第105話 パプル家の屋敷では

 街の外で犬の魔物の群れが迫り、アルテナ達がその迎撃に向かい、


 ソーマ達のいる加工屋の前に黒魔導教団の団員であるカルミア達が、

また同じ組織であり、シュロソ導師の配下『両手探りょうてさぐり』が現れたのと同じ頃――



(魔物の襲来に合わせて『お姫様邪神様』を連れていく……か。)


 赤紫色の髪の男―― ヴィラックは、

ソーマ達が滞在しているパプル家の屋敷の

裏側を一望できるように、民家の屋根の上で息を潜めていた。



 ホルマの街より ソーマ達を尾行し続けていた彼は、

先日 ミミズの魔物たちが襲撃してきた時にソーマ達へ接触した。


 その結果、彼を導いていた幻聴が聞こえなくなり、

再び幻聴が聞こえるのを待ち続けていたが、結局 聞こえないまま、

ソーマ誘拐の計画に参加していた。



(そういや、あいつどうなったのかな? )


 屋根上で風に吹かれながら ヴィラックは

以前、自身の手柄羽根とソーマの持ち物を持たせて送り出した男の事を

思い出そうとしていた。


 幻聴の声とソーマのことで頭がいっぱいだった彼は、

なんだかんだで話を聞いていた男のことを、

今になって頭にぎったのであった。



(『お姫様』を連れていったら、また会えるか。)


 そうして意識より斬り捨てた時



 ―― 殺せ――


(っ!? )


 首筋がゾワりと冷えるような感覚とともに、

ヴィラックの待ち望んでいた幻聴が聞こえた。


 彼が感覚に従い、咄嗟にその場から飛び退いた後、

彼のいた地点を通過して 矢が民家の屋根に突き刺さり――



「ちっ! 」


 ―― 次々とヴィラックに向かって矢が飛来した。


 ヴィラックは走り、身をよじり、

それでも次々と狙って飛んでくる矢を、

かすることなく全て避けきることができていた。



「へぇ、死角からだが……避けるか。」


 黄色い髪の男が屋根上に姿を現し、

驚きと称賛をもって、ヴィラックへ声を掛けた。



「……見ない顔だが、誰かな? 」


 ヴィラックは声の主に そう尋ねた。


 同時に、この近辺で続けざまに、

男女の断末魔と屋敷の扉や壁などが壊される物音が

次々と彼の耳に響いてきていた。



 長い前髪を左上から右下へ斜めに切った髪型の、

長袖長丈の衣服に軽い鎧をまとった冒険者風な恰好の男は、


「『遠落えんらく』のサノオーと呼んでくれ。」


 弓を上半身に固定させると、後ろ腰に備えた短剣を右手に、

左前腕に固定していた 肘から指先までを守る盾を構え直し、


「では、我等『両手探りょうてさぐり』のために死んでくれっ!! 」


 サノオーはヴィラックへと襲い掛かった。





「ぬぁーはっはっはぁっ!! 」


 パプル家の屋敷の正門を、そして扉や壁、園芸の花瓶などを、

鉄の柱のような物で殴り壊している男がいた。


 屋敷の入り口で彼を止めようとしたパプル家の屋敷の者達は、

すでに その鈍器で殴り殺されており、

その中には原型を留めていない死体さえ あった。



 筋肉が盛り上がり、柱のような鈍器を振り上げ、


「モノが壊れるのは良いものだなぁ!! 」


 笑みを浮かべ、物の壊れる音を楽しんでいる彼は、

両手探りょうてさぐり』に属する『鈍音どおん』のチョウキ。


 目的を忘れ、彼は笑いながら入り口周辺の破壊活動を続けていた。



 だが――


「遅かったか……」

「ぬぁ? 」


 声を聴き、チョウキが振り返った先、正門の方には老人が立っていた。



「ふんっ、お前も叩き潰してやるっ!! 」


 チョウキは鉄柱で老人を叩き潰すために駆け出した。



「魔力よ!! 刃向う者に制裁を!! 」

「魔法だと!? 」


 詠唱とともに老人の周囲に沸き上がった緑色の粒子に、

チョウキは驚きながらも立ち止まることもできず、


「断罪の炎!! 」

「ぐわああぁぁぁぁっっ!? 」


 老人の突き出した手のひらから放たれた炎に包まれ、

チョウキは全身を焼け焦がされて 地面に倒れ伏した。



「これがヤクターチャ様のおちからだ……」


 老人―― 黒魔導教団の導師であるローグレーは、

その死体に一度視線を向け、パプル家の屋敷の中へと走っていった。





(ど、どうしてこんなことに……)


 ブリアン家の使用人であり、先日ソーマと関係を持ったミザリーは、

パプル家の屋敷に用意されたソーマの部屋、衣装棚クローゼットの中で息を潜めていた。



 突然、門番をしていた者たちが倒れたかと思うと、

正門が鉄の柱のような物を持った男に叩き潰され、

その男と共にもう一人の男が、屋敷の者達を殺しながら屋内に侵入してきた。


 その様子を二階のガラス窓から眺めていたミザリーは、

屋外に逃げることをせず、咄嗟に衣装棚へと隠れることにしていたのだった。



(いったいどうして……)


 屋内では使用人たちの悲鳴や物の壊れる音が響き、

そのたびにミザリーは体が震えあがる思いをしていた。


 ミザリーは黒魔導教団の団員でもあり、

彼女は彼らが、同じ教団の団員であろうと察しがついていた。


 素性を隠してブリアン家に潜り込んでおり、

カルミア達以外では、誰がミザリーの素性を知っているかはわからない。



 この初めての襲撃と惨劇に、

ミザリーは死の恐怖を感じていた。



(ソーマ様……助けて……)


 震えながらミザリーは両手を合わせ、想い人に祈っていた。


 自分を助けに戻ってきてくれることを祈って――





「ディール様……」

「ジョンから、こうなるかも とは聞いていたが……」


 正門の騒動を聞いた時から

パプル家のディールとお付きの侍女のパンジーは、

屋敷内の使用人たちに避難を呼びかけるため、

 二階の通路を走り続けていた。



「迎撃できますか? 」

「ぼくより抱えの者達の方が強いんだぞ。生き延びよう。」

「ですよね。」


 パンジーはディールの装備している剣と盾を見て言ったが、

その返事を聞いて、素直に頷いていた。



 すでに屋敷内に入られているため、

襲撃者の目的は ほぼ達成されている と、二人は見ていた。


「ここに『彼』がいないからね……」

「向こうにも敵がいるのでしょうか……」


 そして、二人はどうやって屋敷から逃げようかと考えていると、



「本当に こちらは違うようだが……まぁいい。」


 青紫色の髪をした男が通路の、二人の後方に現れ、


「おれは血が見れれば、それで良いのさ。」


 両手持ちの剣を構えて 二人をジロリと見て、ニタりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る