7 : Difference

 ポール・アレクソンはモニターに映る画面を見ると、腕組みし唸る。


 何故なら、自分の思い通りの結果が出ていないからだ。


 原因は分かっている。


「奴らは一体何をしている?」


 ディック中佐から使用許可を貰った二人のトランセンド・マン、ブラウンとベルの事だ。


 偵察機が送る映像からはトランセンド・マンが二体ずつ違う場所で争い合っている。


『私は離脱します』

「分かったブラウン……」


 スピーカーからの聞きたくもない台詞。苛立ちを噛み締めるが心が顔ににじみ出ている。


 計画が理想と違うのだ。本来はサングラスの男、ブラウンが敵トランセンド・マンを引き寄せ、もう一人「音波制御」を能力に持つトランセンド・マン、ベルを敵軍殲滅に使うつもりだった。


「ベル、今どうだ?」

『まだ着いてません』

「早くしろ!」


 珍しく声を上げた上官に、周囲のオペレーター達が驚いて振り向く。


 彼は自分に完璧な絶対の自信を持っている。自分の考え通りに事が進まなければ腹立たしくなるのも当然とは言えよう。


 これでは足止めしていた敵トランセンド・マンがベルの足止めへ回り、想定と違う結果になる。


(何故こんなにも計画通りにならない? 何が原因だ?)


 敵トランセンド・マンの戦力などたかが知れている。引き寄せに十分な戦力を送った筈だ。


 だというのにベルは未だに前線まで辿り着いていない。


「司令、その……大丈夫ですか?」

「……外の空気を吸ってくる。こんな計画から外れた作戦などやる意味もない。お前達で勝手にやっていろ!」


 乱暴に椅子から腰を上げたポールは声も荒々しく上げ、指令室から速やかに退室した。部下達は上司の無表情だが鋭い眼光に気を取られ、再起動したのはドアが閉まってから三秒後だった。それでも部下達は任務を果たすべく作戦は続行した。





















 地上から発射される砲弾やロケット弾。上空から落とされる爆弾。


 一つ一つを認識する。エネリオンを送る――停止、信管が刺激され四散。戦場の中心に立つ白人少女、アンジュリーナ・フジタが力の源だ。


 その上空で横へ伸びる雷――航空機やその爆弾を撃ち落とす。発生源を辿れば本来は観測レーダーとして使われる緊急即席電子砲だ。送電線と通信線を通してアジア系青年、ハン・ヤンテイが司る。


 二人の「超越した者」によって被害は最小限に抑えられているとはいえ、自陣の損害はゼロではない。今さっきも、戦車の一台が上空からの爆弾で外装を剥がされながら吹き飛ばされたばかりだ。


 兵士達は更に窮地へと追い詰められていた。ついに後方へ退却し始める。


「ちくしょう! ハエみたいに次から次へ湧いて来やがる!」

『敵航空戦力は残り半分にまで減少しました』


 オペレーターからの報告に、兵士達は二種類に分かれてそれぞれ言う。


「よっしゃあ! あと残り半分も屑鉄の山に変えてやろうぜ!」

「まだ半分だと?! クソッタレ、持つかどうか分かんねえよ!」


 思惑は違えど、目的は同じだ。全力で引き金を引き続け、銃声や爆音が絶えず戦場を包み込むのは変わらない。


 その時だった。


 戦場の中に混じる一つの異質な「何か」。


 その存在に気付いたのはアンジュリーナ。広範囲に広げた認識の内側に侵入した「何か」、エネリオン以外の何物でもない。


 意識を集める。“見えない”けれども“感じる”――それが空気の塊と知ったのは無意識に手を伸ばしてから直後だった。


 方向性を与えられた空気の強烈な振動、普通の人間が食らえば一瞬で失神する威力の音波だ。


 アンジュリーナの「障壁」は実体を持たないものにまで作用する。少女から送られたエネリオンは秒速三百四十メートルで迫る空気の振動へ、命中。


 直後、ボン、という短い破裂音が鼓膜へ伝えられる。アンジュリーナどころか一般人にすらダメージを与えるにはエネルギーが弱過ぎた。


 だが安心は出来ない。むしろ状況は悪化している。


 アンジュリーナの正面二十メートル、砂を踏みしめる大柄な黒髪の男性。三十代程のその男は髭を生やした面をこちらを見せ、不気味な笑みまで浮かべていた。


「皆さん、早く逃げて!」(私がどうにかしなきゃ!)


 動転した少女が通信機へ叫ぶ。それだけで反乱軍の防衛線が崩壊した。爆発が少女の後方で何度も、何十回も起こる。後退中だった兵士達は更に必死になって走る。


 男が地面を踏み、少女が右手を出す。


 地面を蹴った事によって生じた衝撃波がエネリオンによって一方向へ――少女の掌から発射されたエネリオンが地面を這う衝撃波へ。


 地面を伝う振動は二人の中間地点で弱まり、殆ど消えた。


 男の掌や足の裏から放出されるエネリオン。次々と音波を作っては収縮、発射する。少女の掌からもエネリオンが放たれ、攻撃を無害化する。


 普通の人間から見れば、二人はただ睨みながら動かず向き合っている風にしか見えない。風変わりな事といえば、うるさいと感じる程度の破裂音が連続して聞こえるだけだ。もっともこの場に居る兵士達は、逃げるのが精一杯で見る余裕も無いが。


「ほう、女で子供にしては随分と強いな。だが、守るだけでは勝てん」


 男は独り言のつもりだったが、アンジュリーナの耳に届くボリュームだった。受け答える代わりに少女は黙々と、次々襲う音波を消し去る。


「だが、後ろの連中はどうだ? お前は平気でも奴らは比べ物にならん程脆い」


 アンジュリーナが不安げに顔を歪ませるが、振り向かない。それでも後ろから銃声や爆音や悲鳴が強制的に耳に入ってしまう。しかし彼女は本能に逆らって正面を向き続ける。


(引っかかったら駄目、集中するの!)

「強気だな。フンッ!」


 言動で揺さ振りを掛ける男から更なる追い打ち。地面を走る音波が多方向へ分岐した。


 行先は後方の弱き人間達。少女の掌と瞼に力が籠もる。多数に分岐した音波達へ向かって不可視の素粒子。


 ペースを上げても手応えが無く、詰まらなく感じたジェフ・ベルは相手へしかめ面をしてみせた。対する少女は物怖じずに立ち向かう。


 男の不敵な笑み――ベルの手足から放出されるエネリオンが途絶える。同時にベルの足は砂地を蹴っていた。反作用で接近する姿を前にアンジュリーナが慌てて前に出した手を引っ込める。


 相手が歯を見せて笑いながら右ストレートを放った。拳に対して咄嗟に少女の身体が左へスライド。


 男が続けて左ジャブ、右フック、左ブロー、左横蹴り、左手刀――ジャブに対し首を右へ傾け、体を後ろへ逸らしフックを避け、ブローを両手でブロック、蹴りをしゃがんで躱し、手刀の根元を両手で掴む。


「やあっ!」


 少女の高い掛け声、共に掴む腕を回す。相手は地面から足を離し空中で一回転、着地。


 男が腕を引き、枷が外れる。手応えを失った少女は飛んできた左拳に肩を打たれ、吹き飛ばされた。


 滞空中、「中和」によって吹き飛ぶ自分を減速させ、見事着地したアンジュリーナ。男は追い掛けもせずニヤリと笑いながらその場に立っている。


「良く戦場に立てるものだ。分かっているぞ」


 彼女はその言葉が自身に対する揺さ振りだと分かっている。聞こえないふりをして目をつぶる。だが相手は口を動かし続ける。


「その気があれば俺を殴れる筈だ。だがお前は殴らない、何故か」


 煽りながら一歩一歩着実に歩み寄るベル。少女は真面目に向き合うが、動かない。


「お前は何も出来ない。俺に負けるんだ。手も出せずにな」


 何時の間にか二人の距離は残り一メートルを切っていた。アンジュリーナがようやく気付き、慌てて離れようとする


 次の瞬間、少女は顔面に衝撃を感じた。今度は後ろに飛ぶ体が途端に引き戻される感覚。


 胸倉を掴まれ、相手の顔が迫る。


「ハハハハハ!」


 男が空いているもう片方の腕で拳を滅多打ち。無抵抗な訳にはいかず、腕でガードするアンジュリーナ。


 何度も打ち込まれ、防御に徹する少女。そして自身を掴む腕を掴み、捻って拘束から脱出し、距離を取る。


 アンジュリーナを逃した相手は、何がおかしいのかまだ笑っていた。


「柔術か。中々だが、それじゃあ殺せんぞ」


 殺す、という単語が少女を動揺させた。それを見逃さなかったベルは高らかに笑う。


「ハハハ……いや、どうやら客が来たな」


 ふと、男は笑みを消し後ろを振り向いた。まるで眼前に居た人物がどうでも良いように。


 アンジュリーナも男が振り向いた理由が分かった。景色の中、二点の人影。遠くに見えるが、猛スピードでこちらへ駆けて来るのが分かる。


『アンジュ、その男は私達が相手する。お前は皆を早く!』


 通信機から聞こえたのは彼女が尊敬する女性、クラウディアからの気高い声。そして二つの姿は男の前方五メートルで立ち止まった。


 銀髪で長身の北欧系女性は紛れもなくクラウディアだ。その隣には深青色の目と髪をした静かな少年、アダム。


 少女は二人へ目で合図を送り、二人が頷き返すのを見ると後ろへ走り去る。相手の男は見向きもしなかった。


 ベルはすっかり笑みに緩んだ顔を引き締める。対する二人はそれぞれ長短の刃を手にしていた。


「さあ来い」


 ベルトから大ぶりのナイフを引き抜き、構える。


(さて、中佐も無理な命令をするものだ……)





















「おい、アンジュちゃんが戻って来たぞ」

「助かるぜ!」


 迫り来る機械の群れにスラヴ系少女が一人混じっていた。


 少女は銃弾や爆風や飛び交う中、誰よりも速く反乱軍の前線へ辿り着き、塹壕に滑り込む。


 前線は後ろに押され、後方に暗い中でもうっすらと見える観測レーダー塔。雷を放ち、空中で爆発が起こる。


 見かねたアンジュリーナは一呼吸し、掌をマシンの大群へ――砲弾が空中で次々爆発する。


「おいオペレーター、航空戦力の数を教えてくれ!」

『現在の所残り三割から二割と見られます』

「やっとそこまで来たか……」

「待て、良く見ろ」


 兵士の一人が双眼鏡を覗きながら言った。隣の兵士もレンズを覗き、不可視の電磁波を可視化した緑の映像が網膜に伝えられる。


 トビウオ型の機体が猛スピードで飛んでいた。機体下部に取り付けられた細長い物体が切り離され、落下する。


 誰かの放った対空弾がヒットし、閃光――爆弾だ。


 しかし、健在のままの機体は急降下しどこかへ向かう。その先に何があるか悟った兵士は慌てた。


「観測塔が狙われている!」

「そりゃああの威力だ、敵も黙っている訳にはいかんだろうよ」

「火力集中だ!」

「私も手伝います!」


 機関銃や砲塔が変わらず弾を発射しながら向きを変える。観測塔からの雷撃によって更に空中で爆発が起こる。そしてアンジュリーナが地上と上空同時に意識を向け、「障壁」を展開する。


 アンジュリーナがエネリオンを上空へ送る。落下前や落下中の爆弾が起爆し、更には直進する航空機の軌跡さえねじ曲げた。


 後ろにそびえ立つ観測塔からは断続的に人工の雷が発射され、電気抵抗を減らされた空気の通り道を辿って飛行する金属を次々と撃ち落とす。爆風が観測塔に届かんばかりに広がった。


「気張れ! あと少しでカモは絶滅する!」

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