5 : Stagnation
ハワイ島北部。午前十時。
太陽が天球の頂に登らんとしている中、遙か下方の海では人間共の争いが一次和らいでいた。
何故なら、双方共に攻撃が当たらないのだ。
艦隊対艦隊のような戦闘形態では、トランセンド・マンは通常、内部から艦船を破壊するような行動に出る。しかし、互いが同じように立ち回れば双方の艦隊が壊滅するだけの痛み分けとなってしまう。
おまけに、トランセンド・マンの持つ情報処理能力では艦砲やミサイルすらも撃墜可能であり、これら防御力を以て従来の重火器や機甲隊の攻撃を最大限発揮させる事が出来る。もしこの役柄から下手に外れると、隊全体の被害が甚大になる可能性が高い。
これら葛藤が結果的に両陣営を海の上を漂わせ、双方決定打に迷っていた。
東側、島沿岸より北に百キロメートル。
反乱軍側はミサイルや砲、対空ガトリングやレーザーに身を固めた、ブリッジ上部に張り巡らされた壁面レーダーが特徴的なイージス艦が四隻と、四方を固められた空母が一隻。
時折、艦隊の一キロメートル手前で空中で爆発が生じる。先頭の一隻の先端、爆炎が生じる方向に掌を差し向ける人物が居た。
「フレッド、大丈夫か?」
ブリッジ前方の主砲が斜め上を見上げる更に前、立ち尽くす姿――中肉中背の肌が浅黒い青年に向かって、緑と灰色の不規則なモザイク迷彩服を着た一人の軍人が、砲撃音の合間に叫んだ。
「これくらい朝飯前さ。だが接近された時はどうしようもないと考えてくれ。イザベルにも伝えてくれ」
斜め四十五度、橙の閃光――黒煙が後に残るが、大小の破片や塵が船団側に降り注ぐ事は無い。歯を食いしばった青年の姿勢にも乱れは無い。
背後にそびえ立つブリッジ、内部の司令室内にて。
「民間人は大丈夫だろうな」
「半数は船と飛行機でロサンゼルスへ避難中です。ですがもう半分は市街地に取り残されているようで……」
「不味い……向こうとて人道は考えてくれるだろうが、人質に取られるのは……」
小じわが目立つ、額の広い中年男性の問い掛けに、コンピューター画面を見詰める若い男性オペレーターが答えた。
「もうじきソロモン諸島から輸送機隊が来ます。既存の戦力と合わせて市民を島の南島側に誘導して二日はもつかどうか……」
「ぎりぎりだな。オアフ島が制圧されてから航空隊のありがたみがようやく分かったよ……」
こちらはヘッドフォンをした女性オペレーター。老いた男性はため息。
「沿岸からなら地対艦ミサイルはありますが、向こうにも優秀な防御能力を持つトランセンド・マンが居るみたいなので効果は薄いでしょうね」
「あと、海中から振動波攻撃をしてくるトランセンド・マンはどうします? フレッドさんがなんとか防御出来ているとはいえ、放っておけばこの先消耗が激しくなった時が厳しいでしょうし」
「あっ、あたしなら丁度ここからでもやれるかも……」
様々な情報が飛び交う中、不意に提案したのは、司令室の端の方から発された、女性にしては比較的低い声。
年齢は二十代前半程か。身長は百六十センチメートル後半くらい、赤いボブカットにオレンジ系統の目。
服装は灰色の長袖パーカーと、青いデニム生地のショートパンツ。白くスラリとした足が延びている。
壁にもたれている彼女は腕を組み、小さく手を挙げていた。
「居場所が分かるのか?」
「あたしの知覚なら精度は置いといて広い範囲分かりますし。いぶり出すのは得意ですし、やります?」
「では任せたぞ、イザベル。撤退を仕向けるだけでも良い。特に民間の船団に追い付かれたらひとたまりも無いからな」
上官が頷くのを見ると、イザベルと呼ばれた若い女性は「はいよ!」と一つ返事で走り出し、金属扉を勢い良く開ける。
廊下を駆け足で通りがかっていた軍人は、金属床を打つ連続音と猛スピードで体の横を掠めた人の形をした何かに驚き、振り向いたまま十数秒はきょとんとしていた。
片や西側、管理組織軍側の艦隊に囲まれた空母。
艦橋のオペレータールームで、青いフィールドの上を船を模した白い方形の記号が所々浮かんだデスクを眺めながら、前のめり気味になっていた肩を落とした。
「上陸はまだ難しそうですね。沿岸は既に向こうの砲兵が待機しています。ランチタイムまでは難しいか……」
「まあそう急ぐな。下手に上陸すれば集中砲火を受けかねん。それに、もうじき援軍が来る」
背後で腕を組んで仁王立ちする、茶髪で青い目の大柄な男――ポール・アレクソンは冷たく、かつ余裕な低い声で返答した。
ポールは中世の騎士の鎧のような、関節が甲殻類の如き手を、握っては開いてを繰り返しガチャガチャ鳴らしていた。
腕だけでなく、頭を除く全身をカーボン製のプレートで覆っている。ソワソワする上官をオペレーターはチラ見した。
「……司令、どうかしました?」
「ん? 近頃はどうもストレスが溜まっているようでな。久し振りに発散出来そうだ。リヴィングストンやベルの奴も中途半端で駄目だあれは」
部下には後ろに居るポールの姿は見えなかったが、歯ぎしりが聞こえる。高圧的な態度に腰が引けてしまっていた。
「お気を付け下さいよ。独断で部隊が全滅しては元も子もない……」
「これだから指揮官という職は気に入らんのだがな。一見して面白そうだが、実に退屈だ。とはいえ、私直々に動くのは後からになるだろうが」
口元が苦味を帯びながらも綻ぶ。奇妙な光景に他の士官達も作業の手を止めて呆気に取られていた。
「空挺部隊が来ると同時に攻撃機と揚陸隊を出動させろ。島南西から向こうの輸送隊も来る。ここで艦隊を退かせる訳にはいかんだろう」
「勿論です。パイロットとホバークラフトは常に待機中ですよ」
「お前達も、私の顔に何か付いているのか?」
抑えられていても高圧的な、凍り付くような声が止まった司令室を再始動させた。
オアフ島滑走路、静けさの中からどこからともなく、大気を揺るがす振動が聞こえ始めた。
「お、もう来たか」
「な、何だ?」
「俺の友達だ、仲良くしろよ。ついでにここの物資はありがたく使わせてもらうぜ」
やがて豆粒の正体がくっきりしてきた──横に広いトビウオ型のプロペラ式輸送機。
巨大な羽根で空を裂く――ジェットエンジンの逆噴射と、主翼後部のフラップを下向きに広げ、生じる渦で減速する。機首と主翼の下部から展開されたタイヤで地を削った。
やがて舗装された滑走路を曲がると止まり、更に後ろから別の機が降りてくる。大型輸送機だけではなく、垂直離着陸が可能なVTOL中型輸送機まで――翼の両端に付いたタービンエンジンを垂直に、滑るように地上をホバリング、こちらは直接格納庫の傍に着陸した。
「この調子で更に来られたら……」
「お前が居る限りはオアフはお前達の前線基地として機能するという訳か」
「何が言いたい? 神の光でも浴びたいか?」
反乱軍達がざわつくが、銀髪で細身の青年、サムは上に向けた人差し指を振る。
それだけで全員が口を閉じ、涼しげな笑みを浮かべる青年を一斉に見る。彼の背後にある、円形の穴をダクトテープで塞がれた窓を見て喉をゴクリと鳴らす者も居た。
「ちょっと挨拶してくるぜ。妙な真似したら焼き殺す。まあ何も出来んだろうが」
司令室のドアを開けて何処かへ行く。廊下で小銃を構える兵士が複数見えた。
「くそう、せめてこの状況さえ島外に伝えられれば……」
「しかし、島全域が電波妨害だなんて、普通考えられませんよ。いくらトランセンド・マンのエネルギー量や処理能力とてオアフ島全域にとても及ぶとは……」
扉が閉じると、士官達はとうとう不満を爆発させた。一応外に聞こえないようにボリュームは小さくするが。
突然、話を聞いていた一人の男が話を割るように言った。
「確かに。しかし現にこう出来ているのは何故だ?」
全員の注目が一斉に彼へ集まった。
トランセンド・マンの知覚は個体それぞれで適性が異なる。特殊能力の傾向で関連的に決まる傾向があり、大きく分ければ熱という原子の振動や電子等、ナノメートルの単位を認識する者、そして領域に特定の働きかけを行う、最大数キロメートルにも及ぶ広い知覚を行える者。
基本的にこのどちらかに偏る事が多い。一応ミクロの知覚でも望遠は可能であり、広範囲の知覚でも細かい認知はある程度は出来るが、
「光子というミクロのものを千五百平方メートルもある島全体で捉えるなんて両立、普通じゃあ考えられないでしょう」
「何かしらの方法で領域を認識しているのかも。補助する装置だとか」
「それだとロスの拠点で敵トランセンド・マンが能力を一時的に増幅させる物質を発見したとか……いや、それでも流石に足りないか……」
一人が言いかけたが、こめかみを押さえる。
しかし、顎に手を当てた別のオペレーターは止まらず会話を続けた。
「なら身に着けるのではなく、島沿岸や上空に巡らせた観測機器と連動しているとか。最近ロスの方に居るうちの技術者もトランセンド・マンの知覚能力を拡張するドローンを作ってて、ドローンからも攻撃が出来るんだそうだ」
「テキサスの拠点にエネリオンで仮の肉体を作って遠隔で操作したり知覚共有が出来る者も居ましたっけ。あの原理の応用か」
「管理軍側もその仕組みを発見していてもおかしくはないでしょうね。ですが、問題となる処理能力が気になります」
「何であれ、可能性としてあり得るのは空間を把握する観測機器だな。せめてそれを警戒するよう向こうに伝えれば、この島の奪還も……」
気付けばほぼ全員が、管制室の中央に置かれた、航空機の位置を示すモニターが埋め込まれたテーブルの前に寄り集まっていた。
モニターにはジャミングされた証であるノイズが映るのみだが、彼らの顔ぶれには希望の光が微かに差していた。
「だがどう伝える? 奴が言うにこの基地どころか島全域の有線通信設備も差し押さえたらしいし。ここの施設の隊員達との連絡も取れてない」
「自分達でやるしかないでしょう。幸いこの部屋にまで厳しく監視を要求していません。何か使える物を……」
一人の提案に、一斉に全員が部屋のあちこちを見始めた。ある者は無言で、ある者は何かを呟き、ある者は片っ端から棚を開け……
ふと、誰か若いオペレーターが調査から目を逸らし、言った。
「イームスさんも手伝って下さいよ、ほら」
「ん? ああ……」
部屋の窓際でぼんやりと立ってハワイの穏やかな空を眺めていた、頭頂部の禿げた老人――オアフ島の航空管制における指揮官は不意に声を掛けられ、ピクリと神経質に振り向いた。
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