2026 Die

『ひ、光っている? 私には何も見えませんけど……』


 球体を持っている仲間が言う通り、俺からも光っている様には見えない。むしろ光を反射しない輪郭をはっきりとさせない漆黒にしか見えない。


『何と綺麗だ……これは何処から持って来た?』

『ええと、船のエンジンルーム的な場所に……』


 仲間の言葉は途中で遮られた。船長が話をそっちのけで球体を奪い取ったのだ。まるで見とれている様に、例えるなら水晶球を割らない様に注意深く手に取って見ている。


 やがて船長は再び後ろを振り向いた。勿論そこには例の生物が横たわっている。


 一体どうしたんだ? コールドスリープを利用した宇宙航法によって起きているのは離着陸時だけ、長旅で気が狂った訳ではあるまい。火星独特の放射線が幻覚でも見せているとすればそれこそ全員おしまいだ。持病か何かであったとしても火星に行く前に調べられ、あった場合はメンバーから除外される。


「船長? どうしたんですか? 顔色が変ですよ」


 球体を生物の居る隣の床に置いた船長に問う。その顔は何か探し求める様にも見えた。回答は予想外のものだった。


『……いや待て、お前達何も”見え”ないのか?』

「何がです?」


 俺達に見えなくて船長だけ見えるってのか? まさか幽霊でもあるまいし。幽霊なら船長の取り憑かれた様な行動も理解できるが、船長はこうして俺達とまともに対面しているから違うだろう。


「それで、その球体を持ってどうしたんです?」

『いや……こうしなければならない気がするんだ……誰かに話し掛けられた気がする』


 どういう事なんだか、まだ40代前の船長だから歳ボケでも無さそうだし。


 ところで床に置かれた球体の方はというと、


『何だこれ! 光り始めたぞ?!』

『変です。まるでエネルギー反応が感知できない。いずれの計測器も無を示しています』


 俺達にも見える怪しく青黒い輝きを放っていた。しかもよく見れば転がっていた。


 球体はやがて倒れている生物へ辿り着き、衣服の上から間接的に触れた。


 その瞬間、


『――!』


 頭の中に直接声が聞こえた。その意味は分からないが、きっとこの生物達が話す言語なのだろう。しかも怒っている様に思えた。


『――!』

『うわあっ!』


 船長の隣に居た男が悲鳴を上げると、声はすぐに途絶えた。見ると生物が何時の間にか立ち上がっており、手は仲間の宇宙服を破り裂いていた。


『撃て撃て撃てーーーーー!!!!!』


 俺は防衛本能に駆られて引き金を引いた。他の皆も同じだろうか。だとすれば7か所21銃身、銃弾の嵐が生物に向かって襲い掛かる事になる。


『――!!!!!』


 今度の声は怒りよりも苦痛に思えた。体には所々赤い血が滴っており、どうやら殺す事は出来るらしい。


『――!』


 また違う声。今度は明確な意思を持っている。感情なんかでは無く何かを的確に示す思考。


 同時に、俺達は皆生物から放射円状に外側へと吹き飛ばされた。


「いてて……皆無事か?!」

『大丈夫だ』

『何とかな』


 6人からそれぞれ返事が聞こえ、俺は取り敢えず安堵のため息をついた。


『何だ今のは?! まるで念力みたいだ!』


 俺は何も触れていなかった。少なくとも俺達は射撃をするために距離を取った筈だ。


『違う、念力だ!』


 船長が断言口調で言い切った。何故そうも自信たっぷりに言えるのか。


『何故分かるんです?!』


 仲間の1人も俺と同じ事を思ったらしく、船長に尋ねていた。


『私には分かる! 理由は説明出来ないが、確かにそうなのだ!』


 まるで意味が分からん。理論派の船長がどうしてこうも根拠無しに言えるのか。


『私が時間を稼ぐ! お前達は早く逃げろ!』


 船長は俺達の有無を聞かずに奴の前へ立ちはだかった。そして掌を奴に向けた。


 それとほぼ同時、奴がその身体を後方へ何かに押される様にして吹き飛んだ。


 どうなってるんだ?! まさか船長が超能力者だとでもいうのか?! 俺達の疑問を余所に船長は手を前に突きだしたまま、奴は身動きが取れていないらしい。


「おい、早く逃げるぞ!」

『でも貴方、船長が……』

「仕方ない事だ、行こう!」


 俺の提案に他の5人が従い、慌てながら最初に入ってきた穴へ辿り着くと宇宙船の外へ出た。迷う事なく着陸地点へ向かう。


 背中に背負った推進装置をフル活用し、15分で来た道を5分で帰り着いた。


「クソッ! 地球へ電波が届くのに時間掛かるから独断でやるしかねえ!てかお前、それ持って来たのかよ!」

『同じ物が沢山あると言っていただろう。生命反応を示さなかった死体が動き始めたのだから、少なくとも害のある物ではない事は確かだ。それどころか我々にとって有益な物かも知れん』


 全員が入ったのを確認し、宇宙船のハッチを閉める。そして仲間の1人が俺に例の球体を渡した。


 見るからに黒いが、これが死体を蘇らせたなんて見当も付かない。船長が「光っている」と言っていたのも謎だ。


 いや待て、船長はあの現象を念力だと断言し、船長自身も明らかに念力を使った。超能力に何か関係あるとでもいうのか?


 今はそれを考える時ではない。早くこの惨劇を伝えねば。


 宇宙船の通信機に手を伸ばした瞬間、突然起こった。


 眩しい閃光、真空中だと言うのに激しい爆音、肌が焼ける感覚……





















「……しっかり……貴方、しっかりして!」


 妻に呼ばれ我を取り戻してふらつきながらも立ち上がった。どうやら閃光から長い時間が経過したらしい。


「大変なんだ! 俺達は大丈夫だが、残りの2人が……」


 仲間が示した先には床に倒れてピクリとも動かない別の仲間2人。左胸に手を当てたり、瞳孔にライトを当ててみたりしたが、生きている証拠は何一つなかった。また、人工呼吸や心臓マッサージ、電気ショックまで試してみても全く動かなかった。


「畜生! 何て残酷なんだ……」

「どう考えてもあの閃光が原因としか考えられないわ」

「アーメン……」

「あの閃光は例の宇宙船の方角だった。まさか……」


 高倍率双眼鏡によってその距離の物体を視認する事は可能だ。当然双眼鏡で窓越しに例の宇宙船の方角を見た。


 宇宙船は消えていた。それどころか周囲にあった岩、地面はクレーター状に綺麗に消されていた。


「しかし、何故俺達だけ助かったんだ?」


 死んだ2人だけ、ピンポイントに殺せるなんで爆発じゃあ出来やしない。そもそも爆風で宇宙船自体壊れてるし。放射線の可能性もあるが、それでも俺達は全滅している筈。


 あらゆる可能性を考え、検証してみる。有害物質、熱、ウイルス、音波、電磁波、放射線、だがどれも無かった。


「少なくとも俺達は無事だって事か? で、これからどうする? 一応俺達の任務はあの宇宙船を調べてくる事だが、もう無くなってしまっては調べようがない」

「もう帰るしかないだろう。まあ収穫がゼロって訳でも無いし、その球体は特に謎だ」

「賛成だ。映像記録も取ったし、何より死んだこいつらを早く供養してやろうぜ。しかし、ごめんな、折角の新婚旅行が……」

「気にしないで良いのよ。私は火星に降り立っただけでも十分嬉しかったわ。早く準備しましょう」


 帰ろう。こんな優しい奴が妻でいてくれて良かったな。





















【コールドスリープ:終了 大気圏突入:あと2時間】


 プシュー、という解凍音を耳にし、目を開けるがぼんやりとしている。上半身を起こし軽く体を伸ばす。


「……さみい……」


 現在の冷凍休眠技術はまだ完璧では無い。起きる時にどうしても体温が低く、仕方なく保温シートに包まる。


「……フアァ……」

「……おはよう貴方」

「おう」


 1人の仲間のあくびと妻の挨拶に、やる気の無かった俺は無愛想な返事をした。


 しかしもう1人の仲間がまだ起きてないのか。コールドスリープ解除時間は皆同じな筈なんだけどな。普段なら誰よりも行動が早い奴なんだが、珍しいな。起こしてやるか。


「おーい、起きろお。起きないと弁当にから揚げ入れてやらねえ……」


 俺はジョークを最後まで言い切る事が出来なかった。俺の様子に気付いて2人も傍に寄って来た。


 棺桶サイズの休眠装置、人が出入りする為の上面は開いてなかった。側面のデジタル文字が【解凍:完了 搭乗者:死亡】と表記していた。


 おかしいだろ! 寝る前はあんなにピンピンしてたってのに、休眠中に死んだってのか?! ありえない事だ! 冷凍・解凍に誤りがあったのか、休眠中に誤作動があって解凍されたのか……少なくとも安全の為に地球上で何百回と念入りにテストされ、安全確認されたんだ。


 休眠装置に異常がないのなら考えられる事は……


 俺はその仲間の死体を良く観察した。透視鏡で中身を調べた。しかし僅かな傷も発見されなかった。


「後になって死んだんだから放射線の類なんじゃないかしら?」

「確かに一理ある」


 が、妻の言う通り放射線だとすれば体の何処かに異常があっても良い筈だ。それでも測定機に掛けてみる、が放射線は無害なレベルだった。


 もしや火星で見たあの爆発が関係しているのか?


 しかし、俺達はその答えを思い付く事は出来ず、やがて宇宙船は3人の乗組員と3体の死体を乗せ、地球へ帰還した。





















 西暦2026年、世界でも有数の某科学技術開発企業が宇宙船を飛ばし、見事有人火星探査計画に成功した。


 到着から地球帰還まで起こった出来事はその企業の上層部によって一般に秘匿され、唯一分かった情報は、乗組員の内2名が火星で死亡、内3名が地球帰還までに死亡、内3名が帰還後2年後に死亡、計8名の乗組員全員が死亡し火星で起こった出来事を知る当事者は一切居なくなった。


 またその企業はそれから僅か5年で世界中でも圧倒的な経済力を有するにまで至った。火星から持ち帰った成果によるものだと思われているが、真相は不明。

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