014 - 昔話③
隔離棟の扉の前で、スカラは深呼吸をする。
急いで走ってきたため息を整える意味もあったが、それ以上に、少しでも頭を冷静にしたかった。
ヅィーはこの隔離棟の中にいるとカリナは言った。
スカラは足を踏み入れたことのない場所だ。
一般技術者であれば、まず用事がない建物である。自分が知る限り、技術者が隔離棟に収監されたという話も聞いたことがない。
そもそも、何故こんなに巨大な建物が、誰かを隔離するためだけに建てられているのかも知らなかった。隔離棟を目の前にして、スカラはその疑問を初めて抱く事に気付いた。
周りを見渡すと、人間の警備員はいないが、警備ドローンはそこらをウロウロしている。
ドローン以外にも整備セキュリティはいくつか整備されているだろう。
スカラは恐る恐る扉に近づく。
すると、数秒も経たないうちに扉が自動で開いた。
カリナの言葉を思い出す。
――上級技術者であれば、面会くらいは出来るかもしれませんよ?――
どうやら、上級技術者であれば生体認証によるセキュリティをパスできるようだ。
中に足を踏み入れる。
建物内部はシンと静まり返っていた。隔離棟は決して朽ちているわけではないが、不気味な廃墟に入り込んでしまったような感覚を味わう。
無機質な建物内部には、コンソールに該当しそうなものは見当たらなかった。
ヅィーが収監されている場所を探るため、スカラは声で隔離棟の管理用インターフェースを呼び起こす。数回のやり取りを経て、ヅィーの居場所が判明した。
様々なインターフェースとの円滑な接触方法も、ヅィーに教わったものだったなと、スカラは少しだけ感傷に浸ってしまう。
*** ***
ヅィーがいる場所に近づくにつれ、自然と歩みが遅くなっていった。
ヅィーがシステム破壊を行うはずがないという思いと、もしかしたらという考えが拮抗し、足取りは重くなる。
隔離棟に入ってからどれくらい経過したかも分からなくなった。
気付いたら、通路の行き止まりまで来ていた。
顔を横に向ける。
そこには、牢屋の中で座り込むヅィーの姿があった。
ヅィーを見つけても、不思議と何の感情も抱かなかった。
もしかしたら、この建物内には鎮静作用を持つ物質が蔓延しているのかもしれないと、理由もなく思った。
「……ヅィー」
スカラはか細い声で呼びかける。
ヅィーが、伏せていた顔を上げた。
「……何だ、スカラか。どうした? こんな所にきて」
「こっちが聞きたいよ。何でこんな所にいるんだよ」
「……そりゃあ、悪いことをしちまった奴には、お仕置きが必要だからだろ」
スカラの感情が少しだけ高ぶる。
――本当にヅィーがシステム破壊を行ったのか。
「何で、何でそんな事したんだよ」
「……」
「お前、システムが完成するの、楽しみにしてたじゃないか」
「ああ、そんなときもあったな……」
「――ッ! 完成したシステムの上に、お前が作った種を植えるんだろう? 綺麗な景色をつくりたかったんだろう? こんな、こんな無機質な場所に閉じ込められちまって、何してんだよ……」
ヅィーは答えてくれない。
「何か言ってくれよ」
ヅィーは首を振るだけだった。
「……ぼく、上級技術者になれたんだ。お前のお陰だよ。お前が指導してくれなきゃ、今もくすぶった一般技術者だった」
ヅィーがゆっくりと顔を上げた。驚いた表情をしていた。
「なあ、ヅィー。昇進できた事を、お前に一番に伝えたかったのに、何でこんな事に――」
「スカラ、お前、いま上級技術者なのか?」
スカラの言葉を遮り、ヅィーが尋ねる。
「そうだよ。上級技術者になれたんだ。ここに入れたのだって、上級技術者だからだよ。カリナが教えてくれたんだ」
「カリナが……? いや、それよりも試したい事がある。スカラ、協力してくれ」
「あ、ああ。何をする気だ?」
「おれが今から教えるとおりに、この建物の管理用インターフェースにアクセスしてくれ」
スカラは疑問を残しつつも、ヅィーに教えられたとおり管理用インターフェースにアクセスした。
通常のアクセスとは大分異なるコマンドを発声する。上級技術者となったスカラにもコマンド内容は理解できなかった。
『コマンド確認。該当区域を秘匿エリアに指定します』
管理用インターフェースから回答が返ってきた。指向性スピーカーによる回答のため、スカラにのみ届いた機械音声だ。
「ヅィー、なんか該当区域が秘匿エリアになったって返事きたけど?」
「よし、思った通りだ。上級技術者の権限があれば、このコマンドを受け付けてくれたか」
ヅィーの態度が急に変わった。
さっきまでの消沈した姿とは打って変わって、いつもの飄々とした態度になっていた。
「いやあ、おれの権限は剥奪されちまったみたいでよ。何の命令も聞いてくれなかったんだ。でも、お前のお陰でコマンド受理されたぜ」
「秘匿エリアについて説明してくれ。該当区域ってのは、今いるココを指してるのか?」
「秘匿エリアってのは、映像や音声など一切のデータが保持されなくなるエリアの事だよ。該当区域はお察しの通り、今おれ達がいる場所だ」
「何でわざわざそんな事を?」
「お前との会話データが残されちゃ、色々とマズいからだ。ちなみに、秘匿している間の偽装データも仕込んでるぜ。さっきお前が発したコマンドに含まれてる」
抜かりないだろう、と得意げにヅィーは語る。
「……危険な話を、これからするって事だな?」
「ああ」
「お前がシステム破壊を行った件に、もちろん関係するんだよな?」
「そうだ」
スカラは深く息を吐く。
これから聞く内容は、かなり危険なものだろう。
わざわざ秘匿する話だ。
だが、聞かないという選択肢はスカラにはない。
この男が、システム完成を心待ちにしていたヅィーが、自らシステム破壊を行うほどの何かがあるのだ。
覚悟は決まった。
「よし、話してくれ。何があった? そして、お前は何をした?」
スカラの言葉を聞き、ヅィーはニヤリと笑う。そしてすぐさま真顔に変わる。
「スカラ、おれは技術者として色々な研究を行ってきたが、どうしてもやりたくない、いや、やっちゃいけないと思っている研究方法がある」
ヅィーの眉間に皺が寄る。
「生きた人間を使った、人体実験だ」
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