020:『八岐大蛇』
【神狩り】
人間の存在理由を議論した後。【苦労は買ってでも】という諺の意味を十分に理解した会話の後の事。己己己己にある質問をした事で、そんな恐ろしい言葉を俺は知ったのだった。
神狩りなどという怖い話しをしたかった訳ではないのだが、成り行きというのか、そんな感じでこの怖い言葉を俺の脳は記憶してしまうのであった。海馬から大脳へ余すところ無く移動したのだ。
「己己己己、今更なんだが」
と言った所で己己己己は俺の言葉を遮さえぎった。
「本当に今更だねえ」
「いや、まだ何も言っていないんだがな」
「灯夜君が僕に今更な質問というのなら、差し詰め【僕は何者なのか】といった所だろう」
こいつはやっぱり怖い。確かにその質問をしようとしてはいたのだが、質問する前に答えを出してしまう、こいつは軽そうに見えて本当はものすごく頭が良いのだろう。
「まぁそうなのだが...」
「僕はね...今の灯夜君達からすれば敵と呼ばれる存在だったんだよ」
今の俺は神であってその敵とは...何だ。
「敵?」
「そう、敵だろうね 【神狩り】と呼ばれる者だった。格好良く言うならば、ゴッド・ハンターかな」
確かに響きは格好良くも聞こえてくるものがあるのだが、なぜ格好良く言う必要があったのか分からない。そもそもゴット・ハンターってただの罰当たりじゃあないか。
「そのゴット・ハンターって何者なんだよ」
「へへっ 【ゴット】じゃあなくて【ゴッド】ね」
面倒くさい。
「英語は言いづらい。神狩りと言い直すよ」
「まぁゴッド・ハンターなんて格好良くは言ったが、何も格好良くなんてないんだよ ただの罰当たりな罪人さ」
と、己己己己はまた例の思い詰めた様な顔で話した。
「あんたは神でありながら神狩りなんてしていたのか?」
「人間の頃の話しさ。」
人間? こいつにも人間だった頃があったのか。すると神とは皆、元人間なのだろうか?
「己己己己あんたも、元々は人間だったんだな。神って皆、元々は人間なのか?」
「逆だね」
逆? 何の事だ?
己己己己は山の頂いただきにあるボロボロの神社の敷地から街を見下ろしながらそう言った。
「逆って言うのは...」
と言ったところで、またしても己己己己は俺の言葉を遮る。
こいつは本当に話を遮るのが好きな奴だ。
いや、己己己己の予知とも言える演算能力で俺の言葉なんて、俺が言葉を発したとたんに分かってしまうのだろう。
かといって、最後まで言葉を言わせてもらえないというのは、なんだか気持ちが悪いものがあるが。
「灯夜君 数字の十を何だと思う」
全く意味が分からない。どんな質問をしてくるんだよこいつ。
俺は両の掌を広げ言う。
「十って数字の十だろ それ以上は俺には分からない」
「確かに十は十だ。でも十は一でもあるだろう」
「一掛ける十ってことか?」
「そういう事。」
そういう事ってどういう事だよ。本当に意味が分からない。
それとも俺が馬鹿なだけなのか。
「己己己己、俺にはあんたの話しが全く理解できないのだが」
「へへっ 僕の説明が悪かった えっとだね...」
やっぱりこの笑い方を好きになるのには、もう少し時間が必要なようだ。
だが、この笑い方をした己己己己の顔には笑顔が戻っていて、少し安心したのも嘘ではないのだが。
己己己己は続ける。
「十というのは一から成る。一が基礎になり十を成す。人は十で神は一、つまり神とは根本。人は神によって構成されているんだよ」
「その話しを信じるならば、人の信仰により神が生きているというのは、何かおかしい事になってこないか」
「おかしくなんかないよ。神と人。この二つは同じものなんだよ。音読みすれば共に【ジン】。それに言い伝えられている神々は多くの場合、人の姿形をしている。これは人が神を想像する時、人に似せて考えたとも言えるが、神が人を創造した時、神に似せて創ったとも言える。神が居るから人は居る、人が居るから神がいる。両者は互いに助け合わなくては生きてはいけない。」
己己己己は、生き生きと堂々とそこに生える木に片手をあて、葉の間から空を見上げながら言う。
「へへっ 相互フォローってやつだね」
「Twitterかよ!!」
そんなボケを言う己己己己であったが、言っている事は正しい様に俺は思った。
想像と創造、異なる【そうぞう】から生まれた人じんと神じん。互いが互いを生み出し、互い助け合う。【助け合い】これは人間社会でも一番大切な事。平和の大前提。
確かに今の日本では戦争は無くなった。争いという過あやまちの中で見つけた助け合いの心。
皆が苦しいからこそ助け合って苦難を乗り越えてきた。今の日本では助け合いが無いとまでは言わないが、少なくなったのは確かな事だろう。
戦争は無くなったが、争い自体が無くなった訳では無い。争いが無くなる事なく、助け合いが数を減らした。これは平和になったと言えるのだろうか。真の平和と呼んでいいものなのだろうか。
「僕は人だった。神を狩る人だった。 人こそ神だという考えの下、この行為を行っていた。僕達のような人間からすれば神とは人の様な存在。神と人の立場を逆にとらえていたのさ。神の声なんて聞かずにね。」
己己己己は再びあの顔に戻ってしまっていた。
「何で神を狩る必要があったんだ」
「怨霊、鬼、悪魔、祟り神、邪、神とは色々な呼ばれ方をしている。そんな悪質な神は確かに存在する。人知を超えた存在。人には為す術も無い様な悪事を働いている。人にはそれらの悪事は事故として認識されてしまうが、本当は事故ではなく、そういった神による悪事のものが数多い。僕には神が見えたんだよ。霊感の様なものが僕にはあった。そして、その神による悪事も見えていたという事だ。交通事故として、自然災害として、人に憑依し殺人事件として。」
「それで、そんな神を狩ろうとしたって訳か」
「そうだね、僕は仲間と共に神を狩り続けた。」
「仲間が居たのか その仲間は今は...」
また、言いかけたところで己己己己は話す。
「今は居ない。もう彼女には彼女という意識はほとんど無いんだ。邪に支配されてしまったんだよ。彼女は邪に支配されてしまった人間を助けようと、僕と共に戦った。結果、僕達はこの街で負けたんだ。殺されかけたところで、ある神に助けられた。その神はこの神社で暮らしていた。神は自分の命と引き換えに僕達を救ってくれたんだ。僕は今こうして居る様に助かったんだが、彼女は命こそ助かったが、僕よりも邪による侵食が酷く、目覚めた時には彼女ではなかった。そして彼女は僕の前から姿を消した」
彼女...女の人だったのか。勝手に男だとばかり思っていたが。
その人は己己己己の恋人とかだったのだろうか。
「その助けてくれた神は死んだんだな」
「おそらくね、死に際に姿を消したから最後を見る事は出来なかったが、経験則から言って、あの怪我じゃあ生きてはいないだろう」
「直接神に触れれば俺の妹の様に祟りに遭ってしまう。なら、己己己己あんたは神とどうやって戦ったっていうんだ」
己己己己は何処からともなく一本の、真っ直ぐに伸びる鍔つばの無い剣を取り出した。
「これを使ったんだよ」
「この剣で神を狩れるのか?」
「この剣は十束剣とかのつるぎ。かつて須佐之男スサノオが八岐大蛇と戦った際に使ったといわれる剣だ。僕達が負けた神というのが他でもない、この八岐大蛇だったのさ。僕達は救われた際に後遺症の如く神になってしまい、今の有様って事な訳さ。僕は須佐之男になってしまったんだよ」
そんな過去があったのか。己己己己はそんな事感じさせなく、いつも笑っていた。あの思い詰めた様な顔にはこんな過去の思いが込められていたのか。全く気づかなかったよ。相当に辛かったのだろう。
「己己己己とその女の人は【色】としては何色なんだ?」
「へへっ 良い質問だね」
己己己己の顔に笑顔が戻った。
だが、過去を知った今、その笑顔が辛さを隠すた為に見せる笑顔なんだと感じてしまう。
いつか本当に笑える日が来るのだろうか。
己己己己は話しを続けた。
「僕達は色と呼んでいいものか分からないが、暗闇と光なんだ」
確かに色と呼ぶのは少し違う気もするが...まぁ己己己己が言うのならば嘘ではあるまい。
「じゃあ【邪】って言うのは何なんだ?」
「邪は、嫉み 恨み 憎しみ 悲しみ 苦しみ 羨み 痛み 悩み といった八つの【み】から生まれる邪悪な神。【み】とは【巳】の事。つまりは【蛇】。蛇とは【じゃ】とも読む。つまりは【邪】。八つの蛇から成る邪悪な神、それこそ八岐大蛇って事なのさ」
あぁそういう事か。
「前に言っていた俺に求める協力というのは、その仇かたきでもある八岐大蛇退治の事なのだろう」
「そういう事になるね、大蛇おろちは天照大神を使い、灯夜君、君が今まで戦ってきた神を操っている」
「そんな所だろうと思っていたよ。大蛇の弱点なんか知らないのか?」
「僕も色々と調べたんだが、大蛇は活動する為に何かを食べている様なんだが、それが分からないんだよ ごめんね」
己己己己は神を狩り、神に負けた。そんな己己己己を助けたのは敵としか見ていなかった【神】。
悪い神しか見ていなかった己己己己は神とは悪いものとばかり思っていた。しかし命と引き換えにまでして、【神狩り】である人間を救う神に出会い、己の愚さを知ったのだ。
神も色だけに色々居るという事だ。人もまた同じ。
神とはいつもそこに在る。神というよりは人の親といった様な存在なのだ。
神がいつもそこに在るならば、神にとっても人は同じ様な存在なのだろう。
八岐大蛇とは人の悪い心が生み出した神。そんな、人が想像した神が人を苦しめる。神々が創造した人間もまた、神を苦しめている。互いが互いを助け合うのではなく、苦しめ合う。まさに悪循環。
自分の悪が他人の悪とは限らない様に、自分の正義もまた、他人の正義とは限らない。
人の数だけ正義と悪があり、神の数だけ正しさと間違いがある。正解なんて何処にも無いのだ。
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