第27話 アイドルのギルド体操。
まだ朝の光が部屋にも差し込まない、辺りも薄暗い時間に起きてしまった。布団の上で伸びをすると、体があちこち軋んでいるように感じる。
……まだ、冒険の疲れが残ってるなぁー。外で体でも動かそうかな。
アパートの外に出ると、やはり薄明な光で映される街があり、人気もまだなさそうだ。
しばらくストレッチをしていると、管理人室とは逆端にある部屋の扉から、この時間に出会うには珍しい人が出てきた。
「早い朝だね。おはよう、てん君」
「おはようございます。こんな朝早くに珍しいですね、オカさん」
俺とあずさちゃんの他に唯一このアパートに住んでいる森人族のオカさんだ。
少し前まで冒険者をしていたけど、今は夜の街で働いているはずだからこんな朝早くに会うことは普段無いんだけど。
「今日は朝から何か用事でもあるんですか?」
「毎朝、中央広場でギルド体操があるよね。それに参加しようと思ってね」
「……何で今日に限って参加しようと……?」
いつもは、俺とあずさちゃんが朝起きる前に眠って、俺とあずさちゃんが夜眠る前に起きているのに。
「ふふふ、だって今日は、私の一推しのアイドルがギルド体操の先生を行うからねっ!!」
「……なるほど」
オカさんはアイドルの追っかけをやっている。
冒険者を辞めたのも、オカさんの好きなアイドルが『ダンスのイメージトレーニングしながら歩いていたら、人にぶつかってしまったんです……。皆さんも危険なことはしないようにしてくださいねっ!!』と雑誌にコメントを載せていたから、という理由らしい。
それからは自ら危険に飛び込むような真似はしていないという。
本物のアイドル好きだ。
「あぁ、彼女に会えると思うと眠気なんて全くこなくてね。この情報を仕入れたときから、何度眠れない朝昼を過ごしたことか。なかなか王都でのライブ以外では会えない子だからね、この機会を逃すなんてナッシングさっ!!」
「……そうなんですか」
「もし、良かったらてん君も一緒に行くかい?」
「い、いや俺はやめときま……」
「てん君はあまり興味なそうだったし、この機会にアイドルの魅力を知るといい! あの子を見れば気づくだろう。今までの自分が如何に穢れていたのかをっ!!」
……ギルド体操に行くのはいいんだけど、この人と一緒に行くのが嫌だ。
だれが穢れてるんだ、だれが。俺は今も昔もきれいなままのはずだ。
「さぁ、行こうじゃないか!! ふふふ、何て清清しい朝なんだろうねっ!!」
「…………」
俺の抵抗もむなしく、オカさんに引っ張られて中央広場まで行くことになってしまった。
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中央広場に行くと思っていたより人が集まっていた。
おそらく、アイドルが来るということでいつも以上に人が集まっているんだろうな。でも、男性のファンばかりではなさそうだな。若い女性の姿も結構見える。
広い層に人気がある子なんだな、そのアイドルは。
「同士がたくさんいるね。何度かライブ会場で見たことある人もいるよ」
「そんなに人気がある子が来るんですね。なんていう子なんですか?」
「ふふふ、そんなに逸らなくても大丈夫だよ。てん君ったら、いざ来たとなったらテンション上がっちゃって。気になるかい?」
「……とりあえず聞いてみただけですよ」
……アイドルが関わると面倒くさくなるんだよな、この人。
それからしばらくすると、ギルド体操の先生役のアイドルが中央広間にやって来た。
途端に、周りの人々がザワザワしだした。お目当てのアイドルが近くにいることに興奮しているみたいだ。
どれどれ、…………黒服に囲まれて全く見えないんだけど。
そのアイドルがいるらしい場所に、ガッチリ黒い服を着た人達が配置されていた。
「バカなことを考える人だっているかもしれないからね。あれぐらいは当然だよ」
アイドル界では常識らしい。
黒服に囲まれたまま中央広間に設置されている、俺の胸ほどの高さの高台まで来ると、とうとうその黒服の間から体操服姿のアイドルがお披露目された。
……………………アイちゃん?
「「「「「ワアァァァアアアアアァァーーーーー!!!」」」」」
彼女が高台に上っていくと、集まっている人達からの歓声が大きくなった。
「皆さん、こんな朝からギルド体操に来てくださってありがとうございます!!」
「「「「「ワアァァァアアアアアァァーーーーー!!!」」」」」
「今日、体操の先生役をやらせてもらいます、アイと言います。 よろしくお願いしますっ!!」
「「「「「ワアァァァアアアアアァァーーーーー!!!」」」」」
「ですが、まだ眠っている方もいらっしゃるので、もう少し静かに体操しましょうね?」
「「「「「ゎぁぁぁぁぁぁぁーーーーー」」」」」
「はい、ご協力ありがとうございます!」
……しっかり手綱を握っているんだな。
しかし、ギルド体操の先生ってアイちゃんだったのか。こんなに皆から人気があるなんてお兄さんは誇らしいぞ。
「あぁ、本物のアイさんだ……。ここからでも分かる、オーラを纏ったそのお姿。そして、全ての人に与えられるその優しく暖かな思い遣り溢れるお言葉……っ!!」
オカさんはどこかにぶっ飛んでしまっているようだ。
「それでは皆さん体を動かせるように広がってくださいね。まずは深呼吸から始めましょう……」
アイちゃんがすーっと腕を上に挙げ、はーっと体の横から下ろすと、同じように皆が深呼吸を行う。それからアイちゃんがギルド体操を皆の手本になって進めていく。
だけど、体操服だと露出が過ぎるんじゃないだろうか。これは兄心のせいか。とても気になってしまう。
アイちゃんが体を反らしたり飛んだりしてお腹が見えそうになると、心配になって男共の目を潰してしまいたくなる。
……ダメだな、兄バカが進行しているかもしれない。
自分で自分を戒めていた時、一人の男性が暴挙に出た。
「それでは、今度は腕を伸ばして体ごと回しましょ…………」
「……アイちゃーーーーーんっ!!」
アイちゃんに向かって走り出した野郎が現れた。俺の斜め前の方にいた男で、急に走り出したので他の人も反応できていない。
……あぁん!? ウチの妹になにしようとしてんだっ!!
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「今度は体を前に倒して……んっ……」
「「「おぉぉー…………っ、おぶぅっ」」」
「何見てんだっ。この野郎共!!」
────とは出来ないしなぁ。
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