33.森の中で

 ステルは森の中を走る。

 降り積もった落ち葉のおかげで地面は柔らかい。

 にもかかわらず、迫る木々にぶつかればただではすまない速度で森の中を走る。

 

 深い森だが、思ったよりも日差しが入っていて明るいの幸いだった。速度を下げずに済む。

 とはいえ、速度だけでいえば整備された街道を走る方がよほど早い。

 ステルがあえて森の中を行ったのは奇襲のためだ。背負った弓矢を活かすためにも、隠れやすい森の中が好みだった。

 貴重な魔剣の護衛なんだから、すぐにはやられないと思うけれど。

 そんな心配をしつつ、しばらく走ると空気の中に何かが燃える匂いが混じりだした。


「……近い」


 一言呟き、手頃な木を駆け上がり、太い枝の上に立つ。

 一気に視界が高くなり、木々の隙間から街道が見えた。

 そこから見えたのは煙。そして、壊れた馬車と戦う人間だ。


「…………」


 ステルは信号弾の魔導具を取り出し、木々の間から空を見て起動する。

 一瞬だけ魔導具から魔力の光が散ると、空中に昼でも明るい赤い光の球が浮かび上がった。


「よしっ」


 即座に移動する。相手は魔法使い、それも優秀だという。光に気づいて魔導具の位置を感知するなどという離れ業をやってのけるかもしれない。

 ステルは慎重かつ素早く木の上を移動する。

 木々の揺れは、小柄とは言え人間が移動しているとは思えないほどだ。

 

 耳に届く音から察するに、敵がこちらに向かっている様子はない。

 魔導具の信号が上がっても、戦いが忙しくてこちらに手をさく余裕はないらしい。

 おかげで街道がよく見える位置まで忍び寄ることができた。


 馬車は全部で三台。先頭の一台が倒れて燃えている。

 後ろの二台も停車した上で車輪が壊されていた。

 外では護衛が応戦中だ。

 護衛の数は五人。

 正直、かなり苦戦している。


 原因は怪我人だ。燃えている馬車にいたであろう護衛が三人ほど地面に倒れていた。

 動ける者は怪我人と魔剣を守りながら戦わなければならない構図だ。


 十人ほどの魔法結社は距離を取って魔導具で攻撃を行っている。

 全員が暗い青色のローブを着た一団は杖を手に、森の木々を遮蔽にしつつ、魔法攻撃を連発している。

 ステルの信号弾に気づいたからだろうか。攻撃の勢いは少し無理矢理で焦りがあるようにも思えた。


 状況は護衛側が圧倒的に不利。通常なら、とっくに制圧されている状況だ。

 だが、魔剣の輸送隊が負けていないのにはちゃんと理由があった。


「あの人……強いな」


 視線の先、飛んでくる攻撃魔法を次々と迎撃する女性がいた。

 明るい茶色の髪をなびかせて、舞うように戦う長身の剣士。


 体の要所に赤で縁取られた銀の鎧まとい。右手に剣、左手に小ぶりの円形の盾を持っている。

 時折、人間ではあり得ない跳躍をしていることから、着ている鎧は魔導具なのだろう。

 飛んでくる魔法を打ち消している剣と盾もいわずもがなだ。


 あれが剣姫って人か……。


 間違いなかった。動きが一人だけずばぬけている。

 彼女のおかげで、圧倒的な優位にあるはずの魔法結社も手出しができない。


 剣姫は声をあげて周囲を叱咤しながら動いていた。


「急いで防壁作って! そうすればあたしが前に出て終わらせてくるから! ああもうっ、攻撃魔法がうざったいっ!」


 言いながら火球の魔法をたたき落とす剣姫。爆発はしなかった。そういう魔導具なのだろうか。興味深い。

 ステルが観察している短い間に、護衛達は中央の馬車に怪我人を集め、陣地を構築しつつあった。

 貴重品の輸送に選ばれただけあって、優秀だ。


「さっき空に信号弾みたいのも上がってたから、近くに仲間もいるわよ! 多分だけど! さあ、頑張って!」


 流石だ。しっかりと状況が見えているらしい。

 このまま何もしなくても反撃に転じる事ができそうだったが、ステルも仕事をすることにした。

 魔法結社も信号弾に気づいているだろうが、ステルの存在には気づいていないようだ。

 

 ならば、その状況を最大限利用させて貰うことにした。

 とりあえず、狙い安いところに三人ほどいた。たまに周囲を気にしながら焦りの表情を浮かべつつ、杖の魔導具を振っている。


 そこそこ戦い慣れてるみたいだ。


 そんな感想を抱きつつ、ステルは左手に弓を持ち、右手は矢筒から細めの矢を選ぶ。

 これなら殺さずに無力化が可能だろう。

 相手が人間の場合、極力捕まえるように動くのが冒険者。

 一応、ステルも基本的にはその方針でいくことにしている。

 細めの矢でも当たり所が悪ければ死ぬだろうが、それはもう仕方ない。人の命を奪うのは本意では無いが、目の前の光景を見た後では迷いは無い。 


 最初に狙うのは森の中から風の魔法を打ち出している魔法使いに決めた。

 前には出ないが上手い具合に剣姫を押しとどめている。厄介だ。


 とりあえず、腕でいいかな?

 

 そう思い、素早く狙いを付けて矢を放つ。


「あがっ!」


 いきなり手の甲に矢が突き立った魔法使いは、短い悲鳴を上げた。

 そのまま膝に向かって矢を一射。


「ああああっ! ひ、膝があああ!」

 

 膝に矢を受けてはひとたまりもない。目標はその場に崩れ落ちた。


「よし。次……」


 成果を確認したステルは素早く移動する。

 同じ場所から攻撃を続けるのは危険だ。

 樹上を身軽に移動して、ステルは次々と射撃を行う。


「ああああっ! 矢が! 手に!!」

「気をつけろ! 森の中に弓手がいるぞ!」

「あああ、膝が! 膝に矢が!!」

「目的の物を優先するんだ! あと一押しなんだぞ!」


 猛烈な勢いで不意打ちを受けて浮き出し立つ襲撃者達。

 ステルが四人目を無力化した段階で敵の攻勢が大きく乱れた。

 そして、護衛の中にそれに目敏く反応する者がいた。


「よっしゃ! 味方が来たみたいね! ここよろしくね!!」


 剣姫である。彼女は馬車への攻撃が減ったとみるなり、空中を蹴るかのような大跳躍を行い。近づいてきた魔法使いの一人を切りつけた。

 命を奪わずに素早く無力化する、無駄の無い動きだ。

 そして、自分に向かって飛んできた魔法を振り返って迎撃。

 まるで背中に目があるかのような的確な動きだった。


「森の中の人! 援護宜しくね!」


 大声でそう叫ぶと、剣姫は見える範囲にいた魔法使いの一人に向かって疾駆。

 ステルは剣姫のいなくなった馬車に向かって攻撃をしかけようとした敵に矢を射かける。

 これはもう決着したかな。

 そう思った時、周囲に変化が起きた。


「火花?」


 周辺の空間で火花が散り始めたのである。


 まさか、大規模な攻撃魔法!? 不味い!


 捨て身になった魔法使いが辺り一面焼き払うつもりで魔法を使った、ステルはそう思った。

 本能的に、木から飛び降りて火花から距離を取る。

 直後、そこかしこで光の爆発が起きた。

 離れてっ、と叫ぶ間も無かった。 


「くっ……」


 油断した。相手は魔法使い。攻撃の手段は並の人間より豊富なのだ。

 ステルは熱か風かそれ以外か、なんらかの魔法攻撃が自分に押し寄せるのを覚悟する。

 しかし、何も起きなかった。

 起きたのは目も眩むような閃光。それだけだ。


「目くらまし……」

 

 しばらくして、光が収まり始めた事でようやく相手の真意が理解できた。

 見える範囲、魔法結社の人間の気配が殆ど消えていた。

 怪我が軽かった者達もこの場を離脱したらしい。

 劣勢とみて、一瞬だけこちらの視界を奪い、逃走に転じたようだ。


「鮮やかな逃げ方だ……」


 思わずそう呟いて、弓を収める。敵の気配はもうない。

 残された魔法使いを捕らえて、魔剣の護送をすべきだろう。

 

 馬車の方に向かって歩いて行くと、剣姫が真っ先に近寄ってきた。

 


「へぇ、随分かわいい子が助けてくれたのね。あなた、名前は?」

「ステルです。えっと、アコーラ市、冒険者協会十三支部の所属です。……貴方は?」

「あたしはクリスティン・アークサイドよ。助けてくれてありがとねっ!」

 

 琥珀色の瞳を好奇心で一杯にしつつ人懐っこい笑顔を浮かべると、クリスティンは右手を出してきた。


「よ、宜しくお願いします」


 ステルが右手を出して応じると、両手で持って掴んできた。


「剣姫っていう恥ずかしい呼び名もあるけど、できればクリスって呼んでくれると嬉しいかな。ところで助けはあなた一人?」

「いえ、僕だけ先行して来ました。ラウリさん……支部長たちもすぐに来ます」

「へぇ、ラウリ君も来てるんだ。流石ねぇ」


 どうやらラウリと知り合いらしい。支部長ともなると顔が広いということだろう。


「うん。とにかく助かった。ラウリ君が来てるってことは、このまま荷物を運ぶのを手伝ってくれるのよね?」

「そのつもりです。とりあえず、置いて行かれた魔法使いを縛りましょうか」


 他の面々は怪我人の治療で忙しそうだ。とりえずステルは荷物からロープを出し始める。

 その様子を楽しげに見ながらクリスが問いかける。 


「ところで君、さっきの射撃は本当に一人でやってたの?」

「そうですけれど」

「へぇ、一人で……。うん、本当に助かったわ! ありがとねっ」


 一瞬だけ戦士らしい鋭い目をした後、朗らかに手を振ってと、クリスは仲間の方に戻っていった。


「もっと恐い人を想像してたんだけれどな」


 剣姫なんて呼ばれているので、気難しい人物像を思い描いていたのだが、思った以上に親しみやすそうな人だ。

 これから一緒に仕事をする上で、少し気が楽かな。

 そんなことを思いつつ、ステルは自分の仕事をするべく魔法使いの捕縛に向かった。

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