第170話 生存証明、迫る不安

 思い立って鎧とくわの点検をしていたけど、

身を守るためには着るしかないよね……


「ソーマ様、まさか……」


 そう考えて鎧を着ている最中に、

ミザリーさんが心配そうに声を掛けてくるけど、


「ミザリーさんも準備して。行こう。」

「え……? 」

「弓で手伝ってくれると助かるかも……」


 言いながら、おれは出かける準備ができていた。


 夜だけど、一応 髪を隠すためのフードも着けた。



 家や村から包丁とかおのとか借りて……

いや、それだったら もうくわだけでいいか……


 ハニカ村で、キエラさんからもらった鍬を両手で握り、

これからのことを思うと鍬だけじゃ頼りないけど、

それ以上に、自分自身が頼りないのは わかっていた。



「た、戦えるの……? え、武器ってまさかソレ!? 」


 ロスティさんも おれの様子を見て戸惑いながら、

鍬を見て更に驚いていた。


「おれには……自分の剣とか持ってないからね。」


 まさか他のみんながいない時に

必要になるとは思わなかったけどね……


「でも、さっきまで体調崩して寝込んでたのに……」


 彼女は きっと、おれを思って押し留めようとしているだろうけど、


「……うん、だから おれは逃げまわるよ。」


 おれはそう答えて、ミザリーさんに視線を向けた。


 呆然としていたミザリーさんだけど、

目で通じたのか、急いで鎧と弓矢とを準備していた。



「でも、おれは……おれが行かないと――」


 もしも、あの黒い三つ首の犬の魔物  ケルベロス  が来てるんだったら、

村の中に来られたら、きっと みんな殺されてしまうから……


「みんなと一緒に……戻ってくるから。」


 それをロスティさんに言うのも どうかと思ったし……


「「……、……」」


 ロスティさんも、ミザリーさんも、

もう思い直させようとはしなかったけど、

おれに心配そうな眼は向け続けていた。



 おれだって、本当は ここに居続けたかったんだけどね……

二人を心配させてまで、出掛けたくはなかったんだ……


 ―― でも、おれが村を出ないと、

村の中が戦場になるような気がしていたんだ……



 もう夜中だから松明たいまつも用意して、

出掛ける戦闘準備のできた おれとミザリーさんは、

ロスティさんを残して家を出た。


 ロスティさんには留守を頼んで、

もしアルテナ達と入れ違った場合を考えて

伝言も頼んでおいた。


 おれとミザリーさんも村の北へ行く―― ってね。



 村の中は まだ子供を探しているためか、

松明たいまつを持ってウロウロしている村人たちがいて、

その人達の目から隠れるように、

おれはミザリーさんと一緒に村の北へと歩いていた。


 松明たいまつに火をつけていると村の人に見つかりやすいから、

火はつけずに無言で歩き続け、村のさくを抜け通り、

アルテナ達も通ったであろう道を歩いている。



 もしも本当にケルベロスが来たら、

おれは今度こそ殺されてしまうんじゃないだろうか……


 予感か不安か わからないけど、

思うたびに、その考えが強くなっていく。


 今は、ミザリーさんと二人だけ だからだろうか?


 そういえば、あの屋敷にいた時に、

おれは女の人に剣で胸を刺されたはずなのに、

どうして おれは生きているんだろう?


 そんなことを考えてしまって自然と足が止まり、

おれは自分の胸に手を当てていた。



「ソーマ様? 」


 一歩後ろをついて歩いていたミザリーさんが

右隣に来て 足を止めたのがわかった。



 不安が不安を呼んで、

次から次へと嫌な連想をしてしまう……



 夏、雲一つない晴天の日々。


 熱中症での死亡報道が繰り返されるようになって、

公園にいた あのおっさんも熱中症で亡くなった。


 あの後 家に戻って おれは、この世界で目が覚めた。


 おれはんじゃないだろうか?


 だから おれは この世界にいるんじゃないだろうか?


「……ソーマ様? 」


 不審に思ったのかミザリーさんが顔を覗き込んできた。


「おれ……」

「はい……? 」

「おれは……おれは ちゃんと、生きてる……のかな……? 」

「っ!? 」


 いきなりこんなこと言われて、

ミザリーさんは目を見開いて驚いていた。





 ミザリーは、ソーマの言動に驚かされっぱなしであった。

特に、村へと獣の声が聞こえてきた時からは。


 そして突然に、自分が生きているのかと問われた今も。



 ミザリーはソーマが、身体的にも精神的にも、

非常に不安定な状態であることを知っている。


 ソーマがパプル家の屋敷の敷地内で、

按摩師あんましのフォリアに剣で胸を貫かれたのを見ている。



 本来であれば、その時に死んでいても おかしくなかった。



 けれど ソーマの胸には傷一つ残っておらず、変化も起きず、

ミザリーもジョンもヴィラックも、その身に変化が起きた。


(私が耳の形状が変わったことを気にしているように、

いえ それ以上に、ソーマ様は気にかけていた……)


 ソーマ本人が話題にも 気にする素振りも見せなかったため、

ミザリーはもちろん、アルテナたちも進んで話題にせず、

暗黙のうちに忘れようとしていた事であったのだが、


 声は震え、顔色は青白く、今にも泣きそうな目をして、

すがるように 怯えるように見つめるソーマに、


「もちろん、今もこうして ソーマ様は生きています。」


 思わず 胸に当てていた手を両手で包みとって、

ミザリーは彼を元気づけるために笑顔で答えた。



 ソーマは数秒ほど 呆然とミザリーを見つめていたが、


「ん……そうだね。ごめん、変なことを聞いて。」


 そう言って、笑みを返していた。



 二人はそのまま、しばらく見つめ合っていた。


 だが、村の方から土や草を踏む足音が、二人の耳に入った――

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