第059話『ふるさと 4』

「……ふわぁぁぁ……」


 キシキシと床が軋む音が真夜中に響く。どうも小さい頃はこの音に恐怖を覚え、中々トイレには向かえなかった。音の元凶が俺だとも知らずに。


 現時刻は深夜の3時。

 俺含め、良い子の皆は22時前に就寝していた。そしてセルベリアの寝相の悪さに俺は顔を蹴られ目を覚ましてしまったのが今の状況。


 寝息を立て幸せそうに寝ていたセルベリアの頭にかなり全力でチョップを御見舞してやった後、起きついでにトイレに行くことに。………ったく、何でティアはセルベリアに顔を蹴られてもビクともせずに寝ていられるのかが不思議だ。あの蹴りかなり痛かったぞ。



「―――――ん?」


 

 光の無い暗い廊下を歩いていると、ある一部屋の襖から光が差し込んでいた。……そこは仏壇があるリビングの部屋だった。


 真夜中に自分の仏壇の前に行くのはとても不謹慎だが。


 俺はせっせと歩き、光差し込む襖からちょこっと顔を覗かせた。そうして見えてきたのは仏壇に手を合わせる母さんだった。――――母さんは目尻に涙を溜め、必死に仏壇に向けて何かを話していた。


 あまりにも声が小さいため、俺はセルベリアが使っていた『強化聴覚』魔法を発動させ、聞き入った。



「……礼二。今日ははね、お前に凄く似た女の子が家に来たんだよ。 不思議よね、見た目や性別が違うのに何故か懐かしさが込み上げてきたのよ……。もしかしたらあの子も晃みたいに――――と思ってしまったわ」


「(―――――ッ)」



 俺は無意識のうちに胸元に手を当てていた。それは心臓にかかるチクチクとした痛みに耐えるために。


 ……悲しいわけないよな。苦しいわけないよな。寂しくないわけないよな。


 家族全員を失い、表では平然を装う。尊敬するよ。俺にはできないよ、そんなことッ―――――――



「……家族は皆、おばさんのことちゃんと見ていますよ――――」

「………え―――。 ミレアちゃん……??」



 見た目は違えど母を気遣う気持ちは捨てきれない。俺は襖をゆっくりと開け、母さんが座る仏壇の前に並ぶように座り込んだ。



「……ミレアちゃん? さっきのは―――――」

「………おばさん。もし"人は死なない"と俺が言ったら信じますか?」


 俺は母さんの言葉を遮り、実に哲学的な事を口にしていた。

 実際、"人は死なない"は不適当な言葉である。


 人は死ぬ。ただ別世界にて新たな歩みを進めている。そう伝えたかった。

 きっと父さんも異世界でのんびり暮らしているのだろう。……そして兄も。


 俺の発言に、母さんは涙を拭い、目尻が赤くなりつつも笑顔で首を縦に振った。



「……えぇ、信じるわ。……後、ありがとねミレアちゃん。私もちゃんと前を向かないとだね。息子達も今頃、別世界で前を向いていると思うから……」



 ……あぁ。

 ちゃんととは言い難い姿ではあるが、前を向いているよ俺は。

 ――――母さんの発言に、俺は静かに笑顔を浮かべ、仏壇に手を合わせることなく、部屋から立ち去ろうとした。


 ―――だがその時。



「一つだけっ!! いいかしら?違うのならすぐ忘れてちょうだい………。 貴方は"礼二"なの……?」



 母さんの必死さが言葉から伝わってくる。………ここで感情を全てさらけ出しては前を向いた意味が無い。もう母さんと俺は干渉してはいけないのだから。


 ………小さく握りこぶしを作りながらもは母さんの方に可愛らしい女の子の笑顔でこう答えた。



「……私はミレアです。 これからも、この先も――――――」









 ♢




 




 翌朝。

 俺たち三人は寝巻きから昨日借りた文字Tシャツに着替え、いい匂いが漂うリビングに目を擦りながら向かう。因みにティアの文字Tシャツは『おやまさん』に変更された。許容範囲内である。



「……あら。3人ともおはよう〜」

「「「おはよーございます」」」



 まるでお泊まり保育に来ている保育園児のような挨拶を交わし、席につく。

 そこに用意されていたのは朝食に似合わないハンバーグに久しぶりの白米、そして母さん特性の野菜ジュースという何とも朝食にしてはプチ豪華――――――――ってこれ。



「(……これ、全部俺の大好物だったやつじゃねぇか)」



 これは偶然?

 そう疑念を抱きながら、チラリと母さんに視線を送ると見事に目が合う。………なるほど、お見通しだったってわけか。



「なんだのこの肉はッ?! 凄く柔らかいぞっ?!」

「………ん。 この野菜ジュース、凄い美味しいですッ!!」



 家の母さんの手料理にティアとセルベリアは大変満足のようだった。少し誇らしい。


 そうして余人で明るい朝食を楽しんでいると、母さんがある一枚の紙をテーブルに置いた。



「どうだい? うちの村では『皆風祭り』ってのをやるんだよ。屋台がたくさん出るからみんなもどうだい?」


「……お祭り、いいですねっ!」

「な、なんじゃこの動きずらそうな服装は?? 『ゆかた』と書いておるなぁ、、、」



 ……そういえばもうそんな時期だったか。


『皆風祭り』。

 それは皆風村の奥に聳え立つ皆風山の中にある皆風神社で開かれるどこにでもある小さな祭りだ。


 なんかさっきから"皆風皆風"、早口言葉みたいだなこれ。


 

「(……そういえば昔家族全員で行ったな)」



 ……と。思い馳せている時。やたらと母さんが上機嫌なことに気づく。下手な鼻歌を奏でるほどに。そんなぶっちゃけ気持ち悪い母さんを白い目でみる。



「……またその日"晃"が来るのよっ。 それにえらいべっぴんさんを連れてねッ!!」

「「「―――――えっ?」」」



 その時、俺たちの手に握られていた箸が一斉に机に落ちる。行儀が悪いとかそんな細かいことを言っている場合では無い。

 それもそうだ。


 まさか、生まれ変わった兄に会える機会……いや、会える日が訪れようとしていたのだから。

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