10 : Participation

 新素粒子「エネリオン」、それは西暦二〇五〇年代、もしくはそれ以前、地球管理組織が発見されたと言われている。


 名前の由来は、あらゆるエネルギーへ自在に変化出来るという性質を持つ故だ。逆に、あらゆるエネルギーからエネリオンへの逆変化も起こり得る。


 宇宙空間のどこにでも存在し、それ自体に質量は存在せず、エネリオン自体が熱や電気といった、物理作用を引き起こすエネルギーを持っている訳でもない。


 だが「変換」する事で、条件に合わせて他のエネルギーに変換可能であり、変換において概念的な質量も存在する。


「まあその話は先端分野だから理解は難しいだろうし、後にしておいて、ここまでは分かったかい?」

「分かった」


 ハンの説明にアダムは顔を変えず答える。それを信じて疑わぬ青年は頷いた。


 アダムが屋上で暗殺者と死闘を繰り広げてから一時間強。


 あの戦闘後、少年を庇ったアンジュリーナはチャックに治療されて即座に回復した。


 その後アダムはトレバーから、丁度今彼の目の前に居るハン・ヤンテイという人物を紹介され、彼、今まさに対面している東洋人からあらゆる事を教わっている。


 部屋はコンピューター類の乗ったデスクや本棚、給湯設備くらいだけの比較的簡素な部屋だった。二人はテーブルを挟んでソファーに腰掛けていた。


「理解が早くて助かるよ……じゃあ続きだ。そして、エネリオンは“普通の人間”には感じる事なんて出来ない。でも稀にそれを感じる事が出来る人物が居る」

「自分もそうなのか」

「その通り。エネリオンを感知し、更にはそれを吸収し、変換し、エネルギーに変える、それが出来るのが“僕ら”『トランセンド・マン』だ」

「エネルギーへ変換……具体的にはどうやるんだ?」


 トランセンド・マンは「能力」を行使する際、自動的に空間からエネリオンを吸収する。体表で吸収したエネリオンは脳へ集まり、そこでエネリオンの構造情報を変換する。


 ただし変換されたエネリオンは、この時点ではまだ物理現象を引き起こすエネルギーではない。変換されたエネリオンは、作用させる身体の部位や神経の末端部へ送られる。


「ここがちょっと面倒だけど、分かりにくかったら言ってくれ」


 そう告げた東洋人は、少年が頷くのを確認し、話を再開した。


 トランセンド・マンがエネリオンを使用するにあたって、大きく分けて五つの能力がある。「速筋力増大」、「遅筋力増大」、「身体耐久力増大」、「神経伝達速度増大」、そして「特殊能力」。


 ちなみにこれらを数値評価し、トランセンド・マンとしての能力をも測定するが、この数値を「能力値」ともいう。


 前者四つのステータスは脳で変換されたエネリオンを各身体部位に送り、意識的・無意識的両方の場合で発動出来る。具体的に変換するのは、出力増大や負荷軽減といった、主には運動エネルギーとその他。


 そして最後の「特殊能力」、これは個人によって内容が変わる。エネリオンを熱に変えたり電気に変えたり、十人十色とでも言うべきだろう。何故そういった特殊能力が個人個人で決まるのか、という理由は判明していないが。


 話を戻せば、「特殊能力」は他とは違って意識的に行う能力であり、また行使する場合はエネリオンを手や足といった神経末端部に送り、そこから体外に放出。そして放出したエネリオンを作用させる対象に当てる事でエネルギーに変換される。


「と、こんな感じだけど……」


 一旦区切る中華青年。対する少年は全く動じない。


「武器を使っている者も居たが、あれもエネリオンによって強化しているのか?」

「ああ、トランセンド・マンは何も道具が無ければ、決まったエネルギーにしか変換出来ない。その欠点を補うのが専用武器なんだ」


 すると東洋人は何処からか拳銃型の物体を取り出し、見せるなり柄を差し出すと少年に持たせた。


「この銃は使用者から送られたパターンを持たないエネリオンを吸収すると、この内部に組み込まれた、トランセンド・マンのニューロンを模した特殊な回路によって“銃弾”に変換する。でもこれ単体ではエネリオンを空間から吸収する事が出来ないからトランセンド・マンが持つ必要があるんだ」

「銃弾?」

「具体的には、ある量のエネリオンをある速度で発射し、命中した物体を破壊するエネルギーを与える。エネリオンの加速自体にエネリオンを消費するから弾速を上げても威力は損なわれるし、下げて威力を上げても当たらない」

「待ってくれ、加速にまたエネリオンを消費する、という事だが、質量は存在しないのではなかったのか?」


 ハンの言葉が詰まる。困ったように頭を掻き、しばらくして話を再開した。


「そこが面倒な所なんだ……簡単に言えば『疑似質量』という概念があって、それが運動エネルギーの法則に当てはまるんだよ……すまないが、これ以上は難しいからストップさせてくれ。その内専門家にでも説明してもらう事にするよ」

「分かった」

「ええと、ひとまずエネリオンやトランセンド・マンに関する認識はこれくらいで良いと思うけど、質問はあるかい?」


 アダムは間を空けず即答。


「トランセンド・マンと普通の人間は何が違う?」

「良い所に気付くね。これも不明な箇所が多いが、エネリオンを感知・操作出来る以外には大した違いは無いんだ。外見は見ての通り普通の人間と同じだし、DNAだって〇・〇〇二パーセント以下の違いしか見つかっていない。中身の内臓器官や細胞組織の構造だって違いは無いんだ。強いて言うなら、DNAのほんの少しの違いがトランセンド・マンとしての能力を持っていると考えられているけど、詳しくは今も解明されていない」

「そうか……科学は物事を次々と解決するが、それと同時に疑問を作り出しているようだな」

「同感だね。僕には、科学の研究が最終的に何処へ行き着くなんて想像も付かない……」


 逸れた話を、ハンはここらで戻す事した。


「アダム、僕達反乱軍の事は簡単にアンジュが説明したと言っていた。どの程度の認識だ?」

「……地球管理組織の管理社会化を阻止する、と」

「もう少し深く言えば、僕らが管理社会化を恐れている一番の要因は、人類が精神を失う事だ。管理社会は確かに合理的で安全ではある。でも進歩が全く起こらない。人類は成長し、発展する。それは動物なら必ず生まれ持つ精神に起因している。でも精神は時に人類を滅ぼしかけた事すらある。それを踏まえて管理社会を実現しようとしているんだろうけど……」


 ハンが一旦言葉を切った。少年は取り込まれ、青年の動き一つ一つを逃さなかった。


「ここからが大事だ。特に人類が持つ精神は人類自身の長所であり、短所である。短所を無くすのは良いが、それと引き換えに人類は長所を失ってしまう。物事は何でも表裏一体だ。二つのどちらかが突出しても、欠けていても成り立たない。ならば精神を持たない人間は人間と言えるのだろうか」


 少年はきょとんとしていた。その一方で聞き入っていた。


「……これは僕ら反乱軍を生んだ人物の言った言葉だよ。これこそ僕らに人間が人間たる理由だと思うんだ。僕だって人間が人間らしくあるべきには精神が不可欠だと思う。人間として生きる事。そして、弱点から逃げるんじゃなく、向き合う事……これが僕らの目的だと思ってくれ」

「人間として生きる……弱点と向き合う……」


 アダムの意識が現実から遠のいた。


 無機質な白い廊下。


 ひたすら走っている。


 逃げたい。だが追われる。


 逆らう。だが鎮圧される。


 一瞬――現実に戻った。その時、アダムはハンの意見を受け入れていた。共感していた。


「大丈夫かい?」


 黙っていたアダムの顔色を窺っていたハンが訊いた。アダムは無言だったが、頷いて肯定を示した。


「アダム・アンダーソン、君に訊きたい。この考えを理解出来るかい?」

「ああ、出来る。受け入れられる」


 揺るぎない断言だ。


「少し現実的な話になるけど、僕達の目的はそういった圧政から逃れる事でもあるんだけど。あと一つ、僕達はこんな事を疑問に思っている。何故管理組織は人々を支配しようとするのかってね。人を突き動かすのは疑問だよ。それを知りたいから動くんだ」


 少年は眠りから目覚めたかのように目を見開いた。


 このビルの屋上で同じ事をトレバーも言っていた。真実と向き合う事が何よりも大事なのだ。


「管理組織は何かを隠している。それが分かれば人類を救う鍵になるかもしれない……そして頼みたい、アダム・アンダーソン。どうか僕ら反乱軍に加わり、協力してくれるだろうか? その代わり、僕ら自身君の助けにもなるよ」


 ハンは友好的な態度を変えていなかったが、口調は緩やかさが抜け引き締まっていた。


「ぼんやりと覚えている……地球管理組織から逃げたかった。だが奴らは拒絶した……反乱軍は違う。受け入れてくれている」


 突如、アダムが口を開けた。断片的な言葉だが、意志は読み取れる。


「アダム・アンダーソン、君は僕ら反乱軍に加わりたいかい? 真実を目指すんだ。この先厳しい事は避けられないだろうけどね。勿論、君の助けにもなるよ」


 ハンは椅子から立ち上がり、アダムに向かって右手を差し出した。


「何故、管理組織は自分を追うのか、それを知りたい。自由になりたい……」


 対するアダムは座り、俯く。悩んでいるのか。やがて彼は差し伸べる青年を見上げ、言う。


「その手は何だ?」


 思わぬ言葉にハンはシリアスな雰囲気から一気に抜けた。普通なら握手する場面だと誰もが思うだろうから無理はない。


「アダム、これは握手というものだ。疑いの無い信頼の証だよ。右手で僕の手を握ってくれ」


 それでもハンは笑わず、優しく教えた。彼にはまだ分からない事が沢山ある。


 立ち上がった少年の右手が青年を握り返した。そして、上下に振る――もやが晴れたような気分だった。


「よし、じゃあ早速会わせたい人達が居るんだ。来てくれ」


 とハンが笑顔を見せながら歩き始めたかと思うと、この部屋唯一のドアの前に。手がヒラヒラ誘う。


 戸を開けた。廊下には何人かが立っている。彼らを待っていたのだろうか。


「おっ、話済んだか。その調子だと良い事でもあったみてえだな」


 一番先に笑みを浮かべるハンの姿を認め、馴れ馴れしく話し掛けた、ボサボサな長い茶髪で体格の良い男性は、隣の少年へ目をやった。


「元気? 俺はリョウ・エドワーズだ。なあ、これ食うか?」


 リョウは初対面のアダムにもフレンドリーに話し掛け、手に抱えていた紙の包みの一つを、アダムに有無を言わせる前に手渡した。


「スペアリブ、美味えぞ。特に脂肪が良いんだ。直火だから油が適度に落ちてるし、スパイスや焦げも良い。女のケツみたいなもんだ、大き過ぎても小さ過ぎてもダメで……」


 飄々とした語りは中断された。背後から、細く綺麗な白い手のチョップが、リョウの頭を叩いたのだ。


「誰の尻だって?」

「別にお前のとは言ってない。お前はなんでそんなデケえんだよ」


 リョウは後ろから自分を叩いた銀髪長身の女性の体つきを見ながら言い返した。服の上からでも分かる大きさの胸と尻、引き締まったウエスト、そして……


 ガシッ!


「お前は何でいつもそんな事ばかり考えるんだ? そうしないと生きていけないのか?」

「おいおい、拳骨はねえだろ、少しは加減しろ。ジョークは生きがいだぜ。呼吸しなきゃ生きていけないのと同じだ」

「かといって初対面の者に冗談、しかも下ネタなんて言うか? ついでにセクハラだぞ」

「生憎ルールとやらに従うのは嫌いでね。そうじゃなきゃ反乱軍なんて入らねえよ」


 皮肉を込めて口論する二人を呆然と見守るその他。その中の一人の少女がアダムへ寄って来た。


「あの銀髪の女の人はクラウディアさんだよ。リョウさんと少し仲悪くていつもあんな感じなの……」

「……」


 少女、アンジュリーナが苦笑気味に説明するが、アダムは目を開いたまま何も言わない。その風景に呆れているのか、それとも違うのかは分からないが。


 すると今度は、口論する二人に黒髪の白人青年が近付いて、肩を落としながら気だるい声で言った。


「二人ともまたしょうもない事で揉めるなよ。夫婦喧嘩は人前でやらんでくれや」

「誰が夫婦だ!」

「こんな男とセットにするな!」


 ところが冗談を利かせた仲裁するつもりの台詞は、二人を止めるどころか黒髪のラテン系青年をも喧嘩に巻き込み、勢いをスケールアップさせた。

「あの人がレックスさん。毎回三人はあんな感じだけど……」

「……」


 またも苦笑するアンジュリーナが多少呆れて言い、アダムは相変わらず黙っている。きっと罵倒する様子が少年には意味不明なのだろう。


「レックス、本当に毎度ご苦労さんとしか言えないよ……」


 隣でハンの嘆き。そして、目の前の光景を指し、少年へ向けて言う。


「本当はもっと居るけど、他の皆は今の所不在かな。そういやストーン先生やトレバーも居ないな……まあ良いや、改めて紹介しよう。これが反乱軍だよ」

「……」


 少年は掴み掛かる喧嘩にまで発展した三人組を観察している。


「馴染めそう?」


 隣から問うトーンの高い声。


「……それよりもアンジュ、傷は大丈夫なのか?」

「ん? 平気よ。もう痛みも無いわ。チャックさんって凄いでしょう?」


 眉を僅かにひそめたアダムの問い返しは、間違いなく少女を心配するものだった。それをアンジュリーナは満面の笑顔で答える。


 気付けば口論していた三人は、どういう訳か知らぬ間に笑い合っていた。その中には「馬鹿野郎」だの罵倒する言葉もたまに混じっていたが、和やかなムードがそれを凌駕する。


「大丈夫、みんなきっとアダム君を受け入れるわよ」


 アンジュリーナが隣から落ち着いた声で言う。アダムは何も返事をしなかったが、少女からは深く呼吸しているのが目に見えた。安心しているのか。


「それより、食えよスペアリブ。ブリトーもあるぞ。俺が全部金出したんだぜ」

「あっ、さっきまで金払いたくないとか言ってたくせに」

「言っとくが、お前が稼げたのは俺が一人でちゃんと仕事してたからだからな」


 リョウが得意げに提案し、クラウディアとレックスが怒りを露わに乗っかる。こうして三人の若者は言葉の乱闘を再開した。


 悪口の掛け合いを気にせず、アダムは言われた通り渡された包みの中の肉を一齧り。


(脂肪が丁度良い。焼いて適度に落ちているのか。塩やソースの味付けも合っている。スパイスの香りが見事だな。舌に感じる辛味も丁度良い。歯ごたえもあるし……)


 突如、口の中に広がる味の世界に放り出され、味覚の連鎖反応で持った肉を無言で更に食うアダム。


「それ美味しい?」


 少女が尋ねる。少し間を空けて言葉は返された。


「“美味しい”、とは何だ?」

「味が良いという事よ。そうやってまた食べたくなるでしょう?」


 手に持つ肉を見ながら少年はハッと目を見開いて頷いていた。「成程」と納得しているのだろうか。


 まるで新しい事を知った子供の如きアダムの反応を見て、アンジュリーナは嬉しそうに微笑んだ。未だ争いを繰り広げる若者三人衆を放っておきながら。





















『アンダーソン抹殺は失敗しました。これ以上は難しいと思われます』

「……ご苦労、戻って来い」


 オペレーターの隣、ずっと立ちっぱなしだったポールは、通信を聞くなり肩を落とした。


 続けて百八十度振り向き、そこに居た赤毛の中年男性へ声を掛ける。


「申し訳ありません中佐、また失敗です……」

「……そう気にするな。私のわがままみたいなものだ」


 中佐は、作戦において残り一人が離脱し、少数によるアンダーソン奪還作戦が完全失敗したと知ると落胆のため息をつき、眉をつり下げる。


「しかし中佐、これでは重要機密が……」

「心配するな。奴らに渡ったところで“本当の価値”を引き出す事は出来ない」


 彼は言い終えると部下の次なる台詞も聞かず、逃げるように一人で部屋から出た。


 廊下には誰も居ない。このまま自分の部署に戻るとしようと足を動かす。


 中佐、文字通り階級は中佐だが、ある事情で彼は時に少将並みの権力を発揮する時もある。先程失敗に終わったアンダーソン奪還作戦も、彼がポールに命じたものだ。


 本名、クリストファー・ディック。四十五歳。身長は百七十五センチメートル、と白人にしては低い方の部類に入る。


 生まれつきの派手で年に合わない赤毛が悩みだが、短くしているだけで、彼には染めるという発想は無いらしい。


 歩きながらクリストファーは二つの事を考えていた。一つは逃げるように足早に移動する事。そしてもう一つ。


(「覚醒」した……じゃあ“アダム”は目覚めたのか? ならば反抗的な行動も理解出来るが、まだ説明不足だ……)


 廊下には彼以外誰も居なかった筈だ。

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