15.学院からの依頼。そして…

 依頼を受けて学院に到着したのは、なんだかんだで午後になってからだった。

 すっかり見慣れた薬草科の研究棟に向かい、教授の部屋をノックし、「どうぞ」の返事を待って室内に入る。


「こんにちは。ステルです。依頼の件で……」

「あ、来た来た。久しぶり、ステル君」


 どういうわけか、リリカ・スワチカがそこにいた。

 今日の彼女は先日の鎧姿と違い、学院から指定されている制服姿だ。

 濃いめの臙脂色を基調とした服装のおかげで、彼女は穏やかな淑女そのものに見えた。

 服装一つでここまで変わるなんて凄い。

 ステルは素直にそう思った。

 

 そのリリカは実に落ちついた様子で、ソファーに座って教授とクッキーなどをつまみながら、紅茶を楽しんでいた。


「リ、リリカさん。貴方はたしか魔導科だったはず……」

「教授とはこの三日で仲良くなったの。それでお邪魔させて貰ってるのよ」

「フフフ、驚いていますね。ステル君」

「ど、どういうことですか?」


 困惑するステルに、リリカは得意げに説明を始める。


「わたしとお茶飲んだ時、薬草科の鞄持ってたでしょ? それで、この辺を中心に最近冒険者の出入りが無いか調べたらすぐ判明よ」

「な、なんでそんなことを?」


 意味がわからなかった。なんというか、その執念がちょっと恐い。


「面白そうだから。それに、ベルフ教授には前から一度お会いするきっかけが欲しかったの」

「魔導科一の秀才と呼ばれるリリカさんとは一度お話したかったのです。それで話が合いまして、今日はこの場にお呼びすることしたのですよ」


 そのまま席を勧められたので、とりあえず座る。

 予定外の人物はいたが仕事の話はしなければならない。


「どうぞ」

「あ、どうも。いつもありがとうございます」


 即座に助手が紅茶を置いて部屋の隅に行った。相変わらず聞き耳を立てている気配がある。そんなに気になるなら同席すればいいのにと少し思う。


「そうだリリカさん。お礼状、ありがとうございました」

「べ、別に大したことじゃないわ。お礼を言うのはこちらの方なんだから」


 照れているのか、顔をちょっと赤らめて、リリカはそんなことを言った。

 その態度に怪しいところはない。

 リリカ・スワチカは好ましい人物だ。とりあえず、ステルは彼女をそう見ることにした。

 ベルフ教授は二人の様子を楽しそうに眺めつつ口を開く。


「ごめんなさいね。別にステル君を驚かせるためにリリカさんがここにいるわけではないのよ」

「もしかして、依頼に関係あるんですか?」

「もちろん。今回の依頼はリリカさんと共同で対処に当たって貰います」

「ええっ。ど、どういうことですか? リリカさんは冒険者じゃないはずでは!?」

「彼女は冒険者ではありませんが、学院内で冒険者のような活動をしていることでも有名なのです」


 ベルフがそう説明を捕捉してくれたが納得できるものではない。

 驚いてあたふたするステルと対照的に、リリカは何故か偉そうに胸を張って言う。


「親が許してくれればすぐにでも冒険者になってやるわ。協会の人も『君なら六級冒険者でデビューできる』って言ってくれたし」

「このように。ご両親の意向とは別に、既に冒険者協会と付き合っているほどです」


 それはあまり良くないことなのではとステルは思ったが、口にはしなかった。そこそこ空気は読めるので。


「はあ……。そこはわかりましたけど、危険かもしれない仕事に学生さんを連れて行くのは僕の立場的にちょっと……」


 色々あるが、ステルは十級、駆け出しの冒険者ということになっている。

 勝手に学院の生徒を巻き込んで怪我でも負わせたら問題になるんじゃないかと思う。


「危険性はそれほどないはずです。リリカさんは強いですし。それに、万が一何かあっても学院内で起きた事なら私が責任を取れます」

「それって僕の責任が重くなるような……」

「大丈夫よ。そもそも十級冒険者と学生にそんな危険な依頼をすると思う?」

「……あ、それもそうですね」


 確かにそうだ。教授はそんな無茶をする人ではない。


「重ねていいますが、依頼の方はそれほど危険ではありません。……多分」

「多分って……」

「教授、とりあえずステル君に内容だけ話しては?」

「そうですね。話を聞いてから判断して頂きましょう」


 頷いて、教授は依頼を語り始める。


「今回の依頼は学院の敷地内にある古い研究施設の調査です。薬草科の向こうに森がありますが、そこに二十年程前に空き家になった建物があるのです」

「何を研究する施設だったんですか?」


 薬草科は学院の敷地の端にあるが、その向こうの森はさらに遠い。

 およそ勉強に向いているとは思えない。何か特殊なこと、危険なことを研究していたのだろうか。


「産業用ゴーレムの研究施設です。今では大規模な工事で珍しくなくなりましたが、黎明期は暴走の危険性など、安全面で解決すべき問題点が多かったので、学園の奥地で研究が行われていました」

「つまり、その時の名残ってことね」

「なるほど……」


 産業用ゴーレムならステルもよく見かける。

 人の倍くらいある石や木で出来た人形が建物や道路を作る手助けをするのだ。

 彼らは細かい命令はわからないが、力が強く疲れ知らずなため、非常に重宝されている。

 ゴーレム作成のための魔導具を使う資格の有無で、その手の仕事は大分給金が違うとも聞く。

 

「施設についてはわかりました。そこで僕は何をすればいいんですか? あまり僕向きではなさそうな場所ですし。どんな危険が予想されるかも聞いておきたいです」


 ステルの得意とする場所は野山だ。研究施設や遺跡は専門外となる。内容次第では断った方が良いかも知れない。


「施設そのものは二十年前に綺麗に掃除されて空っぽです。ここ最近の学生増加に対応するため学院が森に手を入れる事になり、取り壊される事になったのですが……」


 言いながら教授は一枚の手紙を机の上に出した。


「その施設の長だった人からの手紙です。古い馴染みなので取り壊しのことを伝えたところ、慌てて連絡してきました」

「……中に何かあったんですね?」

「施設には趣味で作った地下室があり、そこにいくつかの資料が警備用ゴーレムによって守られているとのことです」

「二十年間も警備してるんですか?」


 ゴーレムの稼働時間はそれほど長くない。研究所の特別製とはいえ、整備も無しに二十年も稼働するものだろうか。

 ステルのもっともな問いにはリリカが答えてくれた。


「わたしが建物を外から見てきたわ。屋根に魔力収集装置がいくつかついてた。古くて小さいけど、まだ稼働してそうに見えたわ。その地下室とやらに魔力が供給されている可能性はそこそこ高いと思う。ゴーレムが稼動してるかどうかは見ないとわからないかな」

「建物を取り壊したら警備用ゴーレムが地下から湧き出て大惨事。なんてことになったら笑い事で済みません。手紙の主からも『対処してくれ』と頼まれていますし、学院の上層部にも話は通してあります」

「ま、要するに大事になる前に無かった事にしたいのよ」

「リリカさん、言葉は選んで使う方が美しいものですよ?」

「はい、スミマセンデシタ……」


 目を細めたベルフ教授に注意されて、いきなりしおらしくなるリリカ。

 彼女から見ても、教授は恐い人物のようだ。


「とはいえ、学院としては明るみにしたくないことなのも確かです。そこで信頼できる人物にということになり、ステル君とリリカさんに決まりました」

「僕、十級冒険者なんで、あんまり危険なことは……」

「お二人で対処できないと判断したらすぐに脱出して構いません。今回は偵察ということで、学院側で更なる対処を致します」

「ステル君は護衛。わたしは魔導科の学生として施設の魔力供給の停止をするわ」


 なるほど。それでリリカの登場か。

 ようやくステルは納得した。市販されている魔導具ならともかく、研究施設の止め方など自分には全くわからない。


「それと、持って来て欲しい資料が入った箱があります」


 教授はポケットから二つの鍵を取り出し、机の上に置いた。


「一つは地下室への鍵。もう一つは箱の鍵です。箱は地下室の書斎に置いてあるので、すぐわかるとのことでした。その中の資料を持って来てください」

「なるほど。でもなぁ……。罠とかあったら……」


 条件は悪くない。事情もわかった。

 それでもステルは、ちょっと悩んでいた。

 馴染みの無い場所に行くというのは少し恐い。いや、それが冒険者という職業なのはわかっているつもりなのだが。


「基本的にただの研究施設なんだから罠なんか無いと思うわよ。それと、教授に話を聞いてステル君のために特別報酬も用意したわ」


 にこにこと笑いながら、リリカが横に置いてあった鞄から薄い冊子を取り出した。


 それは、魔導具のカタログだった。表紙はカラーで、高級感溢れる装丁。

 そこに描かれたロゴの意味をステルは知っていた。


「そ、それは。アジムニー社の最新カタログ!?」


 アジムニー社。上流階級向けの日用雑貨的な魔導具を中心に販売している企業だ。

 その優美なデザインに定評があり、庶民の中にも「家に一つくらいアジムニー」と考える人は多い。

 最近の話題作は『切るだけでトーストが出来る魔導具ナイフ』。

 刃の部分が熱を持つパン切りナイフで、素晴らしく美しいデザインの逸品だ。

 ただ、パンが黒焦げになったり火傷をする人が続出し、一瞬で販売停止になったという伝説を生み出したことでも有名な品でもある。

 ステルはこのメーカーが大好きだった。

 魔導具ナイフは思い切って買おうか悩んでいる間に回収されてしまい、悲しみに暮れたものだ。


 そんなメーカーのカタログがなぜここに。基本的にお金持ち相手の会社なので、庶民のところまで出回らないはずだ。


「そのカタログ、まだ一般には殆ど出回ってないはず。なんでここに」

「わたしの親がそっち系でね、専攻のこともあって、すぐ送られてくるのよ、こういうの」

「リリカさんと相談した結果、ステルさんには報酬の他に、このカタログも進呈致します」


 これは教授とリリカが事前に用意していた策である。

 もし、ステルが依頼を渋った時用にと考えておいたものだが、予想以上に効果を発揮していた。

 女性二人はあからさまに様子が変わったステルを見て「しめしめ」と思うのだった。


「それでステル君。わたしと一緒に冒険するの、嫌かしら?」

「喜んで依頼を受託させて頂きます」


 断る理由が無くなったので、速攻で返事をした。

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