17.残されしもの

 運の良い事に扉は鍵が開いていた。

 ステル達が入ったのはゴーレムの部品やよくわからない道具が並んだ、倉庫のような部屋だった。

 引っ越しの際に施錠を怠ったか、その必要はないと判断されたのだろう。 


 中を一通り見て、リリカが言う。


「ここは工作室みたいね。ステル君、ちょっと入り口でゴーレム押さえてて貰える?」

「なにするんです?」

「この施設、天井に魔導管があるでしょ。あれで魔力を各部屋に供給してるの。で、これを使ってあれに触れると、魔力の流れが読めるのよ」


 そう言うと、リリカは懐から指揮棒のような小さな杖を出した。


「凄いですね。魔法使いみたいだ」

「みたい、じゃなくてそのものよ。一応だけどね」

「かっこいいです。素敵です」


 素直に賞賛する。魔法使いはステルの憧れなのだ。


「す、素敵って。そんな喜ばれるようなことじゃないわよ。魔法使いの素養なんて、こういう小技に使えるくらいのものだし……」


 顔を赤くしてリリカが照れた。率直な褒め言葉には弱いタイプである。

 このまま彼女の作業を見守りたかったが、廊下の向こうにゴーレムに気配があった。


「ドアを守ります。お願いします」

「ええ、調べ終わったら援護にいくわ」


 草言い残し、ステルは部屋の外に行く。

 

 リリカは一人、部屋に残された。

 外からは破壊音が聞こえてくる。あの程度のゴーレム、ステルなら余裕で対処してくれるだろう。


「さて、と……」


 有り難い事に、工作室は天井から伸びた魔導管が機械に接続されている。

 おかげで天井まで手を届かせる方法を考えなくていい。

 とりあえず、リリカは杖で手近な魔導管に接触。集中して魔力の流れを探り始める。


 ……やっぱり。地下からね。


 この地下施設の魔力は、屋上では無く、もっと深い区画から来ている。

 かなりの強さだ。源流まではそれほど遠くない。

 多分、十字路を挟んでの、この部屋の反対側だ。そこに地下から魔力を汲み上げている設備がある。

 ほんの数分でリリカは地下施設の魔力の流れを把握した。簡単なようだが、この手の探知は熟練の魔法使いでも難しいとされる職人技である。


 うん、こんなものかな。


 結果に満足して、一人頷く。スムーズに事が進むのは望ましい事だ。

 とりあえず、ステルの援護に向かおうとした時だった。

 扉の向こうから、轟音が聞こえた。


「っ! ステル君! 大丈夫!?」


 慌てて扉の向こうに出ると、無傷のステルがゴーレムの瓦礫の山の中心にいた。


「あ、ごめんなさい。うるさかったですか? ちょっとゴーレムの破片で道が塞がっちゃったので掃除を……」

「ええ、早めにお願いね……」


 リリカが調査している数分で、ステルは五体ものゴーレムを破壊していた。

 何でこの子、十級なんだろう。

 リリカは本気で疑問に思うのだった。



     ○○○



 リリカから話を聞いたステルは魔力の供給源に向かうことを決断。

 二人でゴーレムを蹴散らしながら、一直線に通路を前進した。

 そして最初に逃げ込んだ部屋とちょうど逆の位置に到着する。

 目の前には扉がある。どうやらカギはかかっていない。


「この向こうが制御室でしょうか?」

「多分ね。魔力の供給源と一緒だと思う。中に気配は?」

「……何かが動いてますね。魔力はどうでしょう?」

「なんとなくだけど感じる。はっきりとはわからないわ」

「十分です。いきましょう」


 ステルがドアを開き。リリカが左手を構える。

 そんな二人の後ろには大量のゴーレムの残骸があった。

 制御室が近いからか守りが堅かったので、大暴れしたのだ。


 なんでこんなに警備が念入りだったんだろう?


 大事な研究施設とはいえゴーレムが多過ぎでは無いだろうか。まあ、兵器にだって転用できる技術の研究なのだから、わからない話でもないが。

 後で教授に聞いてみようか、ステルがそんなことを考えると、焦れた様子のリリカが言う。


「開けないの?」

「あ、すいません。ちょっと考え事を……」


 謝罪と共に、ゆっくりドアを開く。

 廊下よりも暖かい空気がステルの頬を撫でた。

 室内は明るく、中を見通すことが出来た。

 低い音が響かせる魔導具と魔導管が、まるで生き物のように配置されている。

 魔導具が熱を発しているのか、室内が暖かい。


「当たりみたいね。ここで魔力供給とゴーレムの制御をしているのよ」


 どうやら、ここが施設の中枢のようだ。

 先ほどの工作室より大分広いが、魔導具が多い分、戦闘には気を使いそうだ。

 今のところ、周囲にゴーレムの気配は無い。


「これ全部が、大地から魔力を収集する魔導具?」

「半分正解、かしらね」

「半分?」

「見えてる範囲のは魔力収集用じゃないわ。奥に扉が見えるし、そっちから魔力の流れを感じる」


 リリカが指さした先には扉が見えた。


「じゃあ、この部屋はゴーレム制御用?」

「多分そう。……ぱっと見、何もいないわね。油断せずに調べましょう」

「わかりました。リリカさん、調査はお願いしてもいいですか」

「勿論よ」

「なんだかすみません。冒険者なのに役に立てなくて」

「何いってるの。施設の方は専門家……でもないけど、わかる人に任せときなさい」


 二人は不意打ちを警戒し、油断なく室内を歩く

 幸い、この部屋に動くゴーレムはいないようだった。

 その代わり、二人はそれを見つけた。


 室内にあったゴーレムの休止用の装置。

 背後に大きな魔導具を背負った台の上には、この部屋の主がいた。

 

 半壊した白銀のゴーレム。

 それが、施設の中枢にて、守護者のように座していたのだ。


「これは……」

「多分、この施設のゴーレムの制御機体よ」

「でも……もう、壊れて」


 ステル達を見たゴーレムは僅かに体を身じろぎさせる。

 騎士甲冑を思わせるデザインは、他の警備用ゴーレムに無い特別さを感じさせる。

 きっと、他のゴーレムにはない様々な機能を実装されていたのだろう。


 しかし、それはすべて昔の話だ。

 目の前のゴーレムは、整備も無しに長く動きすぎたらしい。

 片足は朽ち果て、残りの足は耳障りに軋むだけ。

 両腕は残っているものの、どちらも肩が上がらない。

 唯一無事な頭部すら、首が奇妙な角度に曲がっている。 

 

 端的に言って、彼は壊れていた。


「見ての通り、他のゴーレムより複雑な構造をしてるわ。試験的な技術を使っていたんでしょうね。だから、機械的な寿命が短かった」

「それでもここの警備の仕事を全うして、ようやく来たのが僕達なんですね」


 二十年間稼働して、来たのは本来の主ではなく、よりによって冒険者だ。それも施設停止の依頼を受けた。

 どこかのタイミングで、この施設を作った人間が来れば、ゴーレム達にも穏便な終わりの時が来たのではないだろうか。

 そう考えると、少し気の毒に思えた。


「この子、魔導具としては生きてるわ。停止する方法を調べてあげましょう」

「頑張って動いてるみたいですけど。危険じゃないんですか?」

「そりゃあ、侵入者が施設の中枢に入っちゃったんだもの、どうにかして排除しようとするに決まってるわ」

「えっと、つまりそれって……」


 その時、ステルの鋭い聴覚が足音を捉えた。

 ドアが開く音が聞こえる。

 新手だ。


「来ました。複数です」

「行きましょう」


 二人で入り口に向かうと礼儀正しく扉を開いて入ってきたゴーレム達の姿があった。

 そのうちの一体は白銀。動けなくなった制御用に近い、騎士鎧のような姿をしている。

 

 ステル達を視認するなり、騎士型のゴーレムは両手から刃を出した。

 短剣程度の長さだが、殺傷能力のある武装だ。

 他にも警備用のゴーレムが三体。

 戦いは避けられそうに無い。


「まだ動く個体もあったみたいですね……。僕が相手をします」

「こっちは戦闘用なのかしらね……。ステル君、ここの施設に傷つけないようにね。何が起きるかわからないから」


 そんな高度な注文と共に戦闘が始まった。

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