を基に、個人が行っている研究レポートの内容により大学側から指名される指名入学制度が採用されているのである。
そのため、研究内容の一致しない大学、学部への入学は基本的にあり得ないのである。
生体海馬の研究というと、医学分野になる。
そのため、カズヤの疑問は的を射ていた。
疑問の内容を納得すると、ギンヤは答える。
『そうでもないさ。
俺の研究は、あくまでもRデバイスとシナプスパターンを主軸に置いた研究だから。
言ってみればペッカーのMRSを現在の技術でより最適化してみる、みたいなことなんだよ。』
『それにしたって、ペッカーにしても、マナベにしても、医科学者じゃん。』
『その見解は少し間違っているぞ。
そもそも医科学は、マナベたちがシナプス解析するまでは、博士号すらなかったんだから。もともとマナベは医学博士だしな。
それに、ペッカーももともとは工学博士だったはずだよ、ほら。』
ギンヤはデバイスを操作し、ペッカーの経歴データをカズヤのデバイスに転送した。
『ほんとだ。なんだか、その辺ややこしいよなぁ。』
『まあな。結局、全部繋がってるってことなんだよ。』
『ま、俺はこの腐れ縁が切れなくて、嬉しかったけどな。』
あまりにも唐突なカズヤの発言に、ギンヤは少し照れ臭くなった。
カズヤはこういうところがあるのだ。
『あっそ。』
そっけなく返事をしてみたものの、きっとカズヤはあのにやにやした顔をして、こちらの反応を楽しんでいるのだろうと想像していた。
ギンヤも本音では、二人の腐れ縁が続くことはありがたく思っていたのであった。
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