第80話 傷ついた街で流れる声は 何の想いが風に乗るものか

 ドゥチラナカの街に滞在していたボルレオ国の衛兵士であるシェンナ達は、

夜明け頃にノースァーマの街へとたどり着いた。


 魔物襲撃の報を聞いて駆けつけたわけだが、

実際にその被害をの当たりにして、彼女は驚きを隠せなかった。



「何の前触れもなく……こんな酷い状態になるなんて……」


 彼女だけでなく他の衛兵士や兵士たち、

直属の隊長達までもが一目見て言葉を失う有様であった。


 その惨状にしばらく放心していたが、

隊長たちはシェンナ達や兵士たちへ救援活動の指示を与え、


 シェンナ達は人々のいる街の南で行動を開始していた。





「ブラウさん、もう体の具合は良いんですか? 」

「あぁ、調子は戻ったが、むしろ鈍ってしまったような気がするよ。」


 安静にしていたブラウさんもすっかり体調を取り戻したようで、

朝 様子を見に行ったら、ベッドから起き出していた。



「明日からは街の様子を見てまわることにするよ。」


 そう言って部屋から出ていくブラウさんの後を追って、


「あの、おれも……」


 街の人のために何か手伝いがしたい。そう言いたかったんだけど、


「……」


 口を閉ざしてしまったおれにブラウさんは振り返って、


「誰かと一緒なら、外に出ても構わないかもしれないね。」


 おれを安心させるように、そう言ってくれた。



 誰かと一緒なら……か……


 慰めてくれてるのは嬉しいんだけどさ……



 それから、みんなでパプル家の屋敷で朝ご飯を食べていた時、

屋敷にやってきた冒険者の人達から、


「夜明け頃から、救援物資や人が来るようになった。」


 と、連絡を受けた。


 物資は今生きている人たちの生活のためにあてられ、

 グシャグシャになって落ちた地面を埋め立てるために、

瓦礫やら何やらを撤去しているみたいなんだけど……



「パパ……ママ……みんな……」


 ジョンの悲痛な声が響いてくる……


「だから、だから外に出ようって言ったんだよぉっ!! 」


 ブリアン家の屋敷の庭園跡地に並べられた遺体たちに、

ジョンが縋りついていた。



「……」


 ことある毎にジョンに喧嘩を売っていたディールさんも、

ジョンの姿に痛々しそうな顔つきになっていた。



 本当に、街の被害がデカすぎる……

一家全員死んだところの方とかが多いんじゃないかと思うし……


 服屋とか靴屋の人達も……犠牲になったんだよな……



 ミザリーさんや使用人の人達、お抱えの冒険者の人達も、

親しい人達が亡くなって、涙を堪えきれないみたいだし……



 吹き通る風にジョン達の悲しみが乗っているような気がした……





 ノースァーマの街の南にある貴族の屋敷で、


「ククク……ブリアン家や名立たる貴族の連中が潰れ、

ワシも恵まれておるのぅクハハハハ!! 」


 豪華な私室で、声の主である男は椅子にどっしりと座り、

蜂蜜酒を呷りながら高笑いしていた。


「本当に恵まれておりますのぅオホホ。」

「「……」」


 その肥えた男―― クネガーの体に

カルミア、ラティ、フォリアの三人が、

扇情的な衣装で媚びて寄りかかり、纏わりついていた。


 ラティとフォリアの二人は、三人でいる時と違い、

無表情でそばにいるだけであったが。



「パプル家なんぞは残っているようだが、

まぁ、他の全部が潰れたら変に疑われるしのぅ。」

「魔物に街が襲われるなぞ、到底あるとは思わなんだし……」


 空になった杯にカルミアが酒を注ぎ、


「これからが忙しくなるわい。ガハハハハッ!! 」


 それを一気に飲み干して、貴族のクネガーは豪快に笑っていた。





 クネガーの屋敷のある一室で、

ヴィラックは寝台の上で寝ころんだまま、

ぼうっとしながら考え事をしていた。



(黒い魔物の羽や『お姫様邪神様』の持ち物は無事届いたか? )


 魔物の襲撃以前に教団本館へ出発した荷車たちを思い、

時期を考えて問題ないと彼は判断した。



(今、『お姫様』を連れて行くのは難しいかもしれない……)


 現状、馬車や荷車も、数が多くても少ないと思えるくらいに使われている。


 また街中のそこらでも家のない人々がうろついている中で、

再び行動を起こすのは人目につく可能性が高く、

 ヴィラックはそれを避けたかった。



(『お姫様』から離れたのに、幻聴が聞こえない……)


 ヴィラックにとって一番の悩みが、それであった。


 ソーマに会ってから、また、黒い三つ首の魔物が去って以降、

彼の破壊衝動や破滅願望を昂ぶらせる声が聞こえなくなっていた。


 幻聴が聞こえない今でも状態は変わらないものの、

ヴィラックは、これからどうすれば良いかわからない。



「……もう一度、会いに行くか? 『お姫様』に……」


 けれど、動くのはためらわれていたヴィラックであった。


 枕を抱きつつ、彼はため息を吐いていた。

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