第165話 心の中にある不安

 ジョン、バーント、ヴィラックが村へ戻り、

その足で村の医師のもとへと向かったのは、


「裸の女が、人一人を抱えて走っていった。」

「抱えられているのは、あれは恐らく黒髪だった。」

「ただならぬ様子で医師の家のほうへ向かっていた。」

「ロスティ様や村長が同行していた。」


 と、村の中のあちらこちらから、

村人たちの噂話が耳に入ってきたからであった。


 その村人たちの中には、


「村長が何かに怯えるように走り去っていた。」


 その姿を見た者がいて、不安を抱いている者達もいたが、

それをジョン達が聞こえるようなところで話す者はいなかった。



「いったいどうしたんだいっ? 」


 駆けつけたジョンが診察室に入ると、


「今、ようやく落ち着いて 寝ているところだから。」


 騒がしく来た三人へ、アルテナが注意をした。



 ソーマはアルテナの手を握ったまま、

アルテナに両手で、手を包み込むように握られたまま、

穏やかな顔で寝入っていた。





「ふぅん……」


 ヴィラックはソーマの胸元を見て、

ニタリと笑みを浮かべていた。


 ソーマの胸元にソーマは片手を置いたまま、

その手に青白い女性の腕がかぶさり、

黒い魔力のもやが その女性の腕の根から出ていた。


(この村で おれやお姫様が感じていたのはコレか?――)


 ヴィラックがそんな疑問を抱くと共に、

女性の腕は刹那せつなの内に消え失せていた。


(……他に誰が見知ったのか、気になるねぇ……)


 ジョンもバーントも、アルテナもロスティや医師の男性も、

それに気づいた様子もなく、ヴィラックは口を閉じ

遠巻きに この場を見守ることにしていた。





 ソーマが教会で急変した時の様子や、

それまでに看病をしていたアルテナ達の話を聞いて、

医師が診察をした結果、


「診察をした限りでは、病み上がりで歩きまわったため、

不調がぶり返したかにしか思えないのだが……」


 と、思案顔で医師はアルテナ達に言い、


「精神的な面で負担が大きくなると、

肉体にも強く影響が出るのだが、何か心当たりは? 」


 心当たりのあるアルテナ、ジョン、バーントの三人は、

各々、苦い思いをして目を伏せていた。


 その三人の様子を見て察した医師は、


「ふむ……こればっかりは、薬などで簡単に治るものではない。」


 と、ソーマの事に関して、アルテナ達に任せることにした。


 現実世界における精神科医、心療内科というものが、

この世界には確立していないからで、

心を落ち着けたり、不安をやわらげるような薬も作れないからである。





 医師の診察を終え、ソーマも落ち着いて寝ているわけだが、

そのまま医師の家で寝かせておくわけにもいかず、

ソーマを起こさないようにバーントが抱き上げて

借りている家へと戻っていった。



 その道中、


(精神面での負担……)


 ロスティはアルテナたちに同行しながら、

一番後ろの位置で歩きながら、

バーントの背中で見えなくなっているソーマを思った。


(いろんなことが、負担になるようなことがあった……)


 医師に聞かれた時の彼らの様子を見て、

村の中で黒髪を周囲に見られた時のことを思い出して、


(自力で動けなくなるくらいに……)


 礼拝堂の中での異変時のソーマの様子を思い出して、

ロスティは杖を握る腕に力がこもってしまっていた。


 先ほどの、ソーマとアルテナの様子を

手を握りあう様子がロスティの脳裏に浮かび、


(本当なら―― )


 不調により不安になっているソーマの手を

優しく両手で包み込む自分の姿を想像してした。


 常日頃ロスティが手にしている金の装飾がある杖も、

普段から着ている白の外衣ローブも、


(不安を取り除くのは、私の役目……)


 村の、信徒たちの、人々にパルステル教の教えを説き、

その心にある不安を取り除くことが、

カラパスの村でのロスティの役目であった。


(なのに私は、ただ見ているだけで、

何もできなかった……)


 その想いが、ロスティの心の中に残ってしまっていた。


 それらを思い考えるあまり、

アルテナ達と共に行動している姿を

村人たちに見られていることに、ロスティは気づかずにいた。

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