第33話 空に思えば

「あー、今日も良い天気だ。」


 仰向けに寝転がり、

両手を枕がわりにのんびりと空を見上げた。


 青空に大小さまざまな雲がのんびりと風に流れて浮いていた。

木の葉の擦り合わされた音が、撫でるような優しい風と一緒に耳に入ってくる。


「血は赤い。うん、そりゃそうだ。」


 口元を拭うと、手の甲に血がべったりとついた。

血の匂いが後になるほど鼻についてくるのは困ったものだよね。


 死の匂い……とは違うか。

そう思いながら苦笑の笑みを浮かべてしまう。



 眠い気がして、瞼を閉じた。


 おれが今いる巣の主は、

クチバシを血で濡らしながら飛んで行ってしまった。


 またどこかから捕まえてくるんだろう。



 目を閉じたまま、手探りで……あった。

いつまでも巣に載せておくのも嫌だから適当に外へ放り投げた。


 カランと、すでに投げ捨てていた骨とぶつかって、骨同士で音が鳴った。

もう軽く骨の山になっているんだけど、それだけ犠牲になったのか……


 いや、まぁ……想定はしていた。


 想定は、していたんだ。



 鳥が空を飛んで、どれだけの距離を移動するのか。

人が徒歩で、どれかけの距離を移動できるのかの違いを。


 おれが鳥の魔物に巣に運ばれてから、もう三日は経っていた。


 おはようからおやすみまで、

親気取りの魔物と過ごすとは思わなかったよ……


 その三日間の食事は、魔物がエサを取りに行ってる間に

巣の外へ蹴り飛ばされた荷物からの食べ物で。

 排泄も巣の外の木の陰でしていた。



 魔物が巣から離れている時間は思ってた以上に長かったから、

 水浴びとかで体の汚れを落とすことぐらいが、

おれにとっては必要な問題だったかな。


 この親気取りは、木の実よりも動物の肉を食べるみたいで、

 運んでくるエサはもっぱら牛や犬や馬みたいな、

草原で走りまわってそうな動物の死体ばかりだった。


 おれは衛生面もあって、

生で肉は食べれないし食べたくないんだけど、

 ヒナじゃないとバレるのも怖かったから口だけはつけた。


 けど、もう勘弁してほしい。

血も匂いも肉の硬さも、とても食べれたもんじゃないしね。



 あー口をゆすぎたい……手も洗いたいなぁ……


 あまり気温の変化がなくて暑さ寒さを気にしなくても良さそうな

この世界なんだけども、夜は流石に焚き火とか防寒できるものがないと冷える。


 けど鳥の腹の下がうまい具合にふかふか暖かくて、

背中に感じる巣のガサガサした具合さえなければ、

睡眠はかなり心地良くできていた。


 まぁ衣食住どれも元の世界のに比べるとちょっと……って感じだけども。



 アルテナたち、まだかなぁ……



 鳥の魔物が巣にいる時は頬ずりしてくるか、腹に敷いて温めてくれるかで、

おれはされるがままに昼には惰眠を貪っちゃったりしているんだけど、

いつまでもこのままは流石に困る。割と綱渡りしているような気分。


 おれは、アルテナは必ず助けに来てくれると思ってる。


 だって荷物のほとんどはおれが持ってるんだから。

水も食料も必要品も、貨幣袋も荷物の中に入ったままだし。


 それにしてもこの親鳥、

壊された巣を完全に直す気がないみたいなのが不思議だった。

 もともとは木々の上にでも巣を作ってたんだろうに、

巣の残骸をちょっと直したと思ったら地面の上にそのままなんだから。


 おれは色々助かるけどさ、こっそり抜け出せれるし。


 巣を直すついでに周辺の木々を倒して空間を広くしていたから、

尚更、巣をそのままの位置にしておくつもりなんだろう。


 森の中に野犬とか野生動物がいたけど、親鳥がいるから危険はないし。

いや、この親鳥がおれにとっても危険なんだけどね。


 まぁ……もうしばらくは、ヒナになったつもりで待とうかな……


 はぁ……飛んで逃げたいなぁ……





 ソーマさんが魔物に誘拐されてから三日も経ちました。


 誘拐された当初は独りで追いかけていたアルテナさんも、

私達が辿り着くのを待ってくれていて、その日のうちに合流していました。


 合流した時もずっと、ソーマさんの攫われた方向を向いていたのが

私にとっては印象的でした……


 私だって……


 今まで外を出歩いたことがない私にとって、

この旅は初めての連続ばかりでした。


 外での食事も野宿も、その……お手洗い、も……



 アルテナさんのあの恰好って、


(単に動きやすいだけじゃないんだなぁ……)


 って気づかされました。


 川での水浴びも脱ぐ必要がないし、お手洗いの時もすぐに脱ぎ着できるし、

服のすそが地面についてないかどうかなんて気にする必要もありませんから……


 わ、私には恥ずかしくって、とても着れませんが……


 それにしても……私達、ろくに会話もありません。


 ソーマさんが魔物に誘拐されているから

アルテナさんも気が立ってるみたいですし、

 それがわかってるから私もお師匠様も

自然と口数が減っていってますし……


 一刻も早く、ソーマさんを助け出さないと……


 彼の、あの白くって温かくてドロッとしたのを、もう一度味わいたいなぁ……

お腹を満たすだけの味気ない食事をしているたびにそう思ってしまいます。


 はぁ……私も鳥になって空を飛べたら、

あの魔物を追いかけることができたんだけどなぁ……

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