第8話 自己紹介 アイドルオタク兼アイドル、“大江唯花”
鶴舞の自己紹介も終わり、いよいよ最後の一人だ。
「それじゃ最後、大江」
「はいっ!
「おうよろしく」
手元の社長特製プロフィールの大江唯花のページに目線を向ける。このページは注意書が500円玉くらいの大きさだ。
『大江唯花。16歳。
茶髪のショートボブ、頭のてっぺんでぴょこっと立っている髪の毛がなんともまあ可愛らしい。
体型はボンッ・キュッ・ボンッとまではいかないがポンッ・キュッ・ポンくらい。ちょうどいい。
チャームポイントは笑顔、日光と並ぶほど眩しい。徹夜明けとかに見ると穢れきった色々なものが蒸発しそうになる。
趣味はアイドル巡り。ライブ映像のテレビとか見てると良く前列にいるのが映ってたりしてるよ。その時の顔は蕩けきってるよ。
最近の悩みは応援しているアイドルに会うと変な声が出ること。…………最近の悩み? 唯花ちゃんと知り合ってからずっとな気がする。
取っつきにくくないから思い切って下の名前で呼んじゃえよ、You!』
『注意! 推しのアイドルが絡むとちょっぴり変になる』
大江に関しては俺の自己紹介の時にその片鱗を見せたので、この注意書の意味は何となくわかった。
俺の自己紹介の時も神領が宥なだめてなかったらたぶん永遠に話続けてたと思う。
アイドル話の続きでも俺は良いがそれはまたの機会にして、同じアイドルオタクとしてプロフィールを見て気になるところがあった。
「趣味がアイドル巡り……アイドル巡りって何? 初めて聞く単語だ」
「それはですね、私アイドルが大好きだから握手会に参加したり、ライブの観戦やアイドルたちの思い出深い場所、つまり聖地とかを巡礼したりするんです。それを私はアイドル巡りと呼んでいます」
「そういうことか」
なんか本当に山田みたいな生活してるな。
まあ俺も大江のことを言えないが……。俺も大学時代は講義をサボって好きなアイドルのライブに行ったもんだ。
「アイドル巡りをすると絶対グッズも買っちゃうんですよ。だから部屋がグッズだらけで足の踏み場に困ってて……」
「わかるぞ。置く場所に困るよな」
「そうなんですよ。私の部屋、お母さんからは豚小屋って言われてます」
「それは散らかり過ぎだろ」
実の娘に向かってそこまで言うんだから、めちゃくちゃ部屋汚いんじゃなかろうか。本当にそれはグッズだけに原因があるのかは疑問だな。
「この前は“イエローイエロー”っていうアイドルユニットの握手会に行ってきたんですけど」
「おおっ羨ましい。今一番熱い双子アイドルユニットじゃん」
デビューして1年くらいだが、双子という珍しさとライブでのパフォーマンスの高さから数ある双子アイドルのトップを走っている。
ライブはもちろんのこと握手会への参加に当選するのもかなり難しいという噂だ。それに行けてるなんて本当に羨ましい。
「そうなんですよっ! もう可愛くて可愛くて握手する前に興奮で私鼻血が出ちゃいました。あの手のひらの感触は忘れられないですね……ぐへへ」
「大江よだれよだれ」
「あ、すいません」
正気に戻りよだれを拭いたかと思えば、大江はまた顔をだらしなくして握手会での楽しかった場面を思い出している。
「ふ、ふひひひひ。本当に同じ人間の手なのかってくらい柔らかくて、スベスベしてて…………ずっと握ってられましたね。……ぐへへ」
「大江ー戻ってこーい」
再びよだれを垂らしながら大江は握手会を思い出しているのか、自分の両手をにぎにぎしていたが隣の神領に肩を揺さぶられて正気に戻った。
見た目が可愛いければ何をしても許されるというわけじゃないな。
今日から大江の担当にならないといけないのに少し引いてしまった。俺もあんな感じなのかと思うと、かなり自重しないと駄目だな。
アイドルについて話を振ると止まらないので、アイドル以外のことを質問してみよう。
「大江ってアイドル巡り以外に趣味はないのか?」
「以外ですか……うーん……何でしょう」
「好きなことでもいいぞ」
饒舌にアイドルを語っていた時とは別人のように黙って考え込む大江。
「うーん好きなこと…………アイドル以外で………………勉強ですかね」
「嘘は良くないぞ大江」
「嘘じゃないですよ!」
「いいや嘘だな。勉強が好きな人なんているわけがないだろ」
勉強が好きな人というのに今までの人生で会ったことがないので、フィクションだと思っている。
「えーそんなの知りませんよ。好きなもんは好きなんですもん」
「じゃあ何の教科が好きなんだよ。体育とかは抜きだぞ」
「全部好きですけど、一つ挙げるなら数学ですかね」
勉強が好きってのも信じられないのに、しかも数学ときた。
「うえー。一番苦手な教科だわ」
計算するのに変な公式とか使うわ、三角形や四角形の面積を求めるとかで勉強していて意味がわからなかった。数学をやりたくないから文系を選んだと言っても過言ではない。
「数学の何が楽しいんだよ」
「ちゃんと答えがあるとこですかね」
「…………わからん。じゃあアイドルと勉強はどっちが好――」
「アイドルですっ! アイドルに比べたら勉強なんて、ごみ箱にポイッです」
「それでこそ大江だ」
この後は大江とアイドルについて盛大に語った。
大江のパーソナルな部分も少しだけ知ることもできて、ちょうど良い時間になったので最後の質問に移る。
「それじゃ最後に大江は何でアイドルを目指そうとしたんだ。やっぱりアイドルが好きだからか?」
「はいっ! お母さんからそんなに好きならなってみればって言われてアイドルになっちゃいました」
「そうなのか。どうだアイドルになってみて」
「めちゃくちゃ楽しいですっ!」
大江は向日葵のような弾けた笑顔で答えてくれた。本当にアイドルが好きなだというのがこの笑顔からびしびしと伝わってくる。
「こんな私ですが、これからよろしくお願いしますね楢崎さん」
「こちらこそよろしくな。質問は以上だ。ありがとな」
「はい、ありがとうございましたっ!!」
最後まで変わらない元気な大江を見て、俺も何だか元気になった気がした。
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